ドロシーが一番大切なのは間違いない。昨日の旅行で、あの熱いキスで、それを再確認したばかりだった。その記憶が、今の状況をより一層辛いものにしている。しかし、大切だからこそ俺からは離しておきたい。その矛盾した想いが、胸を締め付けた。
俺はもうドロシーがひどい目に遭うのは耐えられないのだ。次にドロシーが腕だけになったりしたら俺は壊れてしまう。その恐怖が、理性を超えて心を支配していた。
もう、ドロシーは俺に関わっちゃダメだ。俺に関わったらきっとまたひどい目にあわせてしまう。その確信が、決断を後押しした。しかし、今は頭は混乱し、その決断が正しいのかも分からなくなっていた。
あれ……?
ここで俺は重要なことに気が付いた。ドロシーが『一番大切』という言葉を覚えているということは、昨晩のことを全部覚えているということだ。記憶をなくしたふりをしていたに違いない。その事実に気づいた瞬間、胸に鋭い痛みが走った。
自分がドロシーの気持ちを踏みにじっていて、でも、それはドロシーのために譲れないという、解決できないデッドロックにはまったことを俺は呪った。
「胸が……痛い……」
それは、単なる比喩ではなく、本当にキューッとした痛みが胸を締め付ける。
なぜこんなことになってしまったのか? どこで道を誤ったのか……。
その問いに対する答えは見つからず、ただ虚無感だけが広がっていく。
俺はドロシーが投げつけてきたエプロンを、そっと広げた。そこにはドロシーが丁寧に刺繍したウサギが可愛く並んでいる。一針一針に込められた思いが、今更ながら胸に迫ってきた。
「ドロシー……」
俺は愛おしいウサギの縫い目を、そっとなでた。その指先には、もう二度と触れることのできない人への想いが込もる。
窓から差し込む朝日が、エプロンを柔らかく照らす。店内は静寂に包まれ、時間だけがゆっくりと過ぎていく――――。
俺は深く息を吐き、エプロンを丁寧に畳むと立ち上がった。これからどうするべきか、まだ明確な答えは見つからない。しかし、このまま立ち止まっているわけにはいかない。
この痛みを胸に刻みつつ、これからの道を歩んでいく。それが、今の自分にできる唯一のことだった。
◇
それから武闘会までの一か月、俺は閉店作業を進めつつ新たな拠点の確保を急いだ。その日々は、終わりと始まりが交錯する、慌ただしい毎日だった。
武闘会後しばらくは、人目に触れない所でゆっくりするつもりなので、山奥をあちこち飛び回りながら住みやすい場所を探す。
爽やかな青空の中、御嶽山の山麓を飛んでいたら、運命の導きかのように青く美しい池を見つけた。この辺は強い魔物が出る地域のさらに奥なので人はやってこないし、実は魔物も出ない。さらに、あちこちから温泉が湧いているからかクマなども寄り付かないようだ。その全てから隔絶された静寂は、俺の心に深く響いた。
降り立ってみると、池の水は青々と澄んでいて、翡翠のような輝きを放っている。ほとりからは遠くに御嶽山の荒々しい山肌が見え、実に見事な景観となっていてまるで絵画のような美しさである。
「あー、いい景色だ……。癒されるねぇ……」
俺は両手を大きく広げ、深呼吸をした。
「あぁ、良い空気だ……。ここにしよう!」
爽やかな森の空気がとても気に入って、ここに拠点を築くことにした。ここが新たな人生の拠点となるのだ。
「そうと決まれば家づくりだ!」
久しぶりにワクワクする気持ちを抑えられず、自然と笑顔が溢れた。
まずは風魔法で池のほとりに生えている木々を刈り取っていく。
「エアスラッシュ!」
俺は腕を鋭く水平に振り、緑に輝く風の刃を放った――――。
パパパパン! と巨木たちがまるでボーリングのピンみたいに一斉に倒れていく。
「うっひょー! いいね、いいね!」
魔法を使った派手な整地は実に快感である。
「そりゃ! そりゃ! そりゃ!」
エアスラッシュを連発し、一通り当たりの木をなぎ倒すと、続いて焼却処分だ。
まずは、竜巻を起こす風魔法『トルネード』で刈り取った木々を一気に巻き上げていく――――。
辺りに横たわっていた巨木は次々と宙を舞い、空高いところでグルグルと回っていった。
「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」
俺は火の玉を次々と連打して巨木たちに放っていく――――。
着弾してボン! と爆発しながら竜巻内で炎を巻いていくファイヤーボール。
左手でトルネードを維持しながら右手で「ソレソレソレ!」とファイヤーボールを当てていくと、木々はブスブスと徐々に燻ぶり始め、さらにファイヤーボールを撃ち込んでいくとやがて炎を吹き出し、燃え始めた。
高い所でグルグルと回りながら燃え上がる木々はやがて炎の竜巻となり、壮観な姿となっていく。その激しい炎は顔が熱くなってくるほどである。
真っ青な空を背景に、うねりながら天を焦がす壮大な真紅の炎のアート――――。
人間にとって炎は本能に訴えてくる魅力がある。俺はしばらくそれに見入っていた。
まるで生き物のように揺れながら輝く炎を眺めながら、俺は子供の頃に見たキャンプファイヤーを思い出していた。
友達と一緒に眺めていたキャンプファイヤー。でも今は一人……。ドロシーはどうしているだろうか……。
何をやっていてもふとドロシーのことが気になってしまう。
俺はブンブンと首を振り、さらにファイヤーボールを放って一気に燃やし尽くしていった。
俺はもうドロシーがひどい目に遭うのは耐えられないのだ。次にドロシーが腕だけになったりしたら俺は壊れてしまう。その恐怖が、理性を超えて心を支配していた。
もう、ドロシーは俺に関わっちゃダメだ。俺に関わったらきっとまたひどい目にあわせてしまう。その確信が、決断を後押しした。しかし、今は頭は混乱し、その決断が正しいのかも分からなくなっていた。
あれ……?
