街に到着したユータは、早速商談に臨む。自信に満ち、毅然(きぜん)とした態度で交渉を進める彼の姿は、もはや孤児院の少年のものではなかった。最初は子供だとバカにしていた商談相手たちも圧倒されていった。

「では、料金は半金先払いでこちらに……」

 俺は金貨の袋をドカッと机の上に置いた。その重い音は、部屋中に響き渡る。

「お、おぉぉ……」「こんな大金を持ち歩くのか……」

 商談相手たちは顔を見合わせて言葉を失う。その目には、驚きと共に畏怖の色が浮かんでいた。

「では、納品をお待ちしてますよ」

 俺はビジネスマンっぽくさわやかスマイルを浮かべ、右手を差し出した。その仕草には、少年とは思えない洗練(せんれん)された雰囲気が漂う。

 商談相手の一人が、おずおずと俺の手を握る。その手には汗が滲んでいた。

「ああ、もちろんだ。約束の日までには必ず……」

 相手の言葉を遮るように、俺は軽く頷いた。

「信用しています。紳士的な対応、感謝します」

 俺の言葉に、商談相手たちの表情が和らいだ。緊張から解放されたかのように、彼らの肩の力が抜ける。


       ◇


 夕陽が真っ赤に大地を染める頃、俺は茜雲を突き抜け、景気よく飛んでいた。風を切る爽快感が全身を包み込む。

「★5の武器、魔人の奴隷、そして商売の成功か……」

 (まぶ)しい夕陽を目を細くして見つめ、俺は満足しながら微笑(ほほえ)む。

「でも……。俺の人生、こんなに上手くいっちゃっていいのかな……?」

 その(ひとみ)に、(わず)かな不安の影が宿(やど)った。

 風に乗って飛び続ける俺の耳に、遠くから鐘の音が聞こえてきた。どこかで夕暮れを告げる音色が、俺の心に郷愁(きょうしゅう)を呼び起こす。

「たまには孤児院に帰ろうかな……。お土産は……、そうだ、果物でも買って行こう」

 俺は空中で果樹園の方へとゆったりと方向転換していく――――。

「みんな喜んでくれるかな? ふふふっ」

 俺は子供たちがワラワラと群がってくる様子を想像して、思わず微笑んでしまう。

 自由でありながら、どこかに帰るべき場所がある。そんな幸せを噛みしめながら、俺は夕焼けの空を駆け抜けていった。


       ◇


 翌日、届け物があって久しぶりに冒険者ギルドを訪れた。薄暮の空が、ギルドの建物を柔らかな光で包んでいる。

 ギギギー。

 相変わらず古びたドアが懐かしい響きをあげてきしむ。

 にぎやかな冒険者たちの歓談が耳に飛び込んできた。防具の皮の臭いや汗のすえた臭いがムワッと漂っている。これこそが冒険者ギルドの真骨頂(しんこっちょう)だ。俺は少し気おされたが、この独特の空気が今日は妙に心地よく感じられる。

 受付嬢に届け物を渡して帰ろうとすると、

「ヘイ! ユータ!」

 アルが休憩所から声をかけてくる。その声には、昔と変わらぬ溌剌(はつらつ)とした響きがあった。

 アルは孤児院を卒業後、冒険者を始めたのだ。レベルはもう三十、駆け出しとしては頑張っている。にこやかな彼の顔には、少しではあるが冒険者の風格が宿りつつあった。

「おや、アル、どうしたんだ?」

「今ちょうどダンジョンから帰ってきたところさ。お前の武器でバッタバッタとコボルトをなぎ倒したんだ! 見せたかったぜ!」

 アルが興奮しながら自慢気に話す。その姿は、子供の時そのままの無邪気で、純粋だった。

 なるほど、俺は今まで武器をたくさん売ってきたが、その武器がどう使われているのかは一度も見たことがなかった。武器屋としてそれはどうなんだろう? その考えが、俺の心に小さな引け目を呼び起こす。

「へぇ、それは凄いなぁ。俺も一度お前の活躍見てみたいねぇ」

 何気なく俺はそう言った。

「良かったら明日、一緒に行くか?」

 隣に座っていたエドガーが声をかけてくれる。その声には、経験豊富な冒険者特有の落着きが感じられた。

 アルは今、エドガーのパーティに入れてもらっているのだ。

 エドガーの言葉に、俺はチャンスを感じた。

「え? いいんですか?」

「お、本当に来るか? うちにも荷物持ちがいてくれたら楽だなと思ってたんだ。荷物持ちやってくれるならいっしょに行こう」

 エドガーの提案は、冗談めかしているようで本気らしい。

 一瞬の躊躇(ちゅうちょ)の後、俺は決心した。

「それなら、ぜひぜひ! 荷物持ちなら任せてください!」

 俺の返事に、アルとエドガーの顔がほころぶ。

 話はとんとん拍子に決まり、憧れのダンジョンデビューとなった。その夜、俺は久しぶりに冒険への期待に胸を躍らせながら眠りについた。明日の冒険が、どんな新たな発見をもたらすのか。その思いが、俺の夢の中まで続いていった。