灼熱(しゃくねつ)のエネルギーが爆発し、麦畑を覆い尽くす核爆弾(かくばくだん)級の閃光(せんこう)。一瞬で周囲数キロが粉々に吹き飛び、この世の終わりを思わせる光景が広がっていった――――。

 巨大な火炎キノコ雲が立ち上り、その光景に俺の心は凍りつく。

「ドロシー……?」

 かすれた声で愛する人の名を呼ぶ。勇者の無慈悲な行為に、怒りと絶望が胸の中で渦巻いた。

 瓦礫(がれき)の山に飛び込み、必死に掘り進める俺の頬を熱い涙が伝う。

「ドロシー! ドロシー!」

 瓦礫をどかすと、見慣れた白い手が現れた。

「ドロシー!?」

 慌ててつかんだ手だったが――――。

 スポッと抜けてしまった……。

 腕しかない。

「あぁぁぁぁ……」

 崩れ落ちる俺。なぜ彼女がこんな目に遭わなければならなかったのか。心の奥底から怒りと悲しみが込み上げてくる。

「勇者……絶対に許さない」

 ドロシーの腕を胸に抱きしめ、涙を流しながら、俺は復讐を誓う。その瞬間、これまでの温かった自分が崩れ去り、新たな決意に満ちた自分へと生まれ変わったのだ――――。


      ◇


 準備(じゅんび)を重ねること数カ月、ついにその時がやってきた。

 俺の胸の中で、怒りと悲しみが渦巻く。悪は成敗されねばならない!

『さぁ皆さんお待ちかね! 我らが勇者様の登場です!』

 司会の声に合わせ、観客席から(とどろ)くような歓声が上がる。

「ウワ――――ッ! ピューィィ――――!」

 超満員(ちょうまんいん)闘技場(とうぎじょう)に勇者が姿を現し、場内の熱気は一気に最高潮に達した。今日は武闘会の最終日。いよいよ決勝戦の幕が開く。

 金髪を(きら)めかせ、豪奢(ごうしゃ)(よろい)に身を包んだ勇者が登場する。その姿は、まるで神々しさすら感じさせる。ほれぼれする様な理想の【勇者】だった。

 勇者は観客に向かって(きら)びやかな聖剣を高々と掲げ、歓声に応えた。

 その笑顔の裏に隠された残虐性(ざんぎゃくせい)を、この場で暴いてやる。俺はギリッと奥歯を鳴らした。

 続いて、俺の入場――――。

「対するは~! えーと、武器の店『星多き空』店主、ユータ……かな?」

 呼び声に応え、俺は淡々と舞台に進み出た。地味で冴えない中世ヨーロッパ風の服を着こみ、ハンチング帽をかぶった、ひょろっとしたただの商人。ポケットに手を突っ込んで、武器も持っていない。まるで会場の作業員と見紛うばかりの(たたず)まいだ。

 観客席がざわめく。なぜ丸腰の商人が勇者と戦うのか、何かの間違いではないのかと誰もが首を(かし)げている。その困惑(こんわく)の表情に俺もついクスッと笑ってしまった。

「なぜ……? お前がここにいる……」

 勇者はムッとした表情で、俺を見下しながら言う。その目には軽蔑の色が(にじ)む。

「お前に殺された者、襲われた者を代表し、お前に泣いて謝らせるために来た」

 俺は勇者をにらみながら淡々と返した。その声には、これまでの苦しみと怒りが凝縮(ぎょうしゅく)されている。

「貴族は平民を犯そうが殺そうが合法だ。俺に殺される? 名誉な事じゃないか!」

 勇者は悪びれず、いやらしい笑みを浮かべる。

「このクズが……」

 激しい怒りが俺を貫く。ドロシーの笑顔が脳裏に浮かび、さらに闘志が燃え上がる。

「お前、武器はどうした?」

 何も持っていない俺を見て、(いぶか)しげに勇者は聞いてくる。その目には、一瞬の戸惑(とまど)いが垣間見(かいまみ)える。

「お前ごときに武器など要らん」

 バカにされたと思った勇者は、聖剣をビュッと振って俺を指し、叫んだ。

「たかが商人の分際で、勇者の俺様に勝てるとでも思ってんのか!」

 その声には格下のものに軽んじられた怒りが混じっている。

 俺はニヤッと笑い、静かに言葉を紡ぐ。

「勝つよ。勝ったら土下座して俺たちに二度と関わるな…… リリアン姫との結婚もあきらめろよ?」

 勇者を指さす俺の指先に、これまでの怒りと悲しみのすべてが込められていた。

 勇者はあきれた表情で肩をすくめる。

「いいだろう…… だが、生意気言った奴は全員殺す…… これが俺様のルールだ。くふふふ……」

 いやらしく(わら)う勇者。

「約束だからな。こちらも殺しちゃったら…… ごめんね」

 俺は勇者にニッコリと笑いかける。

「貴様……」

 闘技場の中心で火花を飛ばし合う両者――――。

 闘技場に緊張が(ただよ)う中、俺と勇者の決戦の幕が今、切って落とされようとしていた。


       ◇


「はい、両者位置について~!」

 レフェリーの声が闘技場に響き渡る。その瞬間、ざわめいていた観客席が水を打ったように静かになる。空気が一瞬凍りついたかのように感じられた。

 勇者は指定位置まで下がり、聖剣を目の前に立てると、フンッと気合を込めた。その姿は、まるで古代の彫像(ちょうぞう)のように凛々(りり)しい。

 すると、刀身に青く光る幻獣(げんじゅう)の模様が浮かび上がり、金の装飾が施されたミスリル製の(よろい)も青く輝き始めた。その光景は、まるで天上界の戦士が降臨したかのようだ。

