宮崎の火口のだだっ広い神殿で、レヴィアはゴロンと冷たい大理石の床に転がってユータの目論見(もくろみ)を考えていた。その姿は、まるで悩める少女のようだった。

 ユータたちがヌチ・ギの屋敷からこっそりドロシーを奪還する? どう考えても無謀で滑稽な挑戦だった。管理者をなめ過ぎではないだろうか……? その思いが、レヴィアの心を重く覆う。

 何か策があるか……、特別な情報を持っているのか……、いろいろなケースを想定してみた。頭の中で、様々な可能性が交錯する――――。

「いや、違う!」

 突如として湧き上がった確信に突き動かされ、レヴィアはガバっと起き上がった。

「あやつら、死ぬつもりじゃ……」

 レヴィアは唖然(あぜん)とし、胸中には驚きと恐れ、そして何か別の感情がグルグルと渦巻く。

 晴れ晴れとした口調だったから気づかなかったが、成功確率など微々たるものだと本人たちも分かっているに違いない。だが、彼らにはたとえ死んでも成し遂げねばならぬことがあるのだ――――。

 その覚悟にレヴィアは思わず震える。その震えは、恐怖というよりも、何か深い感動のようなものだった。

 レヴィアは大きく息をつき、金髪のおかっぱ頭をぐしゃぐしゃとかきむしる。

「我も覚悟を決める時が来たようじゃ……。お主らに教えられるとはな……」

 レヴィアの目には自嘲の色と共に、新たな決意が滲んでいた。

 今まで事なかれ主義で、現状維持さえできれば多少の事は目をつぶってきた。でも、それがヌチ・ギの増長を呼び、世界がゆっくりと壊れてきてしまっていることは認めざるを得ない。

 しかし今、ユータたちの覚悟を見せつけられた瞬間、レヴィアの心に重い責任感が芽生えた。

 スクッと立ち上がるとレヴィアは、空間の裂け目からイスとテーブルを出して座り、大きな情報表示モニタを次々と出現させる。壮大な大理石の神殿の中、青白い画面の光がレヴィアの幼い顔を照らす。それは、まるで古代の神官が神託を受けているかのようだった。

 レヴィアは画面を両手でクリクリといじりながら情報画面を操作し、何かを必死に追い求める。

「ふーん、暗号系列を変えたか……、じゃが、我にそんな小細工は効かぬわ、キャハッ!」

 レヴィアはニヤリと笑うと、画面を両手で激しくタップし続けた――――。

 静かな神殿には、レヴィアの指が画面をタップする音だけが響く。その音の中に、世界の運命を左右する重大な変化の予感が潜んでいた。

 ただ、ヌチ・ギは同じ世界の管理者、一筋縄ではいかないし、こんなトラブルは決して女神の知るところになってはならない。

 無理筋の挑戦はレヴィアをも巻き込みながら、その渦をどんどんと急速に大きくしていったのだった。


       ◇


 早速奪還作戦開始だ――――。

 俺は救出に使えそうな物をリュックに詰めていく、工具、ロープ、文房具……。一つ一つの道具に、ドロシーを救出するという思いを込めながら、慎重に選んでいく。

 そして、最後にドロシーの服に手を伸ばした。麻でできた質素なワンピース……。その質素さに、ドロシーの純粋さを感じる。

 俺は思わず広げて、そしてぎゅっと抱きしめた。ほのかにドロシーの匂いが立ち上ってくる……。その香りが、俺の決意をさらに強くする。

「待っててね……」

 俺はそうつぶやき、ゆっくりと大きくドロシーの香りを吸い込んだ。ドロシーとの思い出を胸に抱き、ギュッと奥歯を噛み締める――――。

 決意のこもった目で立ち上がった俺は動きやすそうな服に着替え、革靴を履き、靴紐をキュッと結んだ。