凪がその場に座り込んだ。俺もその隣にしゃがみ込む。

「……ごめん、凪。何もできなくて」

「……ううん。いいの。でも、お願いだから紺はもう帰って。私は大丈夫だから」

 凪は両手で顔を覆い隠し、肩も声も震わせていた。

「そんなのできるわけがない。こんなところに凪を一人置いてくなんて。さっきみたいな奴らがうろうろしてるだろうし。……凪、顔を見せて」

 俺は、凪の両手首を掴むとそっと顔から離した。抵抗はなかった。凪が俺を見つめた。俺は言葉を失った。瞬時に不良たちの言葉が理解できた。

 凪のトレードマークともいえる大きな瞳の片方が腫れぼったく、瞼が垂れ下がっていた。

「……本当にお岩さんみたいでしょ」

「……そんなことない。ないけど、どうして」

「分からない。分からないけど、勝手になるの。もう嫌」

 凪がまた両手で顔を隠す。その姿を見ていると居ても立ってもいられなくて、凪を抱き寄せた。腕の中にいる凪が俺の服をぎゅっと掴んだ。

 あっという間のような、随分と長い時間だったような、どちらとも判別できない時間が過ぎたあと、
「紺、凪ちゃん!」
 と、父さんの声がした。

「遅くなってごめん」

 凪が俺の腕の中からゆっくりと抜け出ると、父さんに顔を向けた。

「おじさん……」

「凪ちゃん、その顔……」

 父さんの反応に凪が悲しそうに顔を下に向けた。

「待って、凪ちゃん。おじさんに顔を見せて。ちょっと顔に触るよ。いいね? 医者としては見過ごせないから」

 父さんが凪の顔に手を伸ばした。俺にはどうすることもできなかった。涙が陶器みたいな凪の頬を伝っていくのをただ見ていた。

「MG……?」

 父さんがぽつりと呟いた。


 遠野凪は四つ年上の幼馴染で、俺が絶対に放っておけない人。