「ウォ――――!」

 超満員(ちょうまんいん)のスタンドから地響(じひび)きのような歓声が上がる。『人族最強』の男が最高の装備をスタンバイしたのだ。観客たちは、あのふざけた商人の首が飛ぶところが見られるだろうと、野蛮な期待に胸を躍らせている。その興奮は、まるで(うず)のように会場全体に広がっていく。

 一方、俺は青白く浮かび上がる『鑑定(かんてい)スキル』のウィンドウを静かに見つめていた。勇者のステータスが眼前(がんぜん)で上昇していく様子が、まるで生き物のように感じられる。もともと二百レベル相当だった勇者の攻撃力は、各種強化武具で今や三百レベル相当を超えている。なるほど、これは確かに人族最強レベルである。しかし、所詮その程度なのだ。

「勇者様~!」「いいぞー!」「カッコい――――!」「抱いて――――!」

 観客から熱狂的なかけ声が上がる。

 俺は観客席を緩やかに見回し、観客の盛り上がりに申し訳なさを覚えた。彼らは真実を知らない。この勇者こそが、多くの罪なき人々の人生を破壊してきた張本人(ちょうほんにん)であり、ここで裁かれるのだ。

 観客の期待を裏切るようで悪いが、二度と悪さができないように叩きのめしてやる。それが、犠牲になった全ての人々へのレクイエムだ。

 準備が整ったのを見て、レフェリーが叫ぶ。

「レディ――――ッ! ファイッ!」

 勇者は俺を(にら)みつけ、大きく息を吸うと、

「ゴミが! 死にさらせ――――!」

 と、(けもの)のように吠えながら、凄まじい速度で迫ってきた。目にも止まらぬ速さで俺めがけて聖剣を振り下ろす。その刃は、まるで稲妻(いなずま)のように空気を切り裂く。聖剣の速度は音速を超え、ドン! という衝撃波の爆音が鼓膜(こまく)を揺らす。

 人族最高レベルの攻撃、確かに見事だ。しかし――――。

「ガッ!」

 俺は顔色一つ変えず、聖剣の刃を左手で無造作につかんだ。その瞬間、会場全体が息を呑む。

「えっ!? あ、あれ!?」

 勇者は狼狽(ろうばい)し、その顔に驚愕(きょうがく)の色が広がる。

 あわてて聖剣を(かま)えなおそうとするが……俺につかまれた聖剣はビクともしない。その様子は、まるで蟻が象を動かそうとしているかのようだ。

「ちょ、ちょっとお前……、何すんだよ!」

 勇者は冷や汗を垂らしながら、俺に文句を言う。その声には、これまで聞いたことのない焦りが混じっている。

「武器なんかに頼っちゃダメだな」

 俺は勇者の手から聖剣を(うば)い取った。その瞬間、勇者の顔から血の気が引いていく。

「うわっ! 返せよ!」

 聖剣を取り上げられて(あわ)てふためく勇者。その姿は、まるで玩具(おもちゃ)を取り上げられた子供のようだ。

「約束は守れよ」

 俺はそう言うと、刃をつかんだまま、素早く聖剣の(つば)で勇者の頭を(なぐ)りつけ、吹き飛ばした。その一撃には、これまでの怒りと悲しみのすべてが込められている。

「ぐぉっ」

 勇者は(うめ)き声を上げ、間抜けな顔をさらして転がる。その姿には、威厳(いげん)ある勇者の面影もない。

 どよめく観衆。その喧騒(けんそう)の中に、驚きと戸惑(とまど)いが入り混じっている。

 俺は聖剣を投げ捨て、勇者を(にら)みつける。その目には、これまでの苦しみと、これからの正義への決意が燃えている。

「いたたた……」

 (なぐ)られた頭を手で押さえながら、ゆっくりと体を起こす勇者。その姿は、もはや(あわ)れともいえる。

「き、貴様! 怪しい技を使いやがって!」

 そう叫ぶと、勇者は口から流れる血を指先で(ぬぐ)いながら、よろよろと立ち上がる。

「へぇ……立てるんだ。さすが勇者様」

 俺の一撃を食らっても立ち上がれることにちょっと感心して、軽く口笛を吹いた。

「許さん! 許さんぞぉ! ぬぉぉぉぉ!」

 勇者はわめきながら、全身に気合をこめ始めた。身体は徐々に黄金色に輝き始める。

「ぐぉぉぉぉ!」

 勇者の叫び声は闘技場に響き渡り、金色に光り輝く姿は神々しくすら見えた。しかし、その輝きの中に(ひそ)狂気(きょうき)を、俺は見逃さない。

 そして、ドヤ顔で俺を見下した。その表情には、最後の傲慢(ごうまん)さが見て取れる。

「見せてやろう、勇者の……選ばれた者の力を!」

 勇者は両腕をクロスさせると指先をまぶしく光らせた。その姿は、まるで古代の魔法使いのようだ。

「え? 見せて」

 俺はワクワクし、ニヤッと笑った。初めて見る勇者の奥義……どんな技だろうか? つい俺の好奇心がムクムクと湧き上がってしまう。