ここで俺は重要なことに気が付いた。ドロシーが『一番大切』という言葉を覚えているということは、昨晩のことを全部覚えているということだ。記憶をなくしたふりをしていたに違いない。その事実に気づいた瞬間、胸に鋭い痛みが走った。
自分がドロシーの気持ちを踏みにじっていて、でも、それはドロシーのために譲れないという、解決できないデッドロックにはまったことを俺は呪った。
「胸が……痛い……」
それは、単なる比喩ではなく、本当にキューッとした痛みが胸を締め付ける。
なぜこんなことになってしまったのか? どこで道を誤ったのか……。
その問いに対する答えは見つからず、ただ虚無感だけが広がっていく。
俺はドロシーが投げつけてきたエプロンを、そっと広げた。そこにはドロシーが丁寧に刺繍したウサギが可愛く並んでいる。一針一針に込められた思いが、今更ながら胸に迫ってきた。
「ドロシー……」
俺は愛おしいウサギの縫い目を、そっとなでた。その指先には、もう二度と触れることのできない人への想いが込もる。
窓から差し込む朝日が、エプロンを柔らかく照らす。店内は静寂に包まれ、時間だけがゆっくりと過ぎていく――――。
俺は深く息を吐き、エプロンを丁寧に畳むと立ち上がった。これからどうするべきか、まだ明確な答えは見つからない。しかし、このまま立ち止まっているわけにはいかない。
この痛みを胸に刻みつつ、これからの道を歩んでいく。それが、今の自分にできる唯一のことだった。
◇
それから武闘会までの一か月、俺は閉店作業を進めつつ新たな拠点の確保を急いだ。その日々は、終わりと始まりが交錯する、慌ただしい毎日だった。
武闘会後しばらくは、人目に触れない所でゆっくりするつもりなので、山奥をあちこち飛び回りながら住みやすい場所を探す。
爽やかな青空の中、御嶽山の山麓を飛んでいたら、運命の導きかのように青く美しい池を見つけた。この辺は強い魔物が出る地域のさらに奥なので人はやってこないし、実は魔物も出ない。さらに、あちこちから温泉が湧いているからかクマなども寄り付かないようだ。その全てから隔絶された静寂は、俺の心に深く響いた。
降り立ってみると、池の水は青々と澄んでいて、翡翠のような輝きを放っている。ほとりからは遠くに御嶽山の荒々しい山肌が見え、実に見事な景観となっていてまるで絵画のような美しさである。
「あー、いい景色だ……。癒されるねぇ……」
俺は両手を大きく広げ、深呼吸をした。
「あぁ、良い空気だ……。ここにしよう!」
爽やかな森の空気がとても気に入って、ここに拠点を築くことにした。ここが新たな人生の拠点となるのだ。
「そうと決まれば家づくりだ!」
久しぶりにワクワクする気持ちを抑えられず、自然と笑顔が溢れた。
まずは風魔法で池のほとりに生えている木々を刈り取っていく。
「エアスラッシュ!」
俺は腕を鋭く水平に振り、緑に輝く風の刃を放った――――。
パパパパン! と巨木たちがまるでボーリングのピンみたいに一斉に倒れていく。
「うっひょー! いいね、いいね!」
魔法を使った派手な整地は実に快感である。
「そりゃ! そりゃ! そりゃ!」
エアスラッシュを連発し、一通り当たりの木をなぎ倒すと、続いて焼却処分だ。
まずは、竜巻を起こす風魔法『トルネード』で刈り取った木々を一気に巻き上げていく――――。
辺りに横たわっていた巨木は次々と宙を舞い、空高いところでグルグルと回っていった。
「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」
俺は火の玉を次々と連打して巨木たちに放っていく――――。
着弾してボン! と爆発しながら竜巻内で炎を巻いていくファイヤーボール。
左手でトルネードを維持しながら右手で「ソレソレソレ!」とファイヤーボールを当てていくと、木々はブスブスと徐々に燻ぶり始め、さらにファイヤーボールを撃ち込んでいくとやがて炎を吹き出し、燃え始めた。
高い所でグルグルと回りながら燃え上がる木々はやがて炎の竜巻となり、壮観な姿となっていく。その激しい炎は顔が熱くなってくるほどである。
真っ青な空を背景に、うねりながら天を焦がす壮大な真紅の炎のアート――――。
人間にとって炎は本能に訴えてくる魅力がある。俺はしばらくそれに見入っていた。
まるで生き物のように揺れながら輝く炎を眺めながら、俺は子供の頃に見たキャンプファイヤーを思い出していた。
友達と一緒に眺めていたキャンプファイヤー。でも今は一人……。ドロシーはどうしているだろうか……。
何をやっていてもふとドロシーのことが気になってしまう。
俺はブンブンと首を振り、さらにファイヤーボールを放って一気に燃やし尽くしていった。