水城くんは本当に、毎日一緒に帰ってくれるようになった。
 早くも一週間が経ち、毒舌気味なところにも慣れて、わかりにくいけど優しい人だとはっきり感じるようになった。自分の芯をしっかりと持った、強くてかっこいい人でもある。
 好きなところは相変わらずどんどん増える。人間としてはもう大大大好きくらいになったけど、それでも結局は、人間として、でしかない。恋愛的な意味で好きになれる気配は一向にないのが、自分でも不思議だった。

 さて、今日も俺は水城くんと一緒に帰っている。
 基本的に水城くんと話すのは帰り道の十五分程度なので(昼ご飯はあれ以降誘えていなかった)、まだまだ互いに知らないことも多い。一つ質問を投げれば、それについての話だけで終わってしまうこともあった。

「水城くんって、髪とか目の色綺麗だけどハーフなの?」

 今日訊いたのはそんな質問。つい訊いてしまってから、不躾すぎる質問だったかとひやりとした。
 日本人でもまったくおかしくない色だけど、顔立ちとの相乗効果でどうしてもそう見えないというか。純日本人だという噂は知っていても、つい気になってぽろっと……うぅ、つい、で口にしていいことじゃないだろ俺! 気ぃ抜きすぎだ。

「すごい訊かれるけど、純日本人だよ」

 ちょっと飽き飽きとしたように否定されて、「ごめん……」としゅんと謝る。本当に考えなしだった。

「別に、訊かれて嫌なことってわけでもないから。謝罪以外に何かコメントはないわけ?」

 意訳:別に嫌じゃないから気にしないで。謝る必要はないし、普通に話を続けてほしい。

 ……まあ、大体合っているんじゃないか、と思われる。俺の希望的観測が入っていそうだけども、俺視点からの水城くんはそうなので問題はない。
 この一週間で、水城くんの言葉の意図を掴むのがかなり上手くなった自信があった。

「え、ええっと……そうなんだ! びっくり!」
「コメント下手すぎ」

 小さく、水城くんが笑う。
 一週間前のあの日レベルの笑顔はなかなか見せてくれないまでも、こういう微かな笑顔くらいなら自然と向けてもらえるようになった。
 ……それもあって、教室じゃ話しかけづらいんだよな。本来水城くんにとって教室は気を張っていなければいけない場所で、あまり笑わないようにしているはずだから。一緒に昼を食べたときみたいに、小さくでも笑ってしまうのはきっと不本意なことだろう。
 俺には気を許してくれてるみたいで嬉しいな、と思ってしまいつつ、唇をちょっととがらせる。

「いきなりコメントとか言われたらこうなるって!」
「まあ、それくらいのコメントのほうが楽でいい」
「ほんと? よかった!」

 ほっと胸を撫で下ろしたものの……困った。もう少しコメントしたいことを見つけてしまった。
 急に勢いをなくした俺の様子に気づき、「なに?」と水城くんが小首を傾げる。……こういうのに気づいてくれるのも、好きなところだ。俺がなんでもないと言えば、素直に引いてくれるだろうところも。
 けれど今は、言いたくないわけではなかった。むしろ伝えられるなら伝えたいから、おそるおそる尋ねる。

「特に何ってわけじゃないんだけど……その、これ以上コメントは受け付けてない、よね?」
「……何かあるなら受け付けるけど」

 怪訝そうなその顔に、気分を害したような色はない。それなら、とお言葉に甘えてしまうことにした。
 澄んだ琥珀色の瞳を見つめる。

「水城くんの目の色、なんていうか……すごい“水城くん”って感じの色だよなって思って」

 ……これはまた、コメント下手って言われるかもしれない。さっきは言い返しちゃったけど、もう言い訳もできないな……。
 俺のコメントに、水城くんは目を瞬いた。

「……なんで?」
「綺麗だから」

 即座に答えると、わずかに顔をしかめられる。だから俺は、慌てて続けた。

「水城くんって……あー、これは単純な事実として聞いてほしいんだけど、顔がすごい綺麗じゃん。でもそれだけじゃなくて、なんていうのかな……雰囲気? 存在? まで、綺麗で。透き通った感じの綺麗さで、でも強さみたいのもあって。それが……色と、めっちゃ……その、似合う、なーって」

 なんか恥ずかしくなってきた。男が男に言う言葉じゃないっていうか、現実で口にするような言葉じゃないっていうか……。

「……よく言えるね、そういうこと」
「言いながら俺も思いました聞かなかったことにしてくださいごめん」

 顔があっつい。水城くんは照れているというよりは戸惑っている感じが強く、余計に恥ずかしくなった。
 けれど随分と柔らかい表情で、水城くんは「ありがと」と素直にお礼を言ってきた。ちょっとびっくりすると、眉をひそめられる。

「純粋な褒め言葉にお礼以外を返すような人間じゃないつもりだけど、そんなにびっくりした?」
「う、ううん! そういうところすごいいいと思う! 好きだよ!」
「……そう」

