「ほう、うらやましいのう……。(われ)も大学生とやらになるかのう……」

「え!?」

 こんな恐ろしげな巨体が『大学生をやりたい』というギャップに俺はつい驚いてしまった。

「なんじゃ? 何か文句でもあるのか?」

 ドラゴンはギョロリと真紅の目を向けてにらむ。その視線に、背筋が凍る思いがした。

「い、いや、大学生は人間でないと難しいかな……と」

 俺はブンブンと首を振り、慎重に言葉を選びながら答える。

「何じゃそんなことか」

 そう言うと、ドラゴンは『ボン!』と煙に包まれた――――。

 え……?

 俺は漂ってくる煙を手のひらではらいながら、渋い顔で後ずさる。

 すると、中から金髪でおカッパの可愛い少女が現れた。見た目中学生くらいだが、何も着ていない。彼女はふくらみはじめた綺麗な胸を隠す気もなく、胸を張っている。その姿に、俺は思わず目を()らしてしまう。

 ただ、その真紅の瞳はドラゴンのそれだった。

「え? もしかして……レヴィア……様……ですか?」

 声が裏返るのを必死に抑える。

「そうじゃ、可愛いじゃろ?」

 そう言ってニッコリと笑う。いわゆる人化の術という奴のようだ。その笑顔には、どこか無邪気(むじゃき)さが残っている。

「あの……服を……着ていただけませんか? ちょっと、目のやり場に困るので……」

 俺が目を背けながらそう言うと、

「ふふっ、(われ)肢体(したい)に欲情しおったな! キャハッ!」

 そう言いながら腕を持ち上げ、斜めに構えてモデルのようなポーズを決めるレヴィア。その仕草に、年齢不相応な(あで)やかさを感じる。

「いや、私は幼児体形は守備範囲外なので……」

 俺はつい本音を漏らしてしまう。

 は……?

 レヴィアから少女とは思えない重く低い声が響く。

 バキッ!

 刹那、レヴィアの足元の大理石が砕けてヒビが広がった――――。

 え……?

 レヴィアは顔を真っ赤にし、目に涙を浮かべ、細かく震えだした。その表情の変化に、俺は言葉を失う。

 逆鱗に触れてしまったようだ。ヤバい……。冷や汗が背中を伝う。

「あ、いや、そのぉ……」

 俺はしどろもどろになっていると――――。

「バカちんがー!!」

 レヴィアは叫びながら瞬歩で俺に迫り、デコピンを一発かました。その素早い動きは、とても人間の目では追えない。

 バチィィィン!!

「ぐわぁぁ!」

 俺はレベル千もあるのにデコピンをかわすことも出来ず、まともにくらって吹き飛ばされた。頭蓋骨が砕けるかと思うほどの衝撃に激痛が走る。

 HPを見れば半分以上持っていかれた。もう一発食らったら即死である。何というデコピン……。ドラゴンの破壊力は反則級だ。

 床に転がりながら、俺は自分の不用意な言動を後悔した。神格を持つ存在を怒らせてしまったことの重大さが、身に染みて分かる。

 くぅぅぅ……。

 俺は痛みに耐えつつ、ゆっくりと体を起こした――――。

「乙女の美しい身体を『幼児体形』とは不遜(ふそん)な! この無礼者が!!」

 レヴィアはプンプンと怒っている。その怒りは、まるで嵐のように部屋中に渦巻いていた。

「失言でした、失礼いたしました……」

 俺はおでこをさすりながら立ち上がる。頭がズキズキと痛んだ。

「そうじゃ! メッチャ失言じゃ!」

 レヴィアの叫び声が神殿中に響き渡る。

「レヴィア様に欲情してしまわぬよう、極端な表現をしてしまいました。申し訳ございません」

 俺は必死に言い訳をする。冷や汗が背中を伝った。

「ん……? もう一度言うてみぃ」

「え? レヴィア様に魅了されないように……」

「そうかそうか、なーるほど、なるほど。それじゃ仕方ない、キャハハハ! 服でも着てやろう」

 レヴィアは機嫌を直すと、サリーのような布を巻き付ける簡単な服を、するするっと身にまとった。それでも横からのぞいたら胸は見えてしまいそうではあるが……。

「これでどうじゃ?」

 ドヤ顔のレヴィア。その表情には、少女特有の無邪気(むじゃき)さが混じっている。四千年生きてきたという話はどうなったのだろう?

「ありがとうございます。お美しいです」

 俺はそう言って頭を下げた。心の中では安堵のため息をつく。

 実際、彼女は美しかった。整った目鼻立ちにボーイッシュな笑顔、もう少し成長したらきっと相当な美人に育つに違いなかった。その姿は、まるで妖精のように神秘的だ。

「そうじゃろう、そうじゃろう、キャハッ!」

 『キャハッ!』? 俺はこの独特の笑い方に心当たりがあった。夢の中のドロシーが同じ笑い方をしていたのだ。その瞬間、記憶が(よみがえ)る。

「もしかして……夢の中で話されてたのはレヴィア様でしたか?」

「ふふん、つまらぬことに悩んでるから正解を教えてやったのじゃ」

 レヴィアは得意げに胸を張った。