窓の外では雲が湧いて陽を覆いはじめている。不吉な暗雲が、まるで俺の複雑な心情を映し出しているかのようだ。
「アバドン、もう一杯コーヒーどうだ?」
俺は立ち上がる。
「ありがとうございます、旦那様。でも、そろそろ私は帰らないと」
アバドンの言葉に、俺は少し寂しさを覚えた。魔人がいなくなって寂しいとは、自分は相当弱っているらしい。
「そうか。気を付けて帰れよ」
俺は振り返らずにただゴリゴリとコーヒー豆をひいた――――。
アバドンが去った後、俺は一人で静かにコーヒーを飲み干す。その苦みが、これからの挑戦への決意を新たにさせた。
◇
翌朝、久しぶりに店を開け、掃除をしているとドアが開いた。
「カラン! カラン!」
鐘の音が、静かな店内に響き渡る。
見ると女の子と初老の紳士が入ってくる。二人の姿に俺の心臓が小さく跳ねた。
「いらっしゃいませ」
明らかに冒険者とは違うお客――――。
とても嫌な予感がする。
女の子はワインレッドと純白のワンピースを着こみ、金髪を綺麗に編み込んで、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。まるで絵画から抜け出してきたかのようだ。
鑑定をしてみると――――。
リリアン=オディル・ブランザ 王女
王族 レベル12
なんとお姫様ではないか。なぜ姫様が!? 俺は頭の中が真っ白になる。
リリアンは俺を見るとニコッと笑い、胸を張ってカツカツとヒールを鳴らし近づいてくる。その足音が、俺の心臓の鼓動と重なる。
整った目鼻立ちに透き通る肌、うわさにたがわない美貌に俺はドキッとしてしまう。その美しさは、まさに天衣無縫と言うべきものだった。
俺は一つ深呼吸をすると、ひざまずいて言った。
「これは王女様、こんなむさくるしい所へどういったご用件でしょうか?」
リリアンは琥珀色の瞳をキラリと輝かせる。
「そんな畏まらないでくれる? あなたがユータ?」
「は、はい……」
俺の声が、思わず裏返る。
「あなた……私の騎士になってくれないかしら?」
いきなり王女からヘッドハントを受ける俺。あまりのことに混乱してしまう。
「え? わ、私が騎士……ですか? 私はただの商人ですよ?」
俺は必死に平静を装おうとする。しかし、その声には隠せない動揺が滲んでいた。
「そういうのはいいわ。私、見ちゃったの。あなたが倉庫で倒した男、あれ、勇者に次ぐくらい強いのよ。それを瞬殺できるってことはあなた、勇者と同等……いや、勇者よりも強いはずよ」
瞳に好奇心を輝かせながらリリアンは嬉しそうに言う。
バレてしまった……。
俺は、苦虫を噛み潰したような顔をしてリリアンを見つめる。その瞬間、これまでの平穏な日々が、砂の城のように崩れ去っていくのを感じた。
「王女様、私は……、静かに暮らしていたいだけなので……」
言葉を選びながら、俺は静かに口を開いた。貴族社会における宮仕え、そんな堅苦しくて面倒くさいこと絶対にお断りである。しかし、断り方が悪くて王族の怒りを買えば王室侮辱罪で重罪なのだ。もっと面倒くさいことになる。
「騎士なら貴族階級に入れるわ。贅沢もできるわよ。いいことづくめじゃない?」
無邪気にメリットを強調するリリアン。その声には、少女特有の快活さが混じっていた。しかし、俺の耳には、それが不協和音のように響いた。
平穏な暮らしにずかずかと入ってくる貴族たちには本当にうんざりする。俺は内心で溜め息をついた。
「うーん、私はそう言うの興味ないんです。素朴にこうやって商人やって暮らしたいのです」
「ふーん、あなた、孤児院出身よね? 孤児院って王室からの助成で運営してるって知ってる?」
リリアンは意地悪な顔をして言う。その瞳に俺は一瞬、冷たい光を感じた。
孤児院を盾に脅迫とは許しがたい。抑えきれない怒りが込み上げてくる。
「孤児院は関係ないですよね? そもそも、私が勇者より強いとしたら、王国など私一人でひっくり返せるって思わないんですか?」
俺はそう言いながらリリアンをにらんだ。つい、無意識に「威圧」の魔法を使ってしまったかもしれない。その瞬間、部屋の空気が重くなったような気がした。
「あ、いや、孤児院に圧力かけようって訳じゃなくって……そ、そう、もっと助成増やせるかも知れないわねって話よ?」
リリアンは気おされ、あわてて言う。お姫様相手に少しやりすぎてしまったかもしれない。
「増やしてくれるのは歓迎です。孤児院はいつも苦しいので。ただ、騎士の件はお断りします。そういうの性に合わないので」
この世界で貴族は特権階級。確かに魅力的ではあるが、それは同時に貴族間の権力争いの波に揉まれることでもある。そんなのはちょっと勘弁して欲しい。
