「なんて言えば良かったんだよ……」

 ベッドの上で仰向けになると、俺は天井に向かって独りごちた。

 河川敷からの帰り道はずっと気まずいままだった。本当なら凪もうちに上がっていくつもりだったろうに、凪はそうしなかった。お面みたいな作り物の笑顔を顔に貼り付けて、じゃあまたねとだけ俺に告げると、さっさと自分の家に戻っていった。

 母さんも凪と一緒に戻ってくると思っていたらしく、俺が一人でリビングに入ると、
「え、凪ちゃんは?」と言い、俺の成績のことは一瞬で頭から抜け落ちたようだった。

 代わりに、「あんた、何やらかしたの?」と、失礼な質問を浴びせてきた。

「……別に」

 何もやってないとは言い切れず、俺は適当な言葉でその場を凌いだ。

 これ以上の追及を避けるため部屋へ早々に引き上げようとしたら、母さんから「はい、これ」と何かを手渡された。

 凪が持ってきてくれたお菓子らしかった。

 俺は、自分の勉強机を横目でちらと見た。例のお菓子が机の上に置かれている。

 もうちょっと優しく言えば良かったのかもしれないけどさ……。

 だけど何度考えても、兄貴と凪が付き合う、付き合わないなんて俺が口出しする問題じゃない。それに、誰かを好きな気持ちなんて誰にも止められない。大体、付き合うかどうかの答えなんて、相手から言われた瞬間に決まってるもんだと思う。少なくとも俺の場合はそうだ。

 考えることをやめると、すぐに凪の動揺した顔が思い浮かぶ。そのあとの一切の感情を封印した偽物の笑顔も。

 凪のあんな顔初めて見たな……。

 胸の奥が苦しくなって、俺は目を閉じた。

 応援するとまでは言わなくても、凪たちが付き合っても何も変わらないって言えば良かった? でも絶対変わるだろ、そんなの。少なくとも俺は今まで通りになんて無理だ。俺としてはあの場で白々しい嘘をつく方が嫌だった。特に凪に対しては。

 それに家が隣だからって、凪はもう実家を出てる。実際にもう疎遠になりつつあるのは事実。大学生活がもっと軌道に乗れば、実家にだって頻繁に帰ってこなくなるだろうし。

 俺はベッドから起き上がると、勉強机の前に立ち、凪のくれたお菓子を手に取る。胡桃がたっぷり入ったキャラメルをクッキーのような生地でサンドしたやつだ。前に食べた時俺はものすごくうまいと思ったけれど、兄貴はあんまり好きじゃないと言っていた。どうしてこれが俺の好物だと知っていたんだろう。

 窓に目を向けると、凪の家が視界のほとんどを占める。斜向かいにある凪の部屋はレースのカーテンがかかっている。俺の身体が自然と動いて、窓を開けた。

 凪は今どうしているんだろうか。多分まだ家にいるだろうし、言い方がきつかったって謝りに行くべきか?