カメラ喫茶月宮は、店主と一人娘で切り盛りしていた。
娘の柑凪には、店を手伝い始めて間もない頃から話してみたい人物がいた。
時は6年前、柑凪が7歳の時まで遡る。

最初に興味を持ったのは、常連客だ。
この客は柑凪が初めて接客した客だ。
彼が来店した時、父の見たことのない表情に驚いた。
見た目は父とは真逆なのに。
あれ程没頭しているカメラの修理、基、遊んでいるときも、近所のおちび共に絡まれているときも。
母との晩酌のときでさえ、ここまでではないかも知れないと思えるほどに。
他でもない彼と話しているときなのだ、寡黙な父が一番楽しそうな、嬉しそうな表情をするのは。
柑凪にとって異常事態を起こした彼に、興味は集中した。
 ある時彼は自身の娘を連れてきた。
父の反応を見るに、以前にも来店したことがあるらしい。
見た目柑凪と年が近く、恐らく人見知りで、柑凪とは真逆に儚げでしかし明るい雰囲気を持つ少女だ。
少女は、どこまでも自身がない柑凪の理想の権化だった。
少女が柑凪の憧れに、羨望の的になるのにそう時間はかからなかった。
 そんな少女が目を輝かせたのはショーウィンドウやカウンター、そこここの棚に並べられた多種多様なカメラだった。
少なからず少女に親近感が湧き、話してみたいと思うようになった。
カメラの他に何が好きで、写真撮影以外にどんな趣味があるのだろうか。
どんな声で話して、何に喜ぶのだろう。
 そう思って早6年。全く話しかけられず今に至る。
少女自身常連客と比べあまり来店しない上に、柑凪は見た目に反して人見知りなのだ。
会話のチャンスがあっても動悸が速まり、声が詰まって諦めるのだ。
いつしか、店を手伝う理由も小遣い稼ぎから、偶に来店する少女に変わっていた。