俺が自問自答している間に、視界の隅でレースのカーテンがひらりと揺れたような気がした。

 何気なく凪の部屋の方を見た瞬間、そこに会いたいと頭の中で思い描いた顔があった。外の風を吸おうとしたのか、凪が窓から顔を出していた。俺の存在に気がついた途端、凪の瞳がどんどん大きく見開かれていく。きっと俺の目もそうなってたと思う。凪が慌てて部屋の中に引っ込もうとした。

「待って、凪」

 たまらず身を乗り出して叫んだ。次に続ける言葉は何も用意されていない。でも、凪と話す機会をみすみす逃すという選択肢はありえなかった。

「……なに?」

「そ、その、こ、これありがと」

 俺はお菓子を指で摘んで揺らした。

「あ、うん」

 凪が言葉少なに相槌を打つ。言うことも決まっていないのに、俺は口を開いた。そうしなかったら、凪がこの場からすぐにいなくなってしまいそうだった。

「あのさ……さっきは……」
 そう言いかけた瞬間、
「ごめん!!」
 と、凪が突然謝ってきた。

 その言葉は俺が言うべきものだったはずで、その一語を奪われたこちらとしては何を言えばいいのか全く分からなくなった。

「……なんで?」

 かろうじて搾り出したのが、この言葉だった。

「考えれば考えるほど紺の言う通りだなって。自分一人で答えを出すべきものに紺を巻き込んじゃいけなかった。本当はさっき別れる前に謝るべきだったんだけど、それができなくて……ごめんね」

「俺も言い方が悪かったから。俺も、その……ごめん」

「ううん、紺は謝る必要ないよ」

「俺も反省したんだから、凪は俺のごめんを受け取って。俺も凪のごめんを受け取るから」

「分かった。ありがと、紺」

 凪がふっと笑みを溢した。ようやく見えた凪の笑顔に胸を撫で下ろした———その瞬間、心臓が早鐘を打ち始めた。

 やばい、なんだ。これ……。

 凪の顔を見続けることができなくなって、退散という卑怯な手段をとった。

「じゃあ、今からこれ食ってくる」

 窓から身体を引っ込め、ベッドへダイブした。凪との会話を自ら切り上げてしまった後悔と心臓の高鳴りが身体の中でぶつかり合っていた。

 身体を半回転させ、お菓子の包み紙を乱暴に取ると口に放り込んだ。

 寝転んで食べるにはふさわしくなかったようで、喉に詰まりかけた。半身を起こして、窓に目をやる。もしかしたら凪の姿がまだあるかもしれないと期待したけれど、そんなことはなかった。

 口の中のお菓子を噛み砕く。甘さとほろ苦さが口の中に拡がっていった。


 遠野凪は四つ年上の幼馴染で、兄貴の想い人。そして俺の心を揺さぶる人。