『旦那様~! ご無事ですか~?』
アバドンの声が聞こえる。その声に、俺は現実に引き戻された気がした。
『無事だけど無事じゃない。なんかこう……見てはいけないものを見てしまった……。ちょっと戻るね』
俺は情けない声で応えた。その声には、自分でも驚くほどの虚脱感が滲んでいた。
本当はこの世界を一周しようとも思っていたのだが、きっと太平洋の向こうにはアメリカ大陸があってヨーロッパ大陸があってインドがあって東南アジアがあるだけだろう。これ以上の探索は意味がない。その現実が、俺の心に重くのしかかる。
◇
広場に着陸し、アバドンにボルトを抜いてもらう――――。
再び地上に立った時、俺は奇妙な喪失感を覚えて足元がふらついた。まるで、大切な何かを宇宙に置き去りにしてきたかのように。
「宇宙どうでしたか?」
アバドンは興味津々に聞いてくるが、俺は何を言っていいのか言葉が出てこなかった。
アバドンに日本列島の話をしても理解できないだろう。転生者と現地人の溝の深さに、俺は一瞬たじろいだ。
「なんか説明の難しいものが……。お前も行ってくるか?」
俺は大きくため息をつくと首を振りながら答える。
「私は旦那様と違いますから、こんなのもち上げて宇宙まで行けませんよ」
手を振りながら顔をそむけるアバドン。
「そか。綺麗だったぞ……」
「それは良ござんしたね」
ちょっとすねるアバドン。
「ははっ、良かったんだかどうだか……。コーヒーでも飲むか?」
俺は疲れた笑いを浮かべながら言った。身体がコーヒーの苦味を求めている。
「ぜひぜひ! 旦那様のコーヒーは美味しですからね!」
嬉しいことを言ってくれるアバドンの背中をパンパンと叩き、店へと戻る。その温もりが、俺をわずかに元気づけてくれた。
店に戻ると、いつもの手順でコーヒー豆を挽いていく。
ゴリゴリという破砕音にお湯の沸く音――――。
しかし、いつもなら安心感を与えてくれるこの日常の一コマが、どこか儚く感じられた。
「アバドン、この世界って……本当に現実なのかな?」
コーヒーを淹れながら、俺は思わず呟いた。
「はぁ? 旦那様、宇宙で何かありました?」
アバドンはけげんそうに首を傾げる。その素直な反応に、俺は苦笑する。
「いや、なんでもない。ただの……思いつきさ」
俺はそう言いながらコーヒーをアバドンに差し出す。
自分も一口すすると、香り高い苦味が疲労に硬くなった身体を包み込んでいく。
この異世界の日本列島で俺はどう生きていけばいいのだろうか――――?
俺は窓の外に転がっている宇宙船をチラリと見て、再び深い思考の海に沈んでいった。
◇
顔を上げるとアバドンは目をつぶり、軽く首を振りながらコーヒーの香りを堪能していた。その仕草に、どこか人間らしさを感じる。
「ちょっと、この世界について教えて欲しいんだよね」
俺はコーヒーをすすりながらさりげなく聞いてみる。
アバドンは濃いアイシャドウの目をこちらに向け、嬉しそうに紫色のくちびるを開いた。
「なんでもお答えしますよ! 旦那様!」
「お前、ダンジョンでアルバイトしてたろ? あれ、誰が雇い主なんだ?」
「ヌチ・ギさんです。小柄でヒョロッとして痩せた男なんですが……、彼がたまに募集のメッセージを送ってくるんです」
この男がこの世界の謎を解くキーになるに違いない。俺は身を乗り出してアバドンの瞳を見つめた。
「その、ヌチ・ギさんが、ダンジョン作ったり魔物を管理してるんだね、何者なんだろう?」
「さぁ……、何者かは私も全然わかりません」
そう言ってアバドンは首を振る。その仕草に、俺は少しがっかりした。
「彼はいつからこんなことをやっていて、それは何のため?」
「さて……私が生まれたのは二千年くらい前ですが、その頃にはすでにヌチ・ギさんはいましたよ。何のためにこんなことやってるかは……ちょっとわかりません。ちなみに私もヌチ・ギさんに作られました」
なんと、アバドンの親らしい。魔物を生み出し、管理しているのだから当たり前ではあるが、ちょっと不思議な感じがする。
「ヌチ・ギさんは……、何ができるのかな?」
俺の声に、好奇心と緊張が混じる。
「森羅万象何でもできますよ。時間を止めたり、新たな生き物作りだしたり、それはまさに全知全能ですよ」
なるほど、MMORPGのゲームマスターみたいなものかもしれない。やはりこの世界は仮想現実で、世界を構成するデータを直接いじれるからどんなことでも実現可能だし、何でも調べられる――――。
その考えが浮かんだ瞬間、背筋に冷たいものが走った。
