「最近なんか楽しそうじゃん。どしたん?」

 そう尋ねてきたのは、友人の柏葉(かしわば)康平(こうへい)だった。康平とは去年同じクラスで仲が良かったのだが、今年は残念ながらクラスが離れてしまった。

 今日はお互い昼休みにやることもなかったので、久しぶりに一緒に弁当を食べていた。
 現在地は屋上。そろそろ四月も終わる頃、日差しがあって少し暑いくらいだが、風が心地いい。

「……楽しそう?」

 そう見える自覚がなかったため、思わずちょっと首を傾げてしまった。……うーん。可能性として考えられるとしたら、水城くんと話すようになったことか?
 そういえば俺がこんなこと始めたのは、康平が原因なんだよな。恋したいのなら自分から動かなきゃ、というアドバイスをくれたのが彼なのだ。例の、恋多き友人。

 康平は誰かと付き合えば割と一途だが、別れたらすぐに他の子を好きになる。ちょっと心変わりが早すぎないか? と思うこともあるくらいだ。
 しかしそれで誰かを傷つけたりしないようには上手いことやっているようなので、俺は適当に見守っていた。今は確かフリーだったはずだ。

 水城くんに恋をしようとしているなんて馬鹿な話、他の人にしようとは思えないけど……康平になら色々話してもいい気がする。


 ということで、かくかくしかじか、と水城くんとのことをざっくりと話せば、途中までうわぁという顔をしていた康平は、最終的にげらげら大笑いした。
 ……引かれるのはわかってたけど、まさかこんな笑われるとは。
 はー、と笑い混じりの長い息の後、「あんな、ムギ」と生温かい声で呼ばれる。ムギ、というのは、『(つむぎ)』という名前からつけられたあだ名だった。

「勇気と無謀は違うって聞いたことねぇ?」
「あるけど今使うのはちょっと違くない!?」
「お前バカだろって言いたいだけだからいーんだよ」
「えー、いいの、それ……」

 康平にとってはいいのかもしれないけど、俺にとってはよくないと思う。
 まあまあ、と流す康平に、冗談っぽくため息を返す。

「でもそもそも康平が言ったんだろ。恋したいなら自分から行動しなきゃって」
「そりゃ言ったけどさぁ、発想がさすがムギっていうか」
「どういう意味だよ」
「だって、とりあえず一番顔好みの奴選ぼうと思ってあの王子選ぶって……」

 ぷっ、と吹き出した康平は、くくくく、と控えめに笑った。再びの大笑いじゃなかったことは康平なりの温情か。

「オレ、ムギのそーゆうとこすげぇ好き」
「またバカにされてる気がしますが」
「今度は褒めてるよ、ほんとに。マジで」

 念押しが怪しい。
 じと目を向ける俺に、康平はからっと笑って尋ねてくる。

「で、王子に恋、できそ?」
「んー、まだわかんない。けど好きなとこはいっぱい見つかるよ」
「まああんだけ完璧人間だったらな」

 水城くんは容姿が整っているだけじゃなく、文武両道だ。勉強も運動も抜群にできる。何ができないのかわからないくらいだから、完璧という言葉は確かに水城くんにぴったりだ。
 でも。

「完璧だからとかそういうわけじゃなくて……」

 なんとなくむっとしながら否定して、途中で言葉を止める。
 ……なんかこう、説明するのはもったいないっていうか。いや、何がもったいないのかはわかんないけど。

「……素直じゃないけど、すごい優しくて、かっこいい人だからだよ」

 結局そんな無難な答えを口にした俺に、康平は「……ふうん?」と意味深な反応をした。

「……なんだよ」
「べつにー? あっ、王子だ。声かけてきちゃおっと」
「は? ちょっ、康平!」

 静止する間もなく、康平は弁当を置いて駆け出した。窓越しに見える廊下には確かに水城くんの姿があって、慌てて追いかける。
 うちの高校は北校舎と南校舎の間的なところが出入り自由の屋上になっており、そこが校舎よりも低く作られているので、校舎の廊下を歩いている人のこともよく見えるのだった。

 屋上のドアから校舎に入ると、水城くんを先回りした形になった。一足早く中に入っていた康平が、水城くんに気安い様子で話しかける。

「どーも、水城くん! オレ、柏葉康平っていいまーす。ムギと仲良くしてくれてるみたいでサンキュ!」
「……はあ」

 水城くんは眉根を寄せて曖昧に返事をし、遅れてやってきた俺をちらりと見やった。
 思わず内心でひいいと叫ぶ。何してんだ康平!!

