今朝は、ここちのいい夢で目が覚めた。久しぶりに会う幼馴染の彼は、照れて顔を赤くし、私は微笑みながら彼をみている。夢って不思議で自分を第三者の視点で見ている時がある。私が見た夢はそんな感じの夢だった。そして目が合ったところで目が覚めた。

 あの場所は二人で学校帰りによく行った河川敷の橋梁下。今日の待ち合わせの場所だ。

 あれから四年が過ぎた。

 中学二年の秋、私は父の仕事でアメリカについて行く事になり、見送りに来てくれた彼は別れ際に「帰ってきたら付き合いたい」と言った。その時の彼の目は真剣で冗談を返す事も返事もできずにいた。

 私と彼はただの幼馴染で、仲の良い友達だったし、私も意識した事もなければ、彼も私の事を意識しているとは思ってなかった。だからアメリカに向かう飛行機に乗るまでの間は現実間もなく、深く考える事もできなかった。けれども、飛行機に乗っている間は十分に時間があり、改めて彼のことを思い考えた。ーー 私のこと、いつから好きだったのだろう?


 アメリカに渡った当初は環境や文化に慣れる事が精一杯で彼のことは忘れていたし、慣れてくるころには、新しい友達もできて充実した毎日を送っていたから、日本での事を思う余裕もなかった。


 日本に帰る日程がわかった時、あの時の彼のことを思い出した。

「帰ってきたら付き合いたい」

 私は、それに返事をしなければならない。

      ◯

 私は帰国前にエアメールで彼に手紙を出していた。
 ーーいつもの橋梁下で会おう

 アメリカに渡る前に住んでいた家は、賃貸に出していて今もそこには誰かが住んでいる。そのため帰ってきた今はマンション住まいだ。

 ここから約束の場所へいくために、私はバスにのり窓の外を眺めながら、彼との昔のことを思い出していた。
 小学校低学年のころに交換日記をしてた頃の交換する場所が橋梁下だった。だから学校帰りによく橋梁下にいた。学校の帰りに寄り道をして、帰り道がわからなくなって迷子になり、二人で泣きそうになりながら、目印の川を探して、川に沿って歩き、見慣れた橋梁下まで来た時はホットしたこともあった。親と喧嘩して家に帰りたくない時に、橋梁下で遅くまで私に付き合ってくれた事。
 高学年になってからは、ほとんど一緒にいることはなかったけど、たまに話すときもあったし、中学に入った後も、なにかあれば、普通に話してた。
 ずーっと普通だったのに「帰ってきたら付き合いたい」なんて。
 その時まで意識した事もなかったんだから、自分が彼を好きなのかどうかもわからないし、その場所に向かっている今も、どう返事をしていいかわからない。
 ひとまず、会って話をしようと思った。

 バスを降りたら、目的の場所へ向かう足も速くなる。自分でもわかってないぐらい会うのが楽しみだったのかな? 今朝あの夢を見たんだから楽しみだったのかもしれない。

 目的の橋梁が見えてきた。 彼はもう来てるかな? 心を落ち着かせるために、少し深呼吸をする。 どうやらいつの間にか心臓が早く動いていた様だ。

 心臓のドキドキは止まらないが、橋梁下へゆっくり近づいていく。 どうやら彼はもう来ているようだ。

 なんだか、耳も顔も熱くなってきた。 手で仰ぎ一呼吸おく。 まさか、こんなに緊張するとは思わなかった。

 よし、いこう。 下をみたり彼をみたり下をみたりしながら少しずつ近づく。まっすぐ彼の方を見続けながら歩くことなどできなかったのだ。

 彼の表情が見えるところまで近づいてきたとき、違和感と圧迫感が襲った。

 彼は私に気づかない。
 手には本なのかノートなのかわからないが持っている。
 そして、彼の向こう側に誰かがいて、誰かと話している様にみえる。
 二人が話している言葉は、自分の心臓の音でかき消され、私の頭には入ってこない。

 女の人だ。女の人はニコニコしながら、彼を見ていて、彼は顔を赤くしている。
 この光景は見覚えがある。

 そうだ、今朝の夢だ。

 私はこの夢を見たんだ。夢の中の……あれは、私じゃなかったんだ……。

 私は意識せずに後退りをして、そこから逃げ出そうと、見なかった事にしようと、向きをかえて走り出す。何かにぶつかった気がしたが、心臓の音が大き過ぎて、ぶつかった時の音もわからない。走って走って、走った。

 そっかー、彼女いたんだ……。彼女を紹介するために、連れてきてたのか。
 落ち着いた感じの女性だった。あれが彼女かー。私には敵わないな……。
 私はバカだ。一人で舞い上がって、昔のことをいつまでも思ってて、私一人バカだ……。
 そう思うと、悲しくなり、涙が溢れ、走る足にも力がなくなり、気づいたら、立ち止まっていた。
 涙がボロボロ出てくる。
 あの夢は彼女がいる事を教えてくれていたのかな?

 心臓の音も和らいでくると私を呼ぶ声がした。

「ひよりー」

 彼だ、彼が追いかけてきたんだ。
 行かなきゃ、こんなバカな私をみて欲しくない。
 走るが力が入らない。勢いよく走りたくても力が入らない。

「まって、止まって。待ってよ」

 私はそれでも走る。

 手首を掴まれ無理やり止められる。

「はなして」

「ちょっとまって、おちついて。落ち着いて」

 私は流れる涙はそのままで彼に言う。「ごめん、ごめんね、彼女さんいるのに、呼び出してごめんね」

「ちょっと、まってって、おちついて」

「大丈夫、私は大丈夫だから」涙で鼻がずるずる出てきて大変な事になっているがしかたがない。

「これ、これ見て」

「……」彼の手に持っていたのはノートだ。見覚えのあるノートだった。

 鼻を啜りながら「交換日記? どうして? どうして、彼女さんと私たちの交換日記みてたの?」

「彼女なんかじゃない」

「? 彼女じゃ、ないの?」私は彼の目を見た。

「あの人は、バイト先の先輩」

「アルバイト……先輩?」

「そ。 俺があの場所で日記みながら待ってたら、先輩が俺の自転車をみて俺があそこにいるのに気づいておりてきて、なんか、からかわれてた」

「そ、そうなの?」顔がひどい状態なので、目から下は手で覆い隠していた。

「うん。 そして、彼女と会うんだとか、なんか、言われて、はずかしくて早くひよりがこないかと思ってた」

「そうだったんだ」
 気づけば涙も止まり、鼻だけがぐずぐず言っている。

 彼は、ポケットからティッシュを出して、顔を覆っていた私の手をよけて、鼻汁を拭いてくれる。
 私は「ありがとう」と言って微笑みを返した。