ガランとなってしまった控室で一人、お茶を飲む。その静寂は、嵐の前の静けさのようだった。
会場にはすでに多くの観客が詰めかけているようで、ざわめきが響いてくる。その音は、遠くに轟く雷鳴のように俺の心を揺さぶった。
いよいよ運命の時が近づいてきた。一世一代の大立ち回りをして、俺はこの街を卒業する。その決意が、胸の奥深くで固まっていく。
トクントクンといつもより早めの心臓の音を聞きながら、ただ、時を待った――――。
◇
バン! と、ドアが乱暴に開けられ、受付の男が叫ぶ。
「ユータさん、出番です!」
その声には、緊張と興奮が混ざっていた。
俺は一つ大きく息をすると、フンッと言って立ち上がる。
いよいよ、俺は引き返せない橋を渡るのだ。ありがとう、アンジューのみなさん、ありがとう、俺のお客さんたち、そして、ありがとう……ドロシー――――。
万感の想いが、胸に広がっていく。
◇
ゲートまで行くと、リリアンが待っていた。
その優美な姿は、武骨な闘技場に似合わず、凛々しさと気高さを漂わせている。
「王女殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
俺はひざまずいてうやうやしく挨拶する。
「ユータ、任せたわよ!」
リリアンは上機嫌で俺の肩をポンポンと叩いた。
「お任せください。お約束通りぶっ倒してきます!」
俺はこぶしを見せてグッと力を込めた。ゆるぎない勝利への確信を示すかのように、こぶしはヴゥンと黄金色の輝きを纏う。
「お願いね! それから……、勝った後『私との結婚は要らない』とか……やめて……よ?」
伏し目がちなリリアンの眼差しには、不安と期待が混ざっていた。俺が結婚を辞退すると勇者に口実を与えてしまうのが嫌なのだろう。単に大衆の前で辞退されることにプライドが許さないのかもしれないが。
「配慮します」
逃避行を覚悟している俺の返答には、微妙な余韻が含まれていた。
「ふふっ、良かった……でも、勝った後どうするつもりなの? 今からでも……、騎士にならない?」
リリアンは懇願するような眼で俺を見つめる。
「ご期待に沿えず申し訳ございません。俺には俺の人生があります」
俺は毅然と言い放ち、頭を下げる。権謀術数飛び交う貴族社会より、御嶽山のふもとでのんびり暮らす方が圧倒的に魅力的なのだ。
「そう……」
リリアンは少ししょげて俺のシャツのそでをつまむ。その仕草には、単なる社交辞令を超えた別れの寂しさが滲んでいた。
その時だった――――。
ウワァーーーー!
大きな歓声が闘技場に響き渡る。その数万人の叫び声は、地響きのように大地そのものを揺らしていた。
見ると、向こうのゲートから勇者が入場してきている。
勇者は金髪をキラキラとなびかせ、聖剣を高々と掲げながら舞台に上がり、場内の熱気は最高潮に達した。その姿は、まさに英雄譚の主人公そのものである。しかし、俺の目には、その輝かしい外見の下に潜む闇が見えるのだ。
「いよいよです。お元気で」
俺はリリアンのクリッとしたアンバー色の瞳を見つめた。
瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。その輝きは、宝石のように美しい。
「もっと早く……知り合いたかったわ……」
リリアンはそっと目を閉じるとうつむいて言った。
『対するは~! えーと、武器の店『星多き空』店主、ユータ……かな?』
司会者がメモを見ながら俺を呼ぶ。その声には、少しの戸惑いが感じられた。
案内の男性は俺の背中をパンパンと叩き、舞台を指さす。
いよいよその時がやってきた――――。
俺はリリアンに深く一礼をし、会場へと入っていく。
リリアンは真っ白なハンカチで涙を拭きながら手を振ってくれる。その姿は、王女というより、別れを惜しむ純粋な少女のようだった。
豪奢な石造りのゲートをくぐると、そこはもう巨大なスタンドがぐるりと取り囲む武闘場で、中央には特設の一段高い舞台が設置されている。スタンドを見回すと、超満員の観客たちは俺を見てどよめいていた。