「アバドン、もう一杯コーヒーどうだ?」
俺は立ち上がる。
「ありがとうございます、旦那様。でも、そろそろ私は帰らないと」
アバドンの言葉に、俺は少し寂しさを覚えた。魔人がいなくなって寂しいとは、自分は相当弱っているらしい。
「そうか。気を付けて帰れよ」
俺は振り返らずにただゴリゴリとコーヒー豆をひいた――――。
アバドンが去った後、俺は一人で静かにコーヒーを飲み干す。その苦みが、これからの挑戦への決意を新たにさせた。
◇
翌朝、久しぶりに店を開け、掃除をしているとドアが開いた。
「カラン! カラン!」
鐘の音が、静かな店内に響き渡る。
見ると女の子と初老の紳士が入ってくる。二人の姿に俺の心臓が小さく跳ねた。
「いらっしゃいませ」
明らかに冒険者とは違うお客――――。
とても嫌な予感がする。
女の子はワインレッドと純白のワンピースを着こみ、金髪を綺麗に編み込んで、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。まるで絵画から抜け出してきたかのようだ。
鑑定をしてみると――――。
リリアン=オディル・ブランザ 王女
王族 レベル12
なんとお姫様ではないか。なぜ姫様が!? 俺は頭の中が真っ白になる。
リリアンは俺を見るとニコッと笑い、胸を張ってカツカツとヒールを鳴らし近づいてくる。その足音が、俺の心臓の鼓動と重なる。
整った目鼻立ちに透き通る肌、うわさにたがわない美貌に俺はドキッとしてしまう。その美しさは、まさに天衣無縫と言うべきものだった。
俺は一つ深呼吸をすると、ひざまずいて言った。
「これは王女様、こんなむさくるしい所へどういったご用件でしょうか?」
リリアンは琥珀色の瞳をキラリと輝かせる。
「そんな畏まらないでくれる? あなたがユータ?」
「は、はい……」
俺の声が、思わず裏返る。
「あなた……私の騎士になってくれないかしら?」
いきなり王女からヘッドハントを受ける俺。あまりのことに混乱してしまう。
「え? わ、私が騎士……ですか? 私はただの商人ですよ?」
俺は必死に平静を装おうとする。しかし、その声には隠せない動揺が滲んでいた。
「そういうのはいいわ。私、見ちゃったの。あなたが倉庫で倒した男、あれ、勇者に次ぐくらい強いのよ。それを瞬殺できるってことはあなた、勇者と同等……いや、勇者よりも強いはずよ」
瞳に好奇心を輝かせながらリリアンは嬉しそうに言う。
バレてしまった……。
俺は、苦虫を噛み潰したような顔をしてリリアンを見つめる。その瞬間、これまでの平穏な日々が、砂の城のように崩れ去っていくのを感じた。
「王女様、私は……、静かに暮らしていたいだけなので……」
言葉を選びながら、俺は静かに口を開いた。貴族社会における宮仕え、そんな堅苦しくて面倒くさいこと絶対にお断りである。しかし、断り方が悪くて王族の怒りを買えば王室侮辱罪で重罪なのだ。もっと面倒くさいことになる。
「騎士なら貴族階級に入れるわ。贅沢もできるわよ。いいことづくめじゃない?」
無邪気にメリットを強調するリリアン。その声には、少女特有の快活さが混じっていた。しかし、俺の耳には、それが不協和音のように響いた。
平穏な暮らしにずかずかと入ってくる貴族たちには本当にうんざりする。俺は内心で溜め息をついた。
「うーん、私はそう言うの興味ないんです。素朴にこうやって商人やって暮らしたいのです」
「ふーん、あなた、孤児院出身よね? 孤児院って王室からの助成で運営してるって知ってる?」
リリアンは意地悪な顔をして言う。その瞳に俺は一瞬、冷たい光を感じた。
孤児院を盾に脅迫とは許しがたい。抑えきれない怒りが込み上げてくる。
「孤児院は関係ないですよね? そもそも、私が勇者より強いとしたら、王国など私一人でひっくり返せるって思わないんですか?」
俺はそう言いながらリリアンをにらんだ。つい、無意識に「威圧」の魔法を使ってしまったかもしれない。その瞬間、部屋の空気が重くなったような気がした。
「あ、いや、孤児院に圧力かけようって訳じゃなくって……そ、そう、もっと助成増やせるかも知れないわねって話よ?」
リリアンは気おされ、あわてて言う。お姫様相手に少しやりすぎてしまったかもしれない。
「増やしてくれるのは歓迎です。孤児院はいつも苦しいので。ただ、騎士の件はお断りします。そういうの性に合わないので」
この世界で貴族は特権階級。確かに魅力的ではあるが、それは同時に貴族間の権力争いの波に揉まれることでもある。そんなのはちょっと勘弁して欲しい。