見た目だけなら、童話の中から飛び出してきた王子様と言われても不思議じゃない。小鳥と一緒に歌い出したってびっくりしない。
だけど、口を開けば。
「……ねえ。じろじろ見ないでくれない? いい加減鬱陶しいんだけど」
――氷のように冷ややかな声で刺してくる。
それが、水城 紫苑という、俺の『好きになりたい人』だった。
* * *
高校生になったら、自然と恋をするものだと思っていた。高校生カップルというのは町を歩けばよく見かけるものだったし、漫画だって高校生が主人公の話が多いし。
だから俺は、わくわくしていたのだ。高校生になったらどんなふうに、どんな子に恋しちゃうんだろう? って。
――が、しかし。
何事もなく、一年が過ぎた。周りではカップルが成立してたりするから『何事もなく』って表現は正しくないかもしれないけど、俺自身にはほんっとうに何事もなかった。嘘だろってくらい。
そこで恋多き友人にアドバイスを乞うたところ、「そりゃやっぱり自分から行動しなきゃ!」と力強く言われた。
自分から行動を起こすと言われても……誰に対して?
うーん、と悩んだ結果、まずは単純に顔で決めてしまうことにした。顔が好みというのは大事なところだろう。顔が好みなら、その他の好きなところ探しをするのもきっと苦にならない。
そうして選んだのが――水城紫苑、というクラスメイトだったわけだ。
はっきりとした顔立ちは一見ハーフのようにも見えるけれど、噂によると純日本人らしい。鼻筋はもちろん綺麗に通っているし、睫毛なんか頬に影が落ちるほど長かったりする。
髪の色は薄い茶色で、瞳の色はどこか幻想的にも感じる琥珀色だ。髪の毛はさらっさらで傷みなんて一切感じられないから、おそらく染めているわけではない。
あと、肌がすごいきめ細かい。まるで陶器のよう、っていうよく聞く比喩がこれ以上なくぴったりだった。
水城くんはこの上なく綺麗な人ではあるけど、紛れもない男、つまり同性だ。中性的な顔をしてはいるが、決して女性的な顔をしているわけでもない。
それでも彼を選んだのは、もうこの際、性別なんてどうでもよかったからだ。
うちの学校で一番綺麗な顔してるのは確かだし、去年から見かけるたびに眼福だなーって内心拝んでたし。
そんな水城くんと、今年は同じクラスになれたのだ。せっかく同じクラスになったんだから、仲良くなれるものならなりたいじゃん?
それに、『好きなところ探し』って実質観察だ。女子を観察するのはちょっとまずい感じするけど、男なら大丈夫だろ。
自分の可能性を狭めちゃだめだ。今まで俺が女の子を好きになれなかったのは、もしかしたら恋愛対象が男だからなのかもしれないし。違ったら違ったで別に問題ない。
期限は一年。それまでに恋ができないようだったら、別の人を探そう。
そう決心したのが、今日の朝。
……そう。今日の朝。今朝である。
現在は昼休み。それでさっき俺が言われた言葉は? ――じろじろ見ないで、というもの。
……視線に気づかれるの早すぎない!?
俺の斜め前の席から冷え冷えとした目と声を向けてくる水城くんに、周りからの視線も冷たくなる。お前なに王子に迷惑かけてんだよ的な女子の視線が! 痛い!
ひ~っ、と内心悲鳴を上げつつ、俺は慌てて謝った。
「ご、ごめん! できるだけこっそり見るようにしてたつもりだったんだけど……!」
「あれでこっそりのつもりだったの? 気をつけたほうがいいんじゃない、君。そんなんじゃいつか、女子から気持ち悪がられるかもしれないよ」
「こっそりでも女子観察するのダメなのはわかってるから大丈夫!」
「……へえ、観察」
あっ、墓穴!?
す、と水城くんの目が細められたのを見て、俺はひえっと身を縮める。
「べっ、別に水城くんのことを観察してたってことじゃなくて、今のはあの、言葉の綾的な? そんなんで!」
「君は僕を、何のために観察してたわけ」
俺の言い訳なんて歯牙にもかけず、水城くんは問いかけてくる。怒って……るのかまではわからないけど、確実に機嫌は損ねている。美人のそういう顔ってめちゃくちゃ怖い。
ぶるぶる震えながら、「そ、れは……」と言葉を探す。
下手なことを言えば、水城くんの人気を利用するためにお近づきになりたい、とかそんな誤解をされかねない。それは困る。動機はどうあれ、仲良くなりたいというのは純粋な本心なのだ。
でも仲良くなりたいってストレートに言って信じてくれるか? 勝手な偏見かもだけど、水城くんって人からのそういう好意を疑いそうなんだよな……。
なかなか答えられない俺に焦れたのか、水城くんがさらに冷え切った声でぴしゃりと言う。
「早く答えてくれる?」
「はっ、はい! でもあと三分くらい時間くれる!?」
「遅い。三十秒」
それでも三十秒くれるんだ!?
