いきなり布の壁がビュンと音を立てて消失した。

「ユータ! 行くぞ!」

 見ると、胸まで届くブロンドの長い髪を無造作に手でふわっと流しながら、全裸の美女が立っていた。

 へ……?

 真紅の瞳には悪戯(いたずら)な光が宿り、(くちびる)には意味深な笑みが浮かんでいる。豊満な胸と、優美な曲線を描く肢体に俺は思わず息をのむ。青白い光が、彼女の肌理(きめ)の細かい肌を神々しく照らしていた。

「なんじゃ? 欲情させちゃったかのう? 揉むか?」

 女性はそう言いながら腕を上げ、悩ましいポーズを取る。その仕草には、何千年もの時を生きた者とは思えない茶目(ちゃめ)っ気が(あふ)れていた。

「レ、レヴィア様! 服! 服!」

 俺は真っ赤になってそっぽを向きながら言った。耳朶(じだ)まで熱くなるのを感じる。

「くふふふ。ここでは幼児体形とは言わせないのじゃ! キャハッ!」

 うれしそうなレヴィア。その嬌声(きょうせい)は、まるで少女のような無邪気(むじゃき)さを帯びている。

「ワザと見せてますよね? 海王星でも服は要ると思うんですが?」

 俺はギュッと目をつぶりながら抗議(こうぎ)の声を上げる。

「我の魅力をちょっと理解してもらおうと思ったのじゃ」

 上機嫌で悪びれずに言うレヴィア。

「いいから着てください!」

「我の人間形態もあと二千年もしたらこうなるのじゃ。楽しみにしておけよ」

 そう言いながらレヴィアは赤い服を選び、身にまとった。鮮烈(せんれつ)な赤が、彼女の金髪(きんぱつ)と美しい対比(たいひ)を描く。服を着ても、その(たたず)まいからは神性と魅惑(みわく)(にじ)み出ていた。

「まったく……」

 非常時に一体何をやっているのか。俺は溜息(ためいき)をつきながら首を振った。


       ◇


 六角形の鋼板(こうはん)が規則正しく並ぶ床を、カンカンと鳴らしながら通路を行く。金属質の音が細い通路に響き渡る。六角形の接合部には青白い照明が埋め込まれ、一歩進むごとに光が(またた)き、歩行者の存在を検知しているようだった。足跡を追うように連なる光の軌跡が、二人の歩跡(ほせき)を刻んでいく。

 通路の壁面は乳白色(にゅうはくしょく)の合金で覆われ、所々に半透明の青い光を放つディスプレイが組み込まれている。その淡い光が、金属の廊下に幻想的な(いろどり)を与えていた。

 何らかのメーターのように針が振れ、数字が動いている。気圧か温度のデータだろうか? のぞきこむと、急に画面が変わって俺の顔写真と各種パラメーターがずらっと並び、何らかの赤文字の警告メッセージが(またた)いた。未知の文字列が画面を()い、俺の存在を解析しているかのようだ。

「え? これは……?」

 俺はいぶかしく思って首をひねる。この見慣れない文字列の意味するところは? 不安が胸中(きょうちゅう)(よぎ)る。

「何やっとる! 置いていくぞ!」

 レヴィアは足音を響かせながらスタスタと先に行ってしまう。その金属音は規則正しく、この場所に慣れ親しんだ者の余裕を感じさせた。

「あぁ! 待ってください!」

 俺は急いで追いかける。金属の床を踏む音が慌ただしく響き、青白い光が素早く明滅(めいめつ)を繰り返す。

 レヴィアの姿を追いながら、俺は改めてこの空間の異質さを実感していた。