「俺じゃ勝てそうにないね」

 俺は自嘲気味に首を振る。

「そうですね、旦那様は最強ですが、ヌチ・ギさんは次元の違う規格外の存在ですから、存在自体反則ですよ」

 肩をすくめるアバドン。

 一体、ヌチ・ギはこの世界の何なのだろうか? この世界に魔物やダンジョンを作って何をやりたいのだろうか?

 コーヒーカップを見つめながら、俺は考え込む。この世界の真実、そしてヌチ・ギという存在。全てが繋がっているような気がするのに、その全容が見えない。俺は深いため息をついた。

「まぁ、神様みたいなものだと思っておけばいいかな?」

 するとアバドンは、腕を組んで首をひねる。

「うーん、ヌチ・ギさんはこう言うとアレなんですが、ちょっと邪悪で俗物なんですよ」

「邪悪……?」

「どうも女の子を生贄(いけにえ)にして楽しんでるらしいんですよね」

「はぁ!? それじゃ悪魔じゃないか!」

 俺の声が思わず上ずる。この世界の闇の深さに、戦慄を覚えた。

「彼は王族の守り神的なポジションに()いていてですね、軍事や疫病対策や飢饉対策を手伝って、その代わりに可愛い女の子を提供させているんです」

「……。女の子はどうなっちゃうの?」

 俺は口を開くのも(はばか)られるような気持ちで尋ねた。

「さぁ……屋敷に入った女の子は二度と出てこないそうです」

「それは大問題じゃないか!」

 俺は思わず立ち上がった。

「でもヌチ・ギさんを止められる人なんていないですよ。王様だっていいなりです」

 俺は絶句した。この世界の闇がそんなところにあったとは。この世界はヌチ・ギに実質支配されていたのだ。そして、その男は女の子を喰い物にする悪魔。でも、誰もこの状況を変えられない。全知全能であればもう人間にはなすすべがないのだ。何という恐ろしい世界だろうか。

 この世界は仮想現実空間ということはほぼ堅そうだ。ヌチ・ギが女の子を食い物にするために作った仮想現実空間……。いや、この世界を作るコストはそれこそ天文学的で莫大だ。女の子を手にするためにできるような話じゃない。と、なると、ヌチ・ギは単に管理を任されていて、役得として女の子を食っているという話かもしれない。

 とは言え、この辺は全く想像の域を出ない。何しろ情報が少なすぎる。俺は頭を抱えた。

「ありがとう、とても参考になったよ。彼のいそうなところに行くのはやめておこう」

 俺の声には、諦めと決意が混じっていた。

「正解だと思います。絶対ドロシーの(あね)さんがヌチ・ギさんの目に触れることが無いようにしてくださいね。奪われたら最悪です」

「うーん、それは怖いな……。気を付けよう」

 俺はふぅぅ、と大きく息を吐きながら、この世界の理不尽さを憂えた。

 勇者は特権をかざして好き放題やってるし、ヌチ・ギは国を裏で操りながら女の子を(もてあそ)んでいる。そして、それらは簡単には改善できそうにない。

 俺は窓の外を見つめた。穏やかな日差しに包まれる街並み――――。

 この平和な光景の裏に、こんな残酷な真実が隠れているなんて。

 俺は深いため息をついて首を振り、コーヒーをすすった。


       ◇


 この世界ではヌチ・ギがキーになっているということはわかった。なぜここが日本列島なのかも聞けば教えてくれるだろう。しかし、俺はチートで力をつけてきた存在だ。ゲームの世界ではチートは重罪である。下手に近づけばチートがばれてペナルティを食らってしまう。下手したらアカウント抹消……、殺されてしまうかもしれない。そう思っただけで、背筋に冷たいものが走る。

 とても話を聞きになんて行けない。アバドンに聞きにいかせたりしてもアウトだろう。ヌチ・ギは万能な存在だ。アバドンの記憶を調べられたりしたら最悪だ。

 ふぅ……。

 俺はガックリして首を振った。もう少しで真実に手が届きそうなのに近づけないもどかしさが胸を苛む。

 それでも、ヌチ・ギもバカじゃない。いつか俺の存在にも気づくだろう。その時に対抗できる手段はどうしても必要だ。それにはこの世界のことを解明しておく必要がある。

 女神様に連絡がつけば解決できるのにな、と思ったが、どうやったらいいかわからない。死んだらもう一度あの先輩に似た美人さんに会えるのかもしれないが……、さすがに死ぬわけにもいかない。行き詰った現実が胸の奥で(きし)む。

 ふぅ……。

 俺はコーヒーをすすりながら、テーブルに可愛く活けられたマーガレットの花を見つめた。

 ドロシーが飾ったのだろう。黄色の中心部から大きく開いた真っ白な花びらは、元気で快活……まるでドロシーのようだった。その花の瑞々(みずみず)しさに、少し心が和む。

 俺はドロシーのまぶしい笑顔を思い出し、目をつぶった。その笑顔が、この混沌とした状況の中で、唯一の光明のように感じられる。

「守らなきゃな」

 混沌とした不安の中、俺は小さく呟いた。