意外な優しさ(?)は彼の『好きなところ』になりえそうなので、心のメモに書いておく。
朝から昼休みまでの短時間でも、好きなところ探しは一応割と捗っていた。
やっぱり顔いいなー、というのはもちろんとして。
女子からきゃーきゃー手を振られたり挨拶をされたりするときにちゃんと一人一人の目を見て対応するところとか(愛想自体はそんなよくないけど)、所作にいちいち品があるところとか、黒板に書く字が綺麗なところとか、隣の席の子が落とした消しゴムを当然のように拾ってあげるところとか、周りからの視線なんて気にしていない芯の強そうなところとか。
今までは顔の良さくらいしか意識していなかったから、たったこれだけの発見でも相当水城くんに対する好ましさが上がった。
まあ、恋には全然足りないけど。毒舌なところは好きになれないかもな、と思っちゃうくらいだし。
なんてことを考えているうちに三十秒なんてあっという間に経ってしまって、俺は真っ白な頭のまま慌てて答えをひねり出した。
「……水城くんのこと、好きになりたくて!」
「――は?」
ぽかんとした水城くんに、さあっと血の気が引く。
――まっちがえた!! 違う意味でストレートすぎだろこれじゃ!
「あっ、その、好きにっていうか、仲良く? せっかく同じクラスになったのに、まだほとんど話したこともないからさ! 仲良くなりたいなーって。水城くんの人気にあやかりたいとかそういうのは全然なくて……あれっ、もしかしてこう言ったら余計怪しい!? ち、違います!! ほんとに! 純粋に! 仲良くなりたくて! 信じて!!」
自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。クラスの皆からの視線も、おいおい……という感じになってきてつらい。
誰か助け船を出してくれてもいいんですけど! まあ水城くん相手じゃ無理だよな、くそう……!
それでも今更口を止めることもできず、空回ったままの言葉を吐き出していく。
「仲良くなるには好きになるところから、みたいな感じで、水城くんの好きなところ探しを今してて、そのための観察で、好きになれたら仲良くなるきっかけを見つけられるんじゃないかな、とかそういうので。だからあれなんだよ、その……~~っごめん!!」
ぱちん、と手を合わせて、頭を下げる。あまりにお粗末な弁明で、水城くんの顔を見ることもできない。
……結局俺、水城くんと仲良くなりたいんです、としか言えてないよな。
どうか純粋な意味で受け取ってもらえますように……! でもこんな焦ってたら怪しさしかないんだよなぁぁ!
半ば諦めた状態で水城くんからの沙汰を待っていれば、ため息のような小さな息が聞こえた。
「……まず」
「はい!」
「そういうのは、目を見て言うこと。やましいとこがあるなら別だけど」
「ないです!」
ばっと顔を上げる。
恋をしてみたい、という動機がやましくないかどうかは微妙なところだが、でも仲良くなりたいのは本当の本当なのだ。
水城くんは、俺の目をまっすぐに見てきた。
「で、もっとシンプルに言ってくれる? 要領得なくてわかりにくい」
「はい! ごめんなさい!」
「僕は謝罪なんて一回も求めてないんだけど」
「ごめ……はい、そう、ですね……!」
――今好きなところ探しなんてしてる場合じゃないのはわかってるけど、また好きになれそうなところを見つけてしまった。
こんな意味不明な話でも、しっかりと目を合わせて聴こうとしてくれるところ。わかろうとしてくれるところ。
……いや、マジで好きなところ探しなんてしてる場合じゃないんだよな!
水城くんをこれ以上待たせるわけにもいかないので、余計な言葉はできるだけ削る。
「えっと、シンプルに言うなら……水城くんと仲良くなりたかったから見てました、っていうのが一番わかりやすい、かも」
よくよく考えなくても、こういうのストレートに言うのってハズくない? 俺、もしかしてめちゃくちゃ恥ずかしいことしてる?
笑われたらどうしよう……という不安は、しかし杞憂に終わった。
「そう。それで、僕に何をしてほしいわけ?」
「えっ、何を……してほしい?」
「僕と何をしたいのか、でもいいけど」
「え、えーっと? うーん? ……じゃあ、今日一緒に帰りたい?」
なんだ、どういうことだ……?