アバドンの声が聞こえる。その声に、俺は現実に引き戻された気がした。
『無事だけど無事じゃない。なんかこう……見てはいけないものを見てしまった……。ちょっと戻るね』
俺は情けない声で応えた。その声には、自分でも驚くほどの虚脱感が滲んでいた。
本当はこの世界を一周しようとも思っていたのだが、きっと太平洋の向こうにはアメリカ大陸があってヨーロッパ大陸があってインドがあって東南アジアがあるだけだろう。これ以上の探索は意味がない。その現実が、俺の心に重くのしかかる。
◇
広場に着陸し、アバドンにボルトを抜いてもらう――――。
再び地上に立った時、俺は奇妙な喪失感を覚えて足元がふらついた。まるで、大切な何かを宇宙に置き去りにしてきたかのように。
「宇宙どうでしたか?」
アバドンは興味津々に聞いてくるが、俺は何を言っていいのか言葉が出てこなかった。
アバドンに日本列島の話をしても理解できないだろう。転生者と現地人の溝の深さに、俺は一瞬たじろいだ。
「なんか説明の難しいものが……。お前も行ってくるか?」
俺は大きくため息をつくと首を振りながら答える。
「私は旦那様と違いますから、こんなのもち上げて宇宙まで行けませんよ」
手を振りながら顔をそむけるアバドン。
「そか。綺麗だったぞ……」
「それは良ござんしたね」
ちょっとすねるアバドン。
「ははっ、良かったんだかどうだか……。コーヒーでも飲むか?」
俺は疲れた笑いを浮かべながら言った。身体がコーヒーの苦味を求めている。
「ぜひぜひ! 旦那様のコーヒーは美味しですからね!」
嬉しいことを言ってくれるアバドンの背中をパンパンと叩き、店へと戻る。その温もりが、俺をわずかに元気づけてくれた。
店に戻ると、いつもの手順でコーヒー豆を挽いていく。
ゴリゴリという破砕音にお湯の沸く音――――。
しかし、いつもなら安心感を与えてくれるこの日常の一コマが、どこか儚く感じられた。
「アバドン、この世界って……本当に現実なのかな?」
コーヒーを淹れながら、俺は思わず呟いた。
「はぁ? 旦那様、宇宙で何かありました?」
アバドンはけげんそうに首を傾げる。その素直な反応に、俺は苦笑する。
「いや、なんでもない。ただの……思いつきさ」
俺はそう言いながらコーヒーをアバドンに差し出す。
自分も一口すすると、香り高い苦味が疲労に硬くなった身体を包み込んでいく。
この異世界の日本列島で俺はどう生きていけばいいのだろうか――――?
俺は窓の外に転がっている宇宙船をチラリと見て、再び深い思考の海に沈んでいった。
◇
顔を上げるとアバドンは目をつぶり、軽く首を振りながらコーヒーの香りを堪能していた。その仕草に、どこか人間らしさを感じる。
「ちょっと、この世界について教えて欲しいんだよね」
俺はコーヒーをすすりながらさりげなく聞いてみる。
アバドンは濃いアイシャドウの目をこちらに向け、嬉しそうに紫色のくちびるを開いた。
「なんでもお答えしますよ! 旦那様!」
「お前、ダンジョンでアルバイトしてたろ? あれ、誰が雇い主なんだ?」
「ヌチ・ギさんです。小柄でヒョロッとして痩せた男なんですが……、彼がたまに募集のメッセージを送ってくるんです」
この男がこの世界の謎を解くキーになるに違いない。俺は身を乗り出してアバドンの瞳を見つめた。
「その、ヌチ・ギさんが、ダンジョン作ったり魔物を管理してるんだね、何者なんだろう?」
「さぁ……、何者かは私も全然わかりません」
そう言ってアバドンは首を振る。その仕草に、俺は少しがっかりした。
「彼はいつからこんなことをやっていて、それは何のため?」
「さて……私が生まれたのは二千年くらい前ですが、その頃にはすでにヌチ・ギさんはいましたよ。何のためにこんなことやってるかは……ちょっとわかりません。ちなみに私もヌチ・ギさんに作られました」
なんと、アバドンの親らしい。魔物を生み出し、管理しているのだから当たり前ではあるが、ちょっと不思議な感じがする。
「ヌチ・ギさんは……、何ができるのかな?」
俺の声に、好奇心と緊張が混じる。
「森羅万象何でもできますよ。時間を止めたり、新たな生き物作りだしたり、それはまさに全知全能ですよ」
なるほど、MMORPGのゲームマスターみたいなものかもしれない。やはりこの世界は仮想現実で、世界を構成するデータを直接いじれるからどんなことでも実現可能だし、何でも調べられる――――。
その考えが浮かんだ瞬間、背筋に冷たいものが走った。