『あー、ドロシー、聞こえる?』

 アバドンと交信していたように、ドロシーをイメージしながら言葉を送ってみる――――。

『聞こえるわよ……でも、どうしよう……』

 ドロシーの声に不安が滲む。その声に、俺の心も揺れる。

『大丈夫だって! こういう時には大きく深呼吸だよ』

 俺は優しく語りかける。自分の声に、想像以上の落ち着きがあることに驚く。

『うん……』

 しばらくドロシーのゆったりとした息遣いが伝わってくる――――。

『……。気づいたことを……、ただ教えてくれるだけでいいんだからさ』

『そうね……。頑張ってみる……』

 彼女の声は小さいが、二人で乗り越えていくんだという想いが伝わってくる。

『ドロシーは目がいい。俺よりいい』

 俺はドロシーを励ます。そう、彼女の力が必要なんだ。

『自信もっていいよ!』

『……。本当?』

 ドロシーの声に、少しずつ力が宿り始める。その変化に、俺は密かに喜びを感じる。

『ドロシーはお姉さんだろ? 俺にいい所見せてよ』

 俺は軽い冗談を交えて言う。緊張を和らげようとする、精一杯の工夫だった。

『……。分かった!』

 彼女の声に、新たな決意が感じられた。その声に、俺も勇気づけられ、胸に温かいものが広がる。二人で立ち向かう。その思いが、俺の中で強くなっていく。

『では出撃するよ』

 俺はそっと地上に顔を出す――――。

 眩しい光が目に飛び込んでくる。その先には、未知の戦いが待っているのだ。

 もう後には引けない。ドロシーと共に、この世界を守るために――俺は気合を入れ、地上に立った。


      ◇


 目の前に広がる光景に、俺は息を呑む。かつて命に満ち溢れていたはずの森は、今や凄惨(せいさん)な焦土と化していた。

 ヌチ・ギの屋敷の建物だけは、不気味なほど無傷で佇んでいるが、鬱蒼(うっそう)とした緑の海は消え失せ、代わりに灰色の死の風景が広がっている。倒れた木々からはまだブスブスと煙が立ち上り、その(おぼろ)げな煙は、失われた生命たちの(たましい)のようだった。

 俺はそのあまりに凄絶な事態に、思わず目をつぶって首を振った。心の中で、怒りと悲しみが渦を巻く。ヌチ・ギは、この(のろ)われた炎で全てを焼き尽くそうとしている。罪のない人々の生活を、歴史を、思い出を、全てを灰燼に帰そうとしている。その狂気の沙汰に、俺の中の正義感が目覚(めざ)める。何としても止めないとならない!

 遠くを見ると、戦乙女(ヴァルキュリ)がレヴィアを探している姿が目に入る。その姿は美しくも悲壮(ひそう)だ。皮鎧に身を包んだその姿は気高く、しかし同時に哀しみに満ちている。囚われ操られる美しき乙女。これからあの娘と相まみえるのかと思うとひどく気が滅入る。その胸の奥には、きっと苦しみや悲しみが隠されているのだろう。彼女もまた、この戦いの犠牲者なのだ。

 しかし、今は逃げるわけにもいかない。この世界を、そしてドロシーを守るために、俺は前に進まなければならない。恐怖と戸惑いを押し殺し、俺は決意を固める。