混乱しながらも流されるままに希望を言えば、水城くんは少し目を瞬いた後、「わかった」とあっさりうなずいた。……わかった!?
「いいの!?」
思わずぎょっと叫んでしまう。
今の会話に、こんなことになる流れってあったっけ? 我ながらめちゃくちゃ怪しかったのに。水城くん、心が広すぎないか? というより、押しに弱い……?
あたふたする俺に、水城くんは呆れたようにため息をついた。
「今日の放課後は特に予定もないし、いいよ。付き合ってあげる。その代わり、ちゃんと午後はちゃんと授業に集中しなよ。僕だって君の視線なんかで集中力削がれるの迷惑だし」
「ご、ごめん! ありがとう!?」
……迷惑だって文句は言ってるけど、今の言葉的にそれはついでで、単純に俺が授業に集中してないことの心配をしてくれてる、ような?
言葉はきついけど、言ってる内容は優しい気がする。けどそれは、好きになろうとしてるから好意的に解釈しちゃってるだけなんだろうか。
……でも好きなところは多ければ多いほどいいんだし、好意的に解釈できるならしたほうがいいよな。
今のは優しい言葉をかけてもらったってことにしよう! と俺が決めているうちに、水城くんは「どういたしまして」と淡々と言って、そのまま前を向いた。会話に区切りがついたと見なしたんだろう。
『ありがとう』に『どういたしまして』って律儀に返してくれるのも、好きなところかもしれない。
こういう小さい気づきの積み重ねが、きっと恋に繋がる――と信じたいものの。
もしそうだとすると、どうして今まで誰のことも好きになれなかったのかわからない。人のいいところを見つけるのは得意なのに。
恋、できたらいいなぁ。
それにしても、水城くんのお昼の時間を邪魔しちゃって申し訳ない。弁当を広げながら反省して……はっと気づく。
一緒に帰ろうじゃなくて一緒に弁当食べようって言えばよかった!?
さっきの流れならそれだって許してくれた気がする……! それで弁当食べてるときに一緒に帰る約束を取りつければ……あああもったいないことしたー! 今更お昼ご一緒してもいいですかとか、さすがに言えない!
大後悔しながら、俺は一人でもそもそ弁当を食べたのだった。俺の友達は運動部が多いので、基本みんな早弁しちゃうのである。帰宅部の俺はちょっとさみしい。
だけど、口を開けば。
「……ねえ。じろじろ見ないでくれない? いい加減鬱陶しいんだけど」
――氷のように冷ややかな声で刺してくる。
それが、水城 紫苑という、俺の『好きになりたい人』だった。
* * *
高校生になったら、自然と恋をするものだと思っていた。高校生カップルというのは町を歩けばよく見かけるものだったし、漫画だって高校生が主人公の話が多いし。
だから俺は、わくわくしていたのだ。高校生になったらどんなふうに、どんな子に恋しちゃうんだろう? って。
――が、しかし。
何事もなく、一年が過ぎた。周りではカップルが成立してたりするから『何事もなく』って表現は正しくないかもしれないけど、俺自身にはほんっとうに何事もなかった。嘘だろってくらい。
そこで恋多き友人にアドバイスを乞うたところ、「そりゃやっぱり自分から行動しなきゃ!」と力強く言われた。
自分から行動を起こすと言われても……誰に対して?
うーん、と悩んだ結果、まずは単純に顔で決めてしまうことにした。顔が好みというのは大事なところだろう。顔が好みなら、その他の好きなところ探しをするのもきっと苦にならない。
そうして選んだのが――水城紫苑、というクラスメイトだったわけだ。
はっきりとした顔立ちは一見ハーフのようにも見えるけれど、噂によると純日本人らしい。鼻筋はもちろん綺麗に通っているし、睫毛なんか頬に影が落ちるほど長かったりする。
髪の色は薄い茶色で、瞳の色はどこか幻想的にも感じる琥珀色だ。髪の毛はさらっさらで傷みなんて一切感じられないから、おそらく染めているわけではない。
あと、肌がすごいきめ細かい。まるで陶器のよう、っていうよく聞く比喩がこれ以上なくぴったりだった。
水城くんはこの上なく綺麗な人ではあるけど、紛れもない男、つまり同性だ。中性的な顔をしてはいるが、決して女性的な顔をしているわけでもない。
それでも彼を選んだのは、もうこの際、性別なんてどうでもよかったからだ。
うちの学校で一番綺麗な顔してるのは確かだし、去年から見かけるたびに眼福だなーって内心拝んでたし。
そんな水城くんと、今年は同じクラスになれたのだ。せっかく同じクラスになったんだから、仲良くなれるものならなりたいじゃん?
