直後、褐色(かっしょく)の肌を持つ戦乙女(ヴァルキュリ)が素早くヌチ・ギを羽交(はが)い締めにする。その瞳には、解き放たれた意志の光が宿っていた。

「レヴィアを殲滅(せんめつ)せよとの命令を果たします」

 その声には、長く封印されていた自らの意思が(にじ)んでいた。

「お、おい、何するんだ!? 止めろ!」

 混乱と狼狽(ろうばい)に彩られた叫びが響く。物理攻撃無効で最大限のパワーを持たせた戦乙女(ヴァルキュリ)が本気を出すと、さすがのヌチ・ギでも腕を振り払えない。

「命令を果たします」「命令を果たします」

 残る四人の戦乙女(ヴァルキュリ)たちも呼応するように唱和し、ヌチ・ギの四肢を固定する。そして一斉に、運命の火口へと飛翔した――――。

「放せーーーー!」

 絶叫(ぜっきょう)が火口に木霊(こだま)する。

 ドロシーの震える指が赤いボタンを探り当てた。

「あなた……私は、間違ってない……よね?」

 問いかけは虚しく宙に消えるのみ。

 うっうっう……。

 涙で(にじ)む視界の中、ドロシーは指先に決意の力を込めた――――。

 ガチッ!

 重い機械音が響き渡る。瞬間、神殿内の無数のモニターが一斉に紅く染まり、『EMERGENCY』の文字が不吉な輝きを放つ。古代(いにしえ)の龍の咆哮を思わせる重厚なサイレンが、神殿の壁を震わせた。

「ごめん……なさい……」

 懺悔(ざんげ)の言葉は、か細い吐息のように零れ落ちる。ドロシーはテーブルに突っ伏し、肩を震わせた。

 刹那――――。

 大地が(きし)むような轟音を上げ、眠りし火山が目覚めた。鮮烈な紅蓮の柱が空を引き裂き、天を焦がす。

 灼熱(しゃくねつ)のマグマは容赦なくヌチ・ギと気高(けだか)戦乙女(ヴァルキュリ)たちの姿を飲み込んだ。彼女たちの最期の叫びは、噴火の轟音に掻き消されていく――――。

 まばゆいばかりの深紅の柱は空へと伸び続ける。それは解放の象徴であり、同時に永遠に消えることのない贖罪(しょくざい)の印だった。

戦乙女(ヴァルキュリ)さんたち……ごめんなさい……うわぁぁぁ!」

 初めて人を手にかけてしまった――――。

 世界のためとはいえ、その底なしの罪悪感がドロシーを蝕む。

 轟々(ごうごう)と続く噴火は、まるで天の怒りのよう。真紅の溶岩と黒煙が天空を覆い尽くし、世界が崩れ落ちる予兆のようにすら見えた。

 硫黄(いおう)の匂いが鼻をつく中、ドロシーはガックリと神殿の床に膝をつく――――。

 彼女の目の前で、五人の乙女たちは紅蓮の炎の中へと消えていった。レヴィアの周到な準備により、彼女たちの誇るべき加護も、マグマの灼熱には耐えられなかったようだ。

 ズン! ズン! と止めどなく続く衝撃に神殿が揺れ、壁に亀裂(きれつ)が走り、破片が落ちては転がっていく。

 神殿が倒壊の危険すらある中、ドロシーは動くことができなかった。

「うっうっうっ……ごめんなさいぃぃ……うわぁぁ!」

 涙が止まらない。戦乙女(ヴァルキュリ)たちの清々しさすら感じさせる最期の表情が、瞼の裏に焼き付いて離れなかった。世界の存続か、五つの命か──そんな残酷(ざんこく)な選択を、彼女はしなければならなかったのだ。

 罪の意識が全身を覆い、ドロシーは床に突っ伏して嗚咽(おえつ)を漏らす。世界を救うための必要な犠牲だと、頭では理解している。でも、心が追いつかなかった。

 神殿に響く悲痛な泣き声は、まるで魂そのものが引き裂かれるような痛みを帯びていた。その響きは、いつまでも薄暗(うすぐら)い神殿の空間に漂い続けた……。