お客様に立ち話をさせてはいけない。少女を席へと案内する。
「時間貰っちゃって大丈夫だった?」
「うん!実はさっきまで凄く退屈だったの。」
本当に暇だったのだろう、嬉しそうに笑っている。
「そっか、よかった。」
今日は会話の調子がよいらしい。
柑那はすぐに次の話題を探し当てる。
「そういえば、うちの友達に酷い奴がいてね」
「えっ、なにかあったの?」
「うん。今日そいつと待ち合わせてるんだけどね、もう15分遅刻してるの。」
「えぇっ」
「それだけならいいんだけど、なんの連絡もないの!」
「あー、それは酷いかも」
柑那としては遅刻をする時点で非常識、連絡もなしはありえないのだ。
しかし少女の反応はいまいちだった。
「うーん、15分くらい誤差だと思うけどな。」
耳を疑った。15分遅刻は大きいと思っていた。
「私なんて20分とか25分とか遅刻しちゃうの、しょっちゅうだもん。」
「えっ」
理解できなかった。流石に遅刻の領域を超えている。
少女は連絡はするのだろう。しかしそれでどうにかなるのだろうか。
目の前の少女は特段気にしている様子はなく、寧ろ至極当然と言った顔で話すので、自分がおかしいのかと心配になる。
「うちが神経質なのかな・・・」
「いやぁ、大丈夫だと思うよ。」
「そうかなぁ」
大丈夫は有能すぎるのだ。心からの言葉にも、お世辞にも誤魔化しにも使えてしまう。
「私よくズボラって言われるし、きっとおかしいのは私とお友達だよ!」
自信満々で言うことでもないのでは、というよりも。
「ずぼらなの?」
確かに彼女の時間感覚は狂っていそうだが、ずぼらではないと思う。
「意味はわからないんだ。みんな言うからそうなんだろうなって。」
気にしていなそうだが、からかいだとしたら陰湿だ。
「勝手に鈍いみたいな意味かなって思ってて」
間違いは指摘したほうがいいのだろうか。
嫌がる人もいる気がする。
何というのが正解なのか、マニュアルがほしい。
「・・・ずぼらの意味、違うと思うよ。」
「やっぱり?辞書に載ってなかったんだよね」
「ずぼらが?」
そのような辞書は捨てたほうがよい。
不備が不備すぎる。
「うん。お父さんもお母さんも教えてくれないし、兄ちゃんも弟も知らないふりするの。」
「そうなんだ」
「ねぇ、君は知ってるんでしょ?教えてくれないかな?すっごく気になるの!」
柑那は常連客一家に共感する。
これは教えたくないが、彼女からしたらもっと気になるだろう。
「なんか教えちゃいけない気がするからやめとく。」
「えぇぇ、なんで?みんなそう言うじゃん。」
まあそのうちわかるよ。
「ああ、みんな思うんだ」
何か間違えた気がしたが、気にせず話題を変える。
「めっちゃ関係ないけどさ、そのキーホルダーかわいいね。」
「これ?」
いつの間にかカメラケースのショルダーベルトに付け始めたキーホルダーだ。
桜を象った硝子製のもので、色硝子の透き通った桜色と陽光の煌めきが綺麗だ。
彼女の儚く明るい雰囲気も再現しているようで、とても似合っていた。
彼女のためだけに作られたかのようだ。
「めっちゃ似合ってるなって。」
「ありがとう。これ、お気に入りなの。お父さんがくれたんだ。」
常連客は危なっかしいイメージがあったが、良き父親もしているようだ。
「へぇ、どこで買ったの?」
色違いなどがあったら嬉しい。彼女なら被せてしまっても喜んでくれそうだ。
「わかんない。自分で作ったのかなぁ」
「すご!これ作れるの?」
「うーん、お父さんなら頑張れば作れるかも」
言われてみれば、以前父から、常連客一家は器用だと聞いた気がする。
実は凄い方なのだろうか。硝子細工を、しかもこれ程の物を作れるのは常人ではない。
「パパのご職業は?何かの職人なの?」
「ううん。国家公務員だったと思うよ。」
どちらにしろ常人ではないようだ。
「へぇ、めっちゃすごいね。頭いいんだ」
「そう見えないけどね。私は職人になったほうがいいと思うんだけど。それかカメラマン」
少女は少し自慢げにため息をつく。
「そう言えば君も写真撮るの好きなんだよね。」
「うん!このカメラもお父さんがくれたの!一番の宝物なんだ!」
常連客が甘やかしているだけのようにも見えるが、それは仕方ないかも知れない。
「そっか、めっちゃいいじゃん」