「で、大学の生活はどう?」

 母さんが嬉々として兄貴に向かって話しかける。俺への態度とは雲泥の差だ。俺の時には冷ややかな視線を浴びせてくる瞳も、兄貴に対しては恋する乙女のようにきらきらと輝いている。

 母さんが帰省を待ち望んでいた兄貴は、まもなくお盆がはじまるというタイミングでようやく帰ってきた。家を出た春と比べるとずいぶん日焼けしているから、大学生活を謳歌しているらしい。

 あれから凪とは顔を合わせていない。お盆休みを目前に下宿先に戻ることはないと思うから家にはいるんだろうけど、偶然出会うことはなかった。

 つい凪の部屋を気にして様子を窺ってみても、窓はいつも閉め切られていた。

 心の声が訴えてくる。

 ほらな、家が隣であっても結局こんなもん。疎遠になるなんて簡単なんだって。

 一体凪は兄貴に何て返事したんだろうか。眼前で大学生活を意気揚々と語っている兄貴は、凪の恋人なんだろうか?

 そういえば、不自然なほど兄貴から「凪」という単語が出てこない。今までなら、「凪が〜」とか「凪は〜」みたいにしょっちゅう話題に出てたような気がするのに。やっぱり付き合い始めたから、ぼろが出ないようにしてるんだろうか。母さんにばれたら厄介なことになりそうだし。

「なんだよ、紺。さっきからじろじろ人の顔を見て。俺の顔になんかついてるか?」

「え、俺、そんなに見てた?」

「気がついてもなかったのか?」

 俺の返答に呆れた様子で兄貴が頬杖をついた。

「あー、うん。ちょっと考え事してた」

「考え事?」

「まぁ、ちょっと」

「そりゃ紺は考えることもたくさんあるわよ。お兄ちゃん、聞いてちょうだい。紺たら受験生なのに、この間ぐんと成績落としてきたのよ。せっかくだし、この休みの間にお兄ちゃんに勉強教えてもらったらどう?」

 母さんが俺の現状を兄貴に伝える。俺を落として、兄貴の興味を引こうとするのは、母さんの常套手段だ。嫌なやり方だと思うし、腹も立つ。クラスの女子でもこういうタイプがいるけど、マジで嫌い。だけど、それを相手にするのは同じ土俵に立ってるみたいでだから相手にしないようにしている。たとえ、家族であっても。