しばらく会話のないまま車は家を目指してすいすいと進んでいく。街を流れる川の上にかかる橋まで来ると、車が停止した。この辺りは信号や合流のせいで昼夜問わず混んでいる。ここは、父さんが行政になんとかして欲しいとぼやくポイントでもあり、いつもやってくる隠れ場所のだいたい真上でもある。

「あぁ、また止まった。本当に行政は何をしてるんだか……」

父さんの相変わらずの愚痴に笑ってしまいそうになり、助手席側の窓に目を向けた。奥の方の川面にビル群から零れ落ちた光が反射している。近くを見ると、河川敷へと降りていく俺御用達の階段が街灯に照らされている。

 その階段をこれから降りて行こうとする人の姿が視界に入った。

 こんな時間に河川敷に一人で?

 頭にふっと湧いた疑問は、その人のシルエットをくっきり捉えた瞬間に消えた。

「父さん、ストップストップ! 左に曲がって止めて!」

 俺が叫んだのは、父さんがやっと動き出したと安堵の声を漏らしたのと同時だった。

「ちょ、なんだって?」

「左折、左折。左折してストップ!」

 父さんが慌ててウィンカーを出し、ハンドルを切る。堤防沿いの細い道に入ったところで父さんは車を停めた。

「どうした? ここは道が細いし、あんまり停められないぞ」

「分かってる。だけど、凪が河川敷に降りて行ったと思うんだ。だから、俺、連れ戻してくる」

「凪ちゃんが? 分かった。それなら、とりあえず紺、頼む。父さんはこの先のもう少し道幅の広いところに車を停めたら追いかけるから。携帯は持ってるな」

 力強く頷くと、俺は車から出た。

 見間違いならそれでいい。でも、もし凪が一人でここにいる可能性が1%でもあるなら放っておくわけにはいかない。仮に違う人であったとしても夜に女性が一人河川敷に行くのは危険過ぎる。

 河川敷へと続く階段まで全速力で走った。

 白いブラウスにマスタードイエローのパンツ、前にここで会ったときと同じ格好が視界に入った。心臓が鷲掴みにされたような気分だった。