暑い。
夏だ、真夏だ。

最近は地球温暖化ではなく地球沸騰化と表現するとテレビのニュースが以前言っていた。あの夏の代名詞の蝉にすら活躍の場を与えないなんて環境破壊の産物は実に無慈悲なものである。

「あー天国だな」
「マジそれ。外出とか無理」

祐樹(ユウキ)と彬(アキラ)は比喩じゃなく本当に生まれた時からの仲だ。
誕生日すら近く、生まれた病院も一緒でなんなら入院の時期も被っている。新興住宅地に並ぶ建売の一軒家の隣同士で、物心つく前から親同士もすごく仲が良い正しく家族ぐるみのお付き合いってやつをずっと続けている。
祐樹の父親は会社員、母親は近所にパートに出ていて家に居る時間はまちまち。片や彬の父親は今年の春に突然の辞令が出て名古屋に三年間の期限付きの単身赴任中で母親は大きな病院の看護師として働いているから夜勤もある。

このうだるような暑さの中外出なんて死んでもお断りである二人は親が居ない方の家を行き来して過ごしていた。
別に居てもやましいことなんて無いけれど、くたくたになって帰宅する彬の母親の貴重な睡眠時間の邪魔をするのは忍びないし、片方の家だけに居続けるのも光熱費とかを思うと申し訳ない。
昨今の思いつく限りほぼ全てに影響を及ぼしている物価の上昇は安易に馬鹿に出来ないこと位もう高校生になった二人は知っている。
だから二人はお金を掛けないことで楽しんでこの灼熱の夏を乗り切ろうとしていた。
その結果、エアコンの効いた快適な室内でダラダラと過ごすことが結局最高! と言う結論に今の所落ち着いているのだ。

「鈴木からライン来た?」
「来た。でも俺はパス。このクソ暑い中海とかマジ勘弁」

お互いスマホを見ながらふと話題を思いついた時だけ会話。
毎日ジュースが飲みたいだなんて贅沢は言わない。麦茶で良い。麦茶が、良い。だって祐樹の母親がわざわざ煮だしてくれる麦茶はとっても美味い。お湯が沸騰すると塩素が抜けてしまうから持ちが悪くなるとかで毎日新しく作ってくれるのだから、本当に感謝である。

「ははは! だよな? 俺もパスした。あいつ体力ありすぎ」

クラスでもトップクラスの体力馬鹿鈴木は良い奴だけどとにかく元気だ。一日たりとも無駄にはしない! と言う強い心でこの夏を無駄に謳歌しているが、根っからのインドア派である祐樹と彬にはたまにちょっとしんどい。
でも大丈夫。
鈴木と一、二を争う体力馬鹿佐々木が居るから問題ない。あの二人が揃えばこの夏もきっと思い出塗れに出来るはずだ。鈴木と佐々木……名前もなんか、波長が合いそうだし。

ちなみに今二人は今祐樹の家に居る。それは今日も夜勤に出なければならない彬の母親が自宅で眠っているからだ。
冷蔵庫に貼られたシフト表で祐樹の母の帰宅は早くても十九時手前になることも分かっている。
まあ、母親が帰宅したところで二階にある祐樹の部屋に突入してきてどうこうなんて今まで一度も無い。
母親は帰宅してすぐに普通に夕飯を作り始め、何も言わず彬の分も用意してくれる。一々確認なんてしなくても靴を見れば全部お見通しになる位二つの家族の間には積み重ねた歴史があるのだ。



現在の時刻は十四時半。
最も暑いと言っても良い時間帯。
断熱機能もあるちょっと良いレースのカーテンが適度に外気を遮断しつつも部屋の中を明るくしてくれる。健気に頑張るエアコンがたまにごーっと小さく鳴る程度で部屋の中は静かだった。

――ピロン。

同時に二人のスマホが鳴る。
仲のいいグループで作っている簡易的な連絡用のトークルームに同じ友人からメッセージが届いたのだ。

「「は?」」

ほぼ同時にそれを通知で確認して、二人揃って間抜けな声が出る。

「マジか……田中が一抜けしやがった」
「予想外過ぎんだろ。しかも相手くっそ可愛かったし」

既読を付けず通知読みしただけだが田中が言いたいことは祐樹と彬に即伝わった。ついに、ついに自分たちのグループから『脱童貞』を果たす猛者が現れたのだ。
祐樹と彬は陽キャでは無いけれど、陰キャでもない。スクールカーストの真ん中らへんだと自分達でも思っているし、周囲の認識もそれで合っている。

だが田中は言っちゃ悪いけど限りなく陰キャ寄りの真ん中らへんなのだがアイツはFPSがクッソ上手くて、ゲーム配信までしている特技で頭一つ抜けている特異な男だ。
その関係で「俺騙されてんじゃね?」って自分で言う位可愛い年上の彼女が出来たと言っていたし、並んで写っている画像も見せて貰った。ちょっと地雷臭を感じるけど今どきの女子大生って感じで正直かなり羨ましい。
あれだけ可愛かったら別に地雷でもいいやと画像を見せられた時二人は素直に思った。