決勝なのだからどんな屈強な戦士が出てくるのかと期待していたら、まるで会場の作業員のようなヒョロッとした一般人が入場してきたのである。防具もなければ武器もない。一体これで勝負になるのだろうか? と皆首をひねり、どういうことかと口々に疑問を発していた。
俺は何とも居心地の悪さを感じ、手をパンツのポケットに突っこんだままスタスタと歩いて舞台に上る。俺の目的は勇者をコテンパンに叩きのめす事だけ。観客へのアピールなど無用なのだ。
勇者と目が合う――――。
ドロシーを虫けらのように扱い、最後には仲間ごと爆破をさせたロクでもないクズ野郎。俺は腹の底からふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。その怒りは、まるで火山の溶岩のように熱く、激しかった。
二度と俺たちに関わらないように、圧倒的な力の差を見せつけ、心の底に恐怖を叩きこんでやるのだ。全身にいまだかつてないパワーが宿ってくる。その力は、正義の怒りから生まれた、純粋で強大なものだった。
そして、試合が始まる――――。
空気が張り詰め、観客の息遣いさえ聞こえるほどの静寂が訪れる。俺は深く息を吐き、全身の筋肉を緩める。これから始まる戦いは、単なる勝負ではない。傲慢で思い上がった勇者に対する一方的なお仕置き、そして、理不尽な貴族社会への抗議の一石なのだ。
勇者が聖剣を構えた――――。
聖剣は青く美しく輝き、勇者は勝利を確信したように笑う。そこには、幾多の戦いを勝ち抜いてきた自信が滲んでいる。しかし、俺には悪ガキがオモチャでイキがっているだけにしか見えない。
さぁ始めよう、お仕置きを――――。
このクズに平民の怒りを見せつけてやる……、心の奥底に恐怖を刻み付けてやるのだ!
会場にはすでに多くの観客が詰めかけているようで、ざわめきが響いてくる。その音は、遠くに轟く雷鳴のように俺の心を揺さぶった。
いよいよ運命の時が近づいてきた。一世一代の大立ち回りをして、俺はこの街を卒業する。その決意が、胸の奥深くで固まっていく。
トクントクンといつもより早めの心臓の音を聞きながら、ただ、時を待った――――。
◇
バン! と、ドアが乱暴に開けられ、受付の男が叫ぶ。
「ユータさん、出番です!」
その声には、緊張と興奮が混ざっていた。
俺は一つ大きく息をすると、フンッと言って立ち上がる。
いよいよ、俺は引き返せない橋を渡るのだ。ありがとう、アンジューのみなさん、ありがとう、俺のお客さんたち、そして、ありがとう……ドロシー――――。
万感の想いが、胸に広がっていく。
◇
ゲートまで行くと、リリアンが待っていた。
その優美な姿は、武骨な闘技場に似合わず、凛々しさと気高さを漂わせている。
「王女殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
俺はひざまずいてうやうやしく挨拶する。
「ユータ、任せたわよ!」
リリアンは上機嫌で俺の肩をポンポンと叩いた。
「お任せください。お約束通りぶっ倒してきます!」
俺はこぶしを見せてグッと力を込めた。ゆるぎない勝利への確信を示すかのように、こぶしはヴゥンと黄金色の輝きを纏う。
「お願いね! それから……、勝った後『私との結婚は要らない』とか……やめて……よ?」
伏し目がちなリリアンの眼差しには、不安と期待が混ざっていた。俺が結婚を辞退すると勇者に口実を与えてしまうのが嫌なのだろう。単に大衆の前で辞退されることにプライドが許さないのかもしれないが。
「配慮します」
逃避行を覚悟している俺の返答には、微妙な余韻が含まれていた。
「ふふっ、良かった……でも、勝った後どうするつもりなの? 今からでも……、騎士にならない?」
リリアンは懇願するような眼で俺を見つめる。
「ご期待に沿えず申し訳ございません。俺には俺の人生があります」
俺は毅然と言い放ち、頭を下げる。権謀術数飛び交う貴族社会より、御嶽山のふもとでのんびり暮らす方が圧倒的に魅力的なのだ。
「そう……」
リリアンは少ししょげて俺のシャツのそでをつまむ。その仕草には、単なる社交辞令を超えた別れの寂しさが滲んでいた。
その時だった――――。
ウワァーーーー!