 あ、さすがに照れた。耳の先っぽが微かに赤くなっている。
 つい笑ったら、水城くんはむすりと黙り込んでしまった。

「水城くんって、照れ方可愛いね」
「は?」
「…………ごめん、今日なんかだめかも。ぽろっとあんまよくないこと言っちゃう感じする」

 褒め言葉は褒め言葉でも、これはよくないだろう。女子が言うならわかる。あの子たちは俺のことすらたまに可愛いって言うし。けど俺は……今なんで言った……?
 可愛いと言われて嬉しい男ももちろんいるだろうけど、水城くんがそういうタイプかどうかはまだ判断がつかない。その段階でこんな発言、喧嘩売ってるって取られても仕方ない……。

 水城くんはじとっとした目で俺を見ると、「ちょっと触るよ」と――俺の手に触れてきた。

「へ!?」

 何事……!?
 水城くんの手はひんやりとしていた。何かしらを確かめた水城くんは、難しい顔で首をひねる。

「んー……熱い、かも? よくわかんないけど、いつもと違う感じするなら熱でもあるんじゃないの」
「え、えー、どうだろう、俺平熱高いから」
「ああ、確かに高そう。……うん、やっぱり熱い気がする。今日は早く寝なよ」
「……そう、します」

 手が離される。び、びっくりした……。
 体調が悪い感覚はないけど、環境の変化で体調を崩すことはそこそこある。二年生になって、知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたのかもしれない。変化直後は大丈夫でも、その後気が抜けたときが多いんだよな、そういうの。

「いつまでびっくりしてるの。びっくりさせないために先に声かけたのに」
「だ、だってなんか意外すぎて……。急に触ってくると思わないじゃん、水城くんが」
「潔癖症にでも見える?」
「そういうわけじゃないけど……距離の取り方上手そうだからさ。まだ友達でもないのに、わざわざ触ってまで熱確認してくれるとは思わなくて」
「……急に触ったのは、ごめん」

 水城くんがふいっと視線を逸らす。謝罪の声は、心なしか低く感じた。不機嫌、というわけではなくて――少し、傷ついた、ような。
 あ、あれ?
 もしかして、と思う。ひどいことを言ってしまったんじゃないか、と冷や汗が出てくる。

「ご、ごめん。もう友達って思ってよかったり、した……?」

 まだ友達でもない、なんて、迂闊に口にしていい言葉じゃなかった。ああ、本当に今日はだめだ。
 水城くんはちらっと僕を見て、平坦な声で言う。

「……君の気持ち次第なんじゃない?」
「うわ~っ! ごめん! 友達!! 友達だから!」

 心臓というか胃というか、とにかく体の中のどこかがさあっと冷たくなるような感覚があった。ここまで焦るのはいつぶりだろう、もしかしたら初めてかもしれない。
 泣きそうになりながら、それでもひどいことを言った側が泣くわけにはいかないと耐えて、慌てて弁明する。

「話すようになってまだ一週間しか経ってないし、帰り道しか話してないし、これで友達だと思うのは自惚れすぎかなって思っちゃって……!」
「ふぅん。確かに自惚れてたかもね、僕が」
「ちがっ、まって、ちがう、だって俺が仲良くなりたいって勝手に思ってただけだと思ってて、水城くんは仕方なく付き合ってくれてるだけだと思ってたから! 俺と水城くんとじゃ立場が違う!」

 話せば話すほど墓穴を掘ってる気がする。
 うぅ、とうめきながら、それ以上言い訳はやめることにした。代わりに、素直な気持ちを伝える。

「毎日毎日、水城くんのことどんどん好きになってるよ。俺にないものをたくさん持ってる、かっこいい人だと思ってる。ちょっとずつ気を許してもらえてる気がして嬉しかった。なのに、まだ友達と思われてないだろうって勝手に判断しちゃってごめん」
「……」
「俺の気持ちだけで答えていいことだったら、もうとっくに友達だと思ってる……!」
「……君ってさ」

 呆れたような、と表現するには少し晴れやかすぎる顔で、水城くんは微かに笑った。

「お気楽そうに見えて、結構ネガティブだよね」
「ネ、ネガティブ……!? 初めて言われたけど!?」
「じゃあ、気にしすぎ、とでも言ったほうがいいのかな。対僕限定かもしれないけど」

 わずかに肩をすくめるようなそぶり。

「君は僕のことを誤解してて、僕も君のことを誤解してた。まだ一週間しか付き合いがないんだから、当然のことだよ。早めに認識のすり合わせできてよかったね」

 ――言葉を失ってしまった。
 全然、こんなふうにさらりと言えることじゃないと思う。
 何か言いたいのにぱくぱくと口を開け閉めすることしかできない俺を見て、水城くんはなんだか楽しげに目を細めている。き、気持ちの切り替えが早い。

「……ありがとう」

 なんとか絞り出した言葉は、ありふれたお礼だった。

「お礼言われるようなところだった? どういたしまして」
「水城くん、大人すぎない?」
「そう? 結構子どもっぽい態度も取ってる気がするけど」
「あとなんていうか、すごいポジティブだね……」
「そうかもね」

 うなずきつつも、水城くんは「初めて言われたけど」と笑った。


 その夜、案の定と言うべきか熱が出た。はっきり高熱になったのが夜になってからというだけで、水城くんといるときからやっぱり少し熱があったのかもしれない。
 体調不良を失言の言い訳にはしたくないけど……!!

 薬を飲んで、水城くんに言われたとおり早々に寝たら、夢を見た。水城くんと手を繋いで歩く、よくわからない夢だった。