「〇ねってスタンプだけ送ろ」
「ああ、俺もそれにする。羨ましすぎてマジ無理」

シュッと送って後はシカトだ。
せいぜいパソコンに向かって勇ましくカチカチやっとけ、羨ましいなクソが。


二人にとって『愛』は見当もつかないほど壮大で、でもとても朧げなものだ。
『恋』も、これが恋なのか? と言う程度に淡いものが一、二回あった程度。
そんなレベルじゃ自分が好きになって、自分の事を好きになってくれた相手と触れ合うなんて……ちょっとどころか全く現実味が無い。


――ピロン。

またスマホが鳴った。
田中の自慢の連投なら未読スルーしてやる。そう心に決めて画面の上部に出た通知を見ると、何やらリンクが貼ってあるようだ。

「なんだ?」
「……動画っぽい」

自分のスマホで撮った動画なら直接添付できる。
だがそれをせずに敢えてリンクを書いてくるとは何か理由があるのか? そう思って二人揃ってクリックした。
二人のスマホにはちゃんとセキュリティソフトは入っているけれどフィルタリングはもう外れている。その代わり、妙な真似をして金銭的な損害が出たら働いてキッチリ返せよ? とそれぞれの両親から釘を刺されているのだ。
とっくに何度も突破した経験がある年齢確認の画面を「さーせん」と思ってもいない一言で突破して表示されたのはアイマスクをした若い女の子が漫画みたいに「あん、あん」と鳴いて綺麗な丸いおっぱいを上下させながら揺れている動画だった。

「は?」
「何考えてんだ?」

一旦画面を切り替えて戻るとリンクだけ書いていた真下に投稿した張本人である佐々木のコメントが増えていた。


『田中おめでとう
でも俺は泣きたくなったので一番のおかずを捧げます
取り敢えず最後まで見てください
世界は広いです』


「アイツ……やっぱアホだな」
「な」

単語しか普段返して来ないくせにこれだけ頑張って文字を打って、余程ショックだったのだろう。
二人は慰めるようなスタンプをそれぞれ一つ返して……男の子だもの、また動画に戻った。

「アイツこう言うタイプが好きなんだな」
「な。つーかこの声さ、確かに可愛いけど演技じゃねえの? 嘘くさくね?」
「わかる」

画面の中で女の子はあんあんと可愛く鳴いている。
下から突き上げられて、白い胸がたゆんたゆんしている。

でもなんか……二人の性癖にはフィットしなかった。何と言うか、全然そそられない。

「俺これあんまハマんねえわ」
「俺も。なあ、お前いつもどんなん見てんの?」
「緊縛かソフトな拘束放置のヤツ」
「俺人妻。いっちゃん好きなのは団地妻」

ははは! と同時に噴き出した。
これが他の友人達が居ればもっと後の事も考えて当たり障りの無い言葉を探しただろうが、二人の間にはそんな遠慮はいらない。
麦茶を同時に飲み干して、それぞれがブックマークしている自分のお気に入りを表示させてスマホを交換する。
いちいちそれぞれ検索するよりずっと早い。

「おーマジか! めっちゃ縄だな!」
「おい、風呂上がりにパジャマでもバスタオルでもなくてくたびれたスウェットって逆にエロいな!」

暫し無言でそれぞれ見入った。……これは、今まで見てなかったけど良いかも知れない。いや、良い。
素人投稿系なのだがどちらも顔を隠していないから表情までハッキリと分かる。

先ほど佐々木が寄越した動画との大きな違い、それは顔と声だ。祐樹と彬のお気に入りのおかずは、どちらも顔を歪ませて時には可愛いとは言えない声で喘いでいる。
勿論これだって多少の演技はしているだろうけれど、エロゲみたいな可愛さだけを抽出した「あんあん」よりはリアリティを感じられてずっと好ましい。

「お」
「すげぇ偶然」

並べて見ているから喘ぎ声が二重になっているけど、それはそれで良い。
二人は二台並んでエロ動画を映すスマホを見て気付いた。……どちらも、女性が手で性器を扱いている。
祐樹と彬は生粋の童貞だ。女子との経験はキスはおろか手を繋いだのも保育園が最後と言うレベルである。だから恋人はずっと自分の右手オンリー。
ふと同時に、脳裏にあった言葉が声になって出て来た。

――自分以外の手コキってそんな良いんかな?


「「……――」」


暫しの沈黙。
スマホの中の女性達は編集によって場面が変わったのか、気持ち良さそうにまた鳴いている。
一人は縛られて玩具を入れられてそれとは別に男が吊るす別の玩具に自分の気持ち良い場所を当てようと腰を動かして頑張っているし、もう一人は明らかに年上の男に後