「何?」

 扉を開けると、まだ何もしていないのに不満げな母さんの顔があった。

「……手紙気づいた?」

「あぁ」

「なんて書いてあったの?」

「……たいしたことないよ。昨日はごめん、みたいな感じ」

「そう」

 会話は終了しているのに、いつもと違って母さんが退散のそぶりを見せない。仕方なしに質問を切り出す。

「……あれ、凪が持ってきたの?」

「ううん、ともちゃんから預かったのよ」

「そう。ありがと」

 100%会話は成立したのに、やっぱり母さんは動かない。困惑のあまり、真正面から質問をぶつけた。

「で、どうしたの?」

「……あんた、お母さんに言うことない?」

「ないと思うけど」

「じゃあ、今日忘れ物しなかった?」

 母さんの意図するところに気がついて、後ろを振り返った。机の上にあるはずのものがなかった。昨夜発見した夏休み明けに必要なものが書かれた手紙だ。

「ほら、これ」

 母さんが俺の胸にぐいと何かを押し付けてきた。落ちないように受け取ると、真っ白な雑巾だった。

「もしかして今日用意してくれたとか?」

「違うわよ。もっと前から。お母さんだって母親だてにやってませんからね。休み明けに雑巾がいるのは幼稚園のときからの決まり事なのよ。それなのにあんたときたら何も言ってこないから」

「本当にごめん。あと、ありがとう」

「ふん。じゃあ、ちゃんと勉強しなさいよ」

「するよ」

 意外な答えだったのか、母さんが目を見開いた。

「行きたい大学が見つかった。そこに入るには、兄貴と同じ高校に行った方が良さそうだから、ちゃんとする」

「……まぁ、頑張んなさい」

 母さんが肩をすくめながら出て行こうとして、
「あ、凪ちゃんに受け取ったって連絡してね」
 と、付け足していった。