◆◇◆

 いつも彼の白い自転車を見るとテンションが上がった。
 これは弟にも内緒のこと。
 ろくに目も合わせてくれない彼の、どうやったら視界に映れるか考えるのが楽しかった。

 だけど彼が受験シーズンに入ってしまい、家に遊びに来てくれることはなくなった。
 大学から家に帰っても、白い自転車が見当たらず落胆する日々。

 そんなある日、弟から彼の第一志望校が私の大学だと教えてもらった。
 これは偶然か、はたまた運命か。
 確か彼はそこまで成績が良くなかったはず。
 弟の部屋で何回か勉強を教えてもらっていた場面を見た。
 同じ大学を目指しているのなら、私が勉強を教えてあげた方が彼のためにもなるのでは――?

 いきなり家を訪ねたら彼はびっくりするだろうか。
 彼に引かれるのは嫌だな……。
 そもそも、彼の家も連絡先も知らなかった。
 手がかりは白い自転車だけ。

 結局、彼とは一度も会えないまま夏休みに突入した。
 今頃頑張って勉強しているんだろうな。
 さりげなく弟に彼の状況を聞いてみたけど、苦労してそうだから心配だ。
 まさか私の大学受験するの、諦めるってことはないよね……?
 ちょっと不安に思っていた時、玄関の扉が開いた音がした。弟が遊びから帰ってきたみたいだ。

「おかえり。受験生なのにいいご身分ね」
「だって俺は推薦組だもん。それよりあいつの方が心配だよ。さっき見たら自転車なかったし。どうせまた河原で寝こけてるんだろうな〜」

 そう言ってまたどこかへ出かけてしまった弟。
 どうやら忘れ物を取りに帰ってきただけみたいだ。

 ……そんなことよりも、今の話本当かな。
 弟があいつ呼ばわりするのは1人しか思い浮かばない。
 いや、考えるよりも行動あるのみ。
 必要最低限のものを持って、太陽の下に繰り出した。

 河原をしばらく歩いていたら見えてきた白い自転車。
 ……彼だ。本当にいた。

「何してるの?」

 いきなり後ろから呼びかけたからか、飲んでいた水がむせそうになっている彼。
 申し訳ないと思いつつもちゃっかり隣に座った。
 こんな至近距離の彼は初めてだ。
 貴重な機会に、彼の顔をじっと見る。
 まあ相変わらず視線が交わることはないのだけども。

 勉強の調子について聞いてみたけど、失敗した。
 相当厳しいのか気まずそうにする彼。
 勉強教えてあげようか? と言える空気でもない。
 そもそもそこまで仲良くないし。

 何か話題を変えてみようと、彼が読んでいる本について聞いてみた。
 ……恋愛小説か。意外だ。
 彼はそういうの興味ないと思っていた。
 恥ずかしそうに顔を逸らしている彼が可愛く見えて、調子に乗った私は少し距離を詰めてみる。
 彼が読む恋愛小説はどんなものか気になって覗き込んでみた。

 あ、これ知ってる。
 主人公たちが受験生のやつだよね。
 少し前に友達に借りて読んだな。
 確かヒロインの告白、最初はかわされちゃって――。
 とそこで、読めないように本の角度を変えられてしまった。

 調子乗りすぎたかな? と反省していたその時。

「合格したら、僕と付き合ってくれますか?」

 本に視線を落としたままの彼の口からこぼれ出たセリフ。
 一瞬思考が停止した。
 だけど真っ青な彼の顔に、すぐに頭が回転する。

 そんなの、答えはもちろん――……。

「いいよ」

 彼が何か言おうとしていたけど、遮るように言葉を発した。
 今日初めて彼と目が合った。
 だんだんと顔が赤くなる彼に、私の気分も高揚する。

 ……なんだ、そっか。
 彼も同じ気持ちだったんだ。そっか……ふふ。

 でも、今のを告白だなんて認めてあげない。
 だって小説内に出てきたセリフをそのまま言っただけだもの。
 もう一度、ちゃんと彼の言葉で言ってもらわないと。

 そしてもし、合格したら、その時は……。