「ご、ごめん水城くん、ぎりぎり止められなくて!! 康平、こんなとこでそういうのやめろよ!」
「こんなとこじゃなければいい?」
「そもそも康平が水城くんにお礼言うとこからおかしいんだよ!」
「えー、こんなのただの冗談じゃん」
「初対面の人間に冗談で話しかけるな!」
「まあそれはな。いきなり悪りぃ、水城くん」

 悪びれもせずに謝った康平に、「いや、別にいいけど」と水城くんは無表情で返す。……困ってる、よな!?
 でもこれ以上しつこく謝るのも逆に申し訳ないし、できることは早々にこの場を立ち去ることしかない。

「それじゃあ水城くん、また後で! 康平、行くよ。弁当もそのまんまだろ」
「ん。じゃあな、水城くん」

 水城くんの反応も見ずに、ぐいーっと康平を引っ張りながら急いで屋上に戻る。放置されていた弁当の傍にまた座って、一息。
 そしてなぜだかにやにや楽しげな康平に、俺は勢いよく詰め寄った。

「何したかったの!? 水城くん困ってたじゃん!」
「ムギが好きになろうとしてるヤツってどんなんかなーっていうチェック? これでもちょっと、さっきの話聞いて心配したんだぜ。あの王子相手にするなんてさ」

 うっ。心配したのだと言われてしまえば、もう俺に反論できることはなくなる。……確かに、自分でもアホなことしたなとは思ってるし。
 なんて考えていたのに「まあ八割は興味本位」とあっけらかんと言われ、「お前なあ」と呆れてしまった。
 でも、この言い方だと心配と興味が半々くらいか。
 この友人もこういうときは大分素直じゃないのだった。

「今のじゃちょーっと判断つかなかったし、これからしばらくチェック続けよっかな」
「本気でやめろ……」
「んじゃあわかった、チェックって言い方はやめる。オレも水城くんのこと気になるから、仲良くなりたい」
「ぐっ……それなら止められないけど、迷惑かけちゃだめだからな」
「ははっ、ムギそれ誰の立場?」
「友達の立場!」

 この前の『認識のすり合わせ』がなければ、ここでこんなに自信満々に友達だと言い切れなかっただろう。
 康平はきょとんと目を瞬いて、それから「へえ」とにやりとした。

「なーんだ、思ったより全然順調に仲良くなってんじゃん」
「……今の何からその判断?」
「自覚ねぇの? ムギって、自分とタイプ違う人間に対しての友達のハードル、めっちゃたけーよ」
「そ、そうなの?」

 そうそう、と康平は力いっぱいうなずく。

「オレすらちゃんと友達って思ってもらえるまで時間かかったんだから」
「そうだったっけ……?」
「オレの努力がなかったことにされてる~。ま、そんだけオレと友達なのが当たり前のことになった、ってことだろーし嬉しいけどさ」

 康平はふふんと笑って、プチトマトをひとつくれた。かなり好きだから嬉しいけど、なんでくれるんだ……?
 首をひねりながらもぱくんと口に放り込む。ん、甘くて美味い。

「水城くんと遊んだりしねぇの? 放課後とか。ってか休日は? もうちょいでゴールデンウィークだし、どっか誘えば?」
「放課後は……誘ってもいいかもしれないけど、さすがに休日は厳しくない? もうちょっとお互いのこと知ってからの方がいい気がする。混んでるのが嫌だったりしたら、連休は避けたほうがいいだろうし」
「ムギちゃんは慎重だね~」

 今度はミートボールをくれる。なんなんだよ。もらってばかりも悪いので、俺からはミニハンバーグを進呈した。

「ま、頑張れよ、ムギ。応援してっから」
「……ありがとう」

 俺のしてることって、人から応援してもらうに値することなのかな。
 少しだけ胸がざわりとして、落ち着かない。その気持ちを、俺はごはんと一緒に飲み下した。