それに、『好きなところ探し』って実質観察だ。女子を観察するのはちょっとまずい感じするけど、男なら大丈夫だろ。
自分の可能性を狭めちゃだめだ。今まで俺が女の子を好きになれなかったのは、もしかしたら恋愛対象が男だからなのかもしれないし。違ったら違ったで別に問題ない。
期限は一年。それまでに恋ができないようだったら、別の人を探そう。
そう決心したのが、今日の朝。
……そう。今日の朝。今朝である。
現在は昼休み。それでさっき俺が言われた言葉は? ――じろじろ見ないで、というもの。
……視線に気づかれるの早すぎない!?
俺の斜め前の席から冷え冷えとした目と声を向けてくる水城くんに、周りからの視線も冷たくなる。お前なに王子に迷惑かけてんだよ的な女子の視線が! 痛い!
ひ~っ、と内心悲鳴を上げつつ、俺は慌てて謝った。
「ご、ごめん! できるだけこっそり見るようにしてたつもりだったんだけど……!」
「あれでこっそりのつもりだったの? 気をつけたほうがいいんじゃない、君。そんなんじゃいつか、女子から気持ち悪がられるかもしれないよ」
「こっそりでも女子観察するのダメなのはわかってるから大丈夫!」
「……へえ、観察」
あっ、墓穴!?
す、と水城くんの目が細められたのを見て、俺はひえっと身を縮める。
「べっ、別に水城くんのことを観察してたってことじゃなくて、今のはあの、言葉の綾的な? そんなんで!」
「君は僕を、何のために観察してたわけ」
俺の言い訳なんて歯牙にもかけず、水城くんは問いかけてくる。怒って……るのかまではわからないけど、確実に機嫌は損ねている。美人のそういう顔ってめちゃくちゃ怖い。
ぶるぶる震えながら、「そ、れは……」と言葉を探す。
下手なことを言えば、水城くんの人気を利用するためにお近づきになりたい、とかそんな誤解をされかねない。それは困る。動機はどうあれ、仲良くなりたいというのは純粋な本心なのだ。
でも仲良くなりたいってストレートに言って信じてくれるか? 勝手な偏見かもだけど、水城くんって人からのそういう好意を疑いそうなんだよな……。
なかなか答えられない俺に焦れたのか、水城くんがさらに冷え切った声でぴしゃりと言う。
「早く答えてくれる?」
「はっ、はい! でもあと三分くらい時間くれる!?」
「遅い。三十秒」
それでも三十秒くれるんだ!?
意外な優しさ(?)は彼の『好きなところ』になりえそうなので、心のメモに書いておく。
朝から昼休みまでの短時間でも、好きなところ探しは一応割と捗っていた。
やっぱり顔いいなー、というのはもちろんとして。
女子からきゃーきゃー手を振られたり挨拶をされたりするときにちゃんと一人一人の目を見て対応するところとか(愛想自体はそんなよくないけど)、所作にいちいち品があるところとか、黒板に書く字が綺麗なところとか、隣の席の子が落とした消しゴムを当然のように拾ってあげるところとか、周りからの視線なんて気にしていない芯の強そうなところとか。
今までは顔の良さくらいしか意識していなかったから、たったこれだけの発見でも相当水城くんに対する好ましさが上がった。
まあ、恋には全然足りないけど。毒舌なところは好きになれないかもな、と思っちゃうくらいだし。
なんてことを考えているうちに三十秒なんてあっという間に経ってしまって、俺は真っ白な頭のまま慌てて答えをひねり出した。
「……水城くんのこと、好きになりたくて!」
「――は?」
ぽかんとした水城くんに、さあっと血の気が引く。
――まっちがえた!! 違う意味でストレートすぎだろこれじゃ!
「あっ、その、好きにっていうか、仲良く? せっかく同じクラスになったのに、まだほとんど話したこともないからさ! 仲良くなりたいなーって。水城くんの人気にあやかりたいとかそういうのは全然なくて……あれっ、もしかしてこう言ったら余計怪しい!? ち、違います!! ほんとに! 純粋に! 仲良くなりたくて! 信じて!!」
自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。クラスの皆からの視線も、おいおい……という感じになってきてつらい。
誰か助け船を出してくれてもいいんですけど! まあ水城くん相手じゃ無理だよな、くそう……!
