それにしても猫の人がいる世界……、とても不思議だ。

 実は俺も頼んでおけば猫の人になれたのかもしれないのだ。次に機会があったらぜひ猫をやってみたい――――。

 柔らかな毛並(けな)みに(おお)われた姿で、無重力空間を優雅(ゆうが)に泳ぐ様子を想像しながら俺は一人ニヤけていた。


       ◇


 しばらく行くと左折して細い通路に入った。いよいよ乗船らしい。配管むき出しの天井からの青白い光が、金属の床面に淡い影を落としている。

 俺はどんな船に乗るのかワクワクが止まらなくなる。生まれて初めての宇宙飛行に、鼓動(こどう)が早まる。

「コイツじゃな」

 レヴィアは一機のシャトルの前で止まってニヤリと笑う。

 全長三十メートルほどのシャトルは、真珠のような光沢を放つ流線型の機体で、大宇宙をバックにたたずんでいた。表面には微細な六角形の模様が刻まれ、()ぎ目から淡い青色の光が脈動しながら放たれている。まるでシャトル全体が生命体として息づいているようだ。

 機首は鋭利(えいり)楔形(くさびがた)を描き、大気圏突入時の抵抗を最小限に抑える空力設計が施されている。両側には鋭い可変翼(かへんよく)が取り付けられ、大気圏突入時には機体に密着し、大気内では優雅に展開するらしい。

 後方には三基のプラズマエンジンが配され、ほのかに青白いイオンの輝きを放っている。エンジンの周囲の螺旋状(らせんじょう)の放熱機構からは、まるでアートのように深紅の熱が波動のように流れ出ていて、その未来的な機能美に俺は見入ってしまった。

 俺たちは無重力の中、宙に浮かびながらブリッジ内を泳ぐように進み、シャトル内へと入る――――。

 シャトル内はワンボックスカーのように狭く、レヴィアは頭をかがめながら操縦席に素早く飛び乗った。慣れた様子で操縦パネルに手をかける姿に、長年の経験が垣間見(かいまみ)える。

 助手席に座ってみると、椅子の座面から空気が吸い込まれ、身体が吸いつけられて固定された。さらに自動で体にフィットするようにサイズを変えていく。さすが神の世界の乗り物である。

 顔を上げればフロントガラスからは赤いオーロラに包まれた巨大なリング状の居住区が見え、眼下(がんか)には壮大な(あお)い惑星が広がっていた。向こうからは全長数キロメートルはあろうかという巨大なコンテナ船ゆっくりと入港してくる。俺はこの壮大な宇宙の営みに胸が熱くなるのを感じた。


      ◇


「よく利用許可が取れましたね!」

 俺は嬉しくなって、出発準備に忙しいレヴィアに声をかける。

 しかし、レヴィアはフン! と鼻で嗤い、不敵(ふてき)な笑みを浮かべる。

「なに言っとるんじゃ! 許可なんか取れんよ。そんな許可など下りるわけがない。取ったのはシャトルの見学許可だけじゃ」

 とんでもない事を言いながら、カバンの中から何かのガジェットを取り出すレヴィア。

「えーーーーっ! じゃぁどうするんですか?」

 俺の声が裏返った。見学許可だけで海王星へ降りる。その無謀なプランに背筋(せすじ)が凍る。

「こうするんじゃ!」

 そう叫びながら、レヴィアは、操縦席の奥にある非常ボタンの透明なケースをパーンと叩き割り、真っ赤なボタンを押す。その動作には一片の躊躇(ちゅうちょ)も見られなかった。