リリアンは一口エールをなめて――――。

「苦~い!」

 と、言いながら、俺の方を向いて渋い顔をする。

「高貴なお方のお口には合いませんね。残念ですわ」

 ドロシーがさりげなくジャブを打った。その声には、僅かな勝利感が滲んでいる。

 リリアンが恐ろしい形相でキッとドロシーをにらむ。

「あ、エールはワインと違ってですね、のど越しを楽しむものなんです」

 俺は慌てて仲裁に入った。王族とのトラブルなんて御免こうむりたい。

「どういうこと? ユータ?」

 リリアンの声に、興味が混じる。

「ゴクッと飲んだ瞬間に鼻に抜けるホップの香りを楽しむので、一度一気に飲んでみては?」

 俺の説明に、リリアンはジョッキをのぞきこむ。

「ふぅん……」

 リリアンは緊張した面持ちで、エールを一気にゴクリと飲んだ――――。

 あっ……。

 目を見開くリリアン。

「確かに美味しいかも……。さすがユータ! 頼りになるわぁ」

 俺にニッコリと笑いかけてくるリリアン。その完璧な笑顔に、俺は思わず心を奪われかける。

 しかし、ドロシーの表情は険しかった。

「そ、それは良かったです。で、今日のご用向きは?」

 俺はドロシーからの痛い視線から逃げるように、冷や汗を垂らしながら聞いた。

「そうそう、孤児院の助成倍増とリフォーム! 通してあげたわよ!」

 リリアンの声には、誇らしさが溢れている。

「え? 本当ですか!?」

 思わず俺の声が裏返った。

「あら、わたくしが嘘をつくとでも?」

 ドヤ顔のリリアン。

 俺はスクッと立ち上がるとジョッキを掲げた。

「リリアン姫の孤児院支援にカンパーイ!」

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 四人の声が重なり、部屋中に温かな空気が広がる。

 ドロシーも孤児院の支援は嬉しかったらしく、素直に頭を下げた。

「王女様、ありがとうございます」

 その姿に、これまでの緊張が溶けていくのを感じる。

「ふふっ、Noblesse oblige(ノブレス・オブリージュ)よ、高貴な者には責務があるの」

 リリアンは得意げにそう言うとジョッキをグッとあおった。

「それでもありがたいです」

 俺も心からの感謝を込めて頭を下げた。これで後輩たちが冬の寒さやひもじさから解放されると思うと、胸が熱くなる。

「で、今日は何のお祝いなの?」

 リリアンは並んだ料理を見回しながら聞いた。

「お祝いというか、慰労会ですね」

「慰労?」

 リリアンの声には好奇心が滲んでいた。

「南の島で泳いで帰ってきて『お疲れ会』ですね。帰りにドラゴンに会ったり大変だったんです」

 ドロシーが丁寧に説明する。つい先ほどまでの険悪さ嘘のように感じられた。

「ちょ、ちょっと待って! ドラゴンに会ったの!?」

 ガタっと立ち上がり、目を丸くするリリアン。

「あれ、ドラゴンご存じですか?」

 俺の問いかけに、リリアンは急に真剣な表情になった。

「ご存じも何も、王家の守り神ですもの。おじい様、先代の王は友のように交流があったとも聞いるわ。私も会いたーい!」

 リリアンは手を組んで必死に頼んでくる。その姿は、王女というよりも、夢を追う少女のようだった。

「いやいや、レヴィア様はそんな気軽に呼べるような存在じゃないので……」

 俺は困惑しながら言葉を選んだ。

「えぇーーーーっ! リリアンのお願い聞けないの?」

 長いまつげに、透き通るような潤んだ瞳に見つめられて俺は困惑する。

『なんじゃ、呼んだか?』

 いきなり俺の頭に声が響いた。その声は、まるで遠い宇宙の彼方から届いたかのようだった。

「え? レヴィア様!?」

 俺は仰天した。名前を呼ぶだけで通話開始? ちょっとやり過ぎじゃないだろうか?

『もう会いたくなったか? 仕方ないのう』

 レヴィアの声には、どこか楽しそうな調子が混じっていた。

「いや、ちょっと、呼んだわけではなく……」

 と、話している間に、店内の空間がいきなりパリパリっと裂けた。

「キャハッ!」

 楽しそうに笑いながら金髪おかっぱの少女が全裸で現れる。唖然(あぜん)とするみんな。そのいきなりの登場は、まるで異世界からの来訪者である。

 あちゃ~……。

 なぜこんなに大物が次々と客に来るのか……。俺はちょっと気が遠くなった。この小さな店が、世界の中心になってしまったかのような錯覚に陥る。

 しかし、全裸はマズい。

「レヴィア様! 服! 服!」

 俺が焦ってみんなの視線を(さえぎ)った。

「あ、忘れとったよ、てへ」

 そう言ってレヴィアはサリーを巻く。その仕草には、不思議な愛らしさが混じっていた。

「困りますよ。人前に出るときは服、人間界の基本ですよ」

 俺は諭したが、レヴィアはそんなこと全く聞いていない。

「おう、なんじゃ、楽しそうなことやっとるな。(われ)も混ぜるのじゃ!」

 真紅の目を輝かせながら、子供のように無邪気にレヴィアは叫んだ。

 ツカツカとテーブルに近づくいたレヴィアは、エールの樽の上蓋(うわぶた)をパーン! と叩き割って取り外し、そのまま樽ごと飲み始めた。その豪快な姿に、誰もが息を呑む。

「あぁっ! 今晩の酒が……」

 俺は青くなって宙を仰いだ。