「かもね。洗濯物ずたずたになったらごめん」

 母さんが思わずふっと笑みをこぼした。雰囲気がさっきよりも柔らかくなった。

「そうなったらお小遣いしばらく停止にさせてもらいますから」
 そう言って、部屋から出て行こうとする母さんを、
「あのさ、兄貴の大学って夏休みいつまで?」
 と、引き留めた。

「お兄ちゃんの夏休み?」

 予想外の質問だったらしく、母さんがきょとんとした顔をする。

「そう」

「さあねぇ、いつまでかしら。9月いっぱいとか? 詳しくは知らないけど、結構長いみたいよ。でも、なんでそんなの聞くの?」
「さっき凪がおばさんとどこか行くのを見たから。まだいるのかと」

「あぁ、凪ちゃん。そういえばあんまり体調が良くないって、ともちゃんが言ってたわね」

 母さんが凪の母親をともちゃんと呼んだ。

「体調?」

「そう。一人暮らしのストレスか、新型ウィルス感染症の後遺症なのか分からないけど、とにかく体調がいまひとつらしいの。精神面も含めてってことだと思うけど」

 凪の体調がいまひとつ?

 じゃあ、この間会ったときも?

「心配よね。だから、体調が落ち着くまでは、ここから大学に通うかもしれないんだって。時間は結構かかるけど、通えないわけではないから。じゃあ、お母さんは洗濯機回してくるわ。もういつもよりだいぶ遅くなっちゃったじゃない」

 想定にない展開に言葉が出てこなかった。幸い、その沈黙を母さんは俺が心配していると解釈して、部屋から出て行った。

 扉がパタンと音を立てて閉まった。呆然と立ち尽くしながら、その音を俺は聞いていた。