『わたしを離さないで』
カズオ・イシグロさんの小説だ。
普段僕は小説を読まない。そもそも本をあまり読まない。
だがこの小説だけは特別だ。だって西尾さんが読んでいたのだから。
本を開き、文字を追う。だが内容が頭に入ってこない。油断すると心が西尾さんの元へはばたき、さまざまな妄想をしてしまう。この本の感想を言い合う時の西尾さん。「読んでくれたんだ」と微笑む西尾さん。図書室の中でひそひそ話したりするのだろうか。二人の空気を共有する西尾さん。ダメだ、全く集中できない……。
場所は学校近くの河川敷。休みの日、僕はいつもここでブレイクダンスの練習をしている。見た目に似合わない、とはよく言われるが、こちとら小学一年生の頃からの十年選手、その気になればコンクリートの床の上でもバク宙ができる。
定期券でいつでも来られて、なおかつ生活圏からも離れられるこの場所は練習するには最高だ。地元だと中学の知り合いやら何やらに絡まれて練習にならないことがある。その点ここはいい。人気が少ないし、広さは十分あるし。
今日もそんな練習に来たつもりだったのだけれど、僕はカバンからあの『わたしを離さないで』を取り出して黙々と読んでいた。ウォーミングアップもして、いつでも飛んだり跳ねたりできる状態だったのに、座り込んで読書とは我ながらかっこ悪い。
僕はページをゆっくりめくった。僕の背後で何かが揺れたのはその時だった。
カズオ・イシグロさんの小説だ。
普段僕は小説を読まない。そもそも本をあまり読まない。
だがこの小説だけは特別だ。だって西尾さんが読んでいたのだから。
本を開き、文字を追う。だが内容が頭に入ってこない。油断すると心が西尾さんの元へはばたき、さまざまな妄想をしてしまう。この本の感想を言い合う時の西尾さん。「読んでくれたんだ」と微笑む西尾さん。図書室の中でひそひそ話したりするのだろうか。二人の空気を共有する西尾さん。ダメだ、全く集中できない……。
場所は学校近くの河川敷。休みの日、僕はいつもここでブレイクダンスの練習をしている。見た目に似合わない、とはよく言われるが、こちとら小学一年生の頃からの十年選手、その気になればコンクリートの床の上でもバク宙ができる。
定期券でいつでも来られて、なおかつ生活圏からも離れられるこの場所は練習するには最高だ。地元だと中学の知り合いやら何やらに絡まれて練習にならないことがある。その点ここはいい。人気が少ないし、広さは十分あるし。
今日もそんな練習に来たつもりだったのだけれど、僕はカバンからあの『わたしを離さないで』を取り出して黙々と読んでいた。ウォーミングアップもして、いつでも飛んだり跳ねたりできる状態だったのに、座り込んで読書とは我ながらかっこ悪い。
僕はページをゆっくりめくった。僕の背後で何かが揺れたのはその時だった。