それでも今更口を止めることもできず、空回ったままの言葉を吐き出していく。
「仲良くなるには好きになるところから、みたいな感じで、水城くんの好きなところ探しを今してて、そのための観察で、好きになれたら仲良くなるきっかけを見つけられるんじゃないかな、とかそういうので。だからあれなんだよ、その……~~っごめん!!」
ぱちん、と手を合わせて、頭を下げる。あまりにお粗末な弁明で、水城くんの顔を見ることもできない。
……結局俺、水城くんと仲良くなりたいんです、としか言えてないよな。
どうか純粋な意味で受け取ってもらえますように……! でもこんな焦ってたら怪しさしかないんだよなぁぁ!
半ば諦めた状態で水城くんからの沙汰を待っていれば、ため息のような小さな息が聞こえた。
「……まず」
「はい!」
「そういうのは、目を見て言うこと。やましいとこがあるなら別だけど」
「ないです!」
ばっと顔を上げる。
恋をしてみたい、という動機がやましくないかどうかは微妙なところだが、でも仲良くなりたいのは本当の本当なのだ。
水城くんは、俺の目をまっすぐに見てきた。
「で、もっとシンプルに言ってくれる? 要領得なくてわかりにくい」
「はい! ごめんなさい!」
「僕は謝罪なんて一回も求めてないんだけど」
「ごめ……はい、そう、ですね……!」
――今好きなところ探しなんてしてる場合じゃないのはわかってるけど、また好きになれそうなところを見つけてしまった。
こんな意味不明な話でも、しっかりと目を合わせて聴こうとしてくれるところ。わかろうとしてくれるところ。
……いや、マジで好きなところ探しなんてしてる場合じゃないんだよな!
水城くんをこれ以上待たせるわけにもいかないので、余計な言葉はできるだけ削る。
「えっと、シンプルに言うなら……水城くんと仲良くなりたかったから見てました、っていうのが一番わかりやすい、かも」
よくよく考えなくても、こういうのストレートに言うのってハズくない? 俺、もしかしてめちゃくちゃ恥ずかしいことしてる?
笑われたらどうしよう……という不安は、しかし杞憂に終わった。
「そう。それで、僕に何をしてほしいわけ?」
「えっ、何を……してほしい?」
「僕と何をしたいのか、でもいいけど」
「え、えーっと? うーん? ……じゃあ、今日一緒に帰りたい?」
なんだ、どういうことだ……?
混乱しながらも流されるままに希望を言えば、水城くんは少し目を瞬いた後、「わかった」とあっさりうなずいた。……わかった!?
「いいの!?」
思わずぎょっと叫んでしまう。
今の会話に、こんなことになる流れってあったっけ? 我ながらめちゃくちゃ怪しかったのに。水城くん、心が広すぎないか? というより、押しに弱い……?
あたふたする俺に、水城くんは呆れたようにため息をついた。
「今日の放課後は特に予定もないし、いいよ。付き合ってあげる。その代わり、ちゃんと午後はちゃんと授業に集中しなよ。僕だって君の視線なんかで集中力削がれるの迷惑だし」
「ご、ごめん! ありがとう!?」
……迷惑だって文句は言ってるけど、今の言葉的にそれはついでで、単純に俺が授業に集中してないことの心配をしてくれてる、ような?
言葉はきついけど、言ってる内容は優しい気がする。けどそれは、好きになろうとしてるから好意的に解釈しちゃってるだけなんだろうか。
……でも好きなところは多ければ多いほどいいんだし、好意的に解釈できるならしたほうがいいよな。
今のは優しい言葉をかけてもらったってことにしよう! と俺が決めているうちに、水城くんは「どういたしまして」と淡々と言って、そのまま前を向いた。会話に区切りがついたと見なしたんだろう。
『ありがとう』に『どういたしまして』って律儀に返してくれるのも、好きなところかもしれない。
こういう小さい気づきの積み重ねが、きっと恋に繋がる――と信じたいものの。
もしそうだとすると、どうして今まで誰のことも好きになれなかったのかわからない。人のいいところを見つけるのは得意なのに。
恋、できたらいいなぁ。
それにしても、水城くんのお昼の時間を邪魔しちゃって申し訳ない。弁当を広げながら反省して……はっと気づく。
一緒に帰ろうじゃなくて一緒に弁当食べようって言えばよかった!?
さっきの流れならそれだって許してくれた気がする……! それで弁当食べてるときに一緒に帰る約束を取りつければ……あああもったいないことしたー! 今更お昼ご一緒してもいいですかとか、さすがに言えない!
大後悔しながら、俺は一人でもそもそ弁当を食べたのだった。俺の友達は運動部が多いので、基本みんな早弁しちゃうのである。帰宅部の俺はちょっとさみしい。