大きな歓声が闘技場に響き渡る。その数万人の叫び声は、地響きのように大地そのものを揺らしていた。
見ると、向こうのゲートから勇者が入場してきている。
勇者は金髪をキラキラとなびかせ、聖剣を高々と掲げながら舞台に上がり、場内の熱気は最高潮に達した。その姿は、まさに英雄譚の主人公そのものである。しかし、俺の目には、その輝かしい外見の下に潜む闇が見えるのだ。
「いよいよです。お元気で」
俺はリリアンのクリッとしたアンバー色の瞳を見つめた。
瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。その輝きは、宝石のように美しい。
「もっと早く……知り合いたかったわ……」
リリアンはそっと目を閉じるとうつむいて言った。
『対するは~! えーと、武器の店『星多き空』店主、ユータ……かな?』
司会者がメモを見ながら俺を呼ぶ。その声には、少しの戸惑いが感じられた。
案内の男性は俺の背中をパンパンと叩き、舞台を指さす。
いよいよその時がやってきた――――。
俺はリリアンに深く一礼をし、会場へと入っていく。
リリアンは真っ白なハンカチで涙を拭きながら手を振ってくれる。その姿は、王女というより、別れを惜しむ純粋な少女のようだった。
豪奢な石造りのゲートをくぐると、そこはもう巨大なスタンドがぐるりと取り囲む武闘場で、中央には特設の一段高い舞台が設置されている。スタンドを見回すと、超満員の観客たちは俺を見てどよめいていた。
決勝なのだからどんな屈強な戦士が出てくるのかと期待していたら、まるで会場の作業員のようなヒョロッとした一般人が入場してきたのである。防具もなければ武器もない。一体これで勝負になるのだろうか? と皆首をひねり、どういうことかと口々に疑問を発していた。
俺は何とも居心地の悪さを感じ、手をパンツのポケットに突っこんだままスタスタと歩いて舞台に上る。俺の目的は勇者をコテンパンに叩きのめす事だけ。観客へのアピールなど無用なのだ。
勇者と目が合う――――。
ドロシーを虫けらのように扱い、最後には仲間ごと爆破をさせたロクでもないクズ野郎。俺は腹の底からふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。その怒りは、まるで火山の溶岩のように熱く、激しかった。
二度と俺たちに関わらないように、圧倒的な力の差を見せつけ、心の底に恐怖を叩きこんでやるのだ。全身にいまだかつてないパワーが宿ってくる。その力は、正義の怒りから生まれた、純粋で強大なものだった。
そして、試合が始まる――――。
空気が張り詰め、観客の息遣いさえ聞こえるほどの静寂が訪れる。俺は深く息を吐き、全身の筋肉を緩める。これから始まる戦いは、単なる勝負ではない。傲慢で思い上がった勇者に対する一方的なお仕置き、そして、理不尽な貴族社会への抗議の一石なのだ。
勇者が聖剣を構えた――――。
聖剣は青く美しく輝き、勇者は勝利を確信したように笑う。そこには、幾多の戦いを勝ち抜いてきた自信が滲んでいる。しかし、俺には悪ガキがオモチャでイキがっているだけにしか見えない。
さぁ始めよう、お仕置きを――――。
このクズに平民の怒りを見せつけてやる……、心の奥底に恐怖を刻み付けてやるのだ!