そっと扉側の様子を伺うと、豪奢な装飾が施された鉄のフェンスが張り巡らされていた。その向こうには見事な庭園が広がり、奥には真っ黒いモダンな建物がそびえている。あれがヌチ・ギの屋敷だろう。高さは五階建てくらいで、現代美術館かと見まがうばかりの前衛的な造りをしており、中の様子はちょっと想像がつかない。それは、周囲の自然と不釣り合いなほど無機質で冷たい印象を与えた。なるほど、ヌチ・ギらしい。

 あの中でドロシーは俺の助けを心待ちにしてるはずだ。胸にキュッと切ない痛みが走る。

「ドロシー、待ってろよ……」

 俺はギュッとこぶしを握り、ドロシーがまだ無事であること、それだけを祈りながら必死に屋敷の様子を調べてみる。

 鑑定を使ってセキュリティシステムを調べてみると、門やフェンスには多彩なセキュリティ装置が多数ついており、とても超えられそうにない。さらには庭園のあちこちにも見えないセキュリティ装置が配置されており、とても屋敷に近づくのは無理そうだった。さすが管理者である。その精巧さと複雑さに、思わずため息が出てしまう。

「旦那様……、どうしますか?」

 アバドンがひそひそ声で聞いてくる。

「すごい警備体制だ、とてもバレずに屋敷には入れない……」

 すると屋敷から人が出てきた。見ていると、メイドらしき女性が宙に浮かぶ不思議な台車を引き連れながら大きな鉄製の門を開け、エレベーターまでやってくる――――。

 メイド服に身を包んだ彼女は何も言わず、淡々と台車に荷物を載せ、また、台車を引っ張って屋敷内へと戻っていく。

「彼女に付いていきましょうか?」

 アバドンがニヤリと笑う。

「いや、無理だ。荷物の中に隠れてもセキュリティ装置に引っ掛かるだろう」

 俺は渋い顔をしながら首を振る。

 いろいろ考えてはみるものの、庭園を超え、多くのセキュリティ装置を突破するのは現実的ではなかった。何しろ見つかったら作戦は失敗、そこに待っているのは死なのだ。賭けるのは今じゃない。

「困りましたね……」

 アバドンは首をひねる。

 静寂が二人を包んだ。遠くで鳥のさえずりが聞こえる――――。


       ◇


「持ってるのはナイフだけだしなぁ……」

 ため息をつくと、俺は取り出したナイフをクルクルッと手のひらの上で回した。

 と、その時、ビビッと何かが閃いた。壁以外にも斬れるのでは?

 そう、このナイフは空間を切断するだけだ。何だって斬れる。であれば――――。

「ヨシ! 地中を行こう!」

 俺はニヤッとアバドンに笑いかける。

「はぁっ!?」

「こうするんだよ」

 驚くアバドンの目の前で、俺はナイフで地面を一直線に切り裂いた――――。

 雑草の生える地面はいとも簡単に斬り裂かれ、こんにゃくみたいに揺れながら切り口を晒す。地面は壁と同様に、まるでコンニャクのように柔らかく広げることができたのだ。

 両手で切り口をググっと広げてみると、三十センチくらいは斬れている。俺は中へと入ってさらに奥を切り裂いた。するとさらにまた三十センチくらい進める。

「行ける、行ける! さぁ、行くぞ!」

「うはぁ……。こんなの見たことないですよ。さすが旦那様」

 アバドンは目を丸くしながら、ナイフでトンネルを掘っていく俺を見下ろした。

 俺はアバドンと共に、一緒に地中を進む。一回で三十センチくらい進めるので、百回で三十メートル。三百回も斬れば屋敷には到達できるだろう。無理のない挑戦だ。

 アバドンに魔法の明かりで照らしてもらいながら淡々と地中を進む。途中、地下のセキュリティシステムらしいセンサーの断面を見つけたが、俺たちは空間を切り裂いているのでセンサーでは俺たちを捕捉できない。ここはヌチ・ギの想定を超えているだろう。

 俺はついニヤッとほくそ笑んでしまう。管理者だって神じゃない。奴の想定を超えさえすれば出し抜けるのだ。

「ドロシー、今行くぞ!」

 俺は気合を入れなおし、何度も何度も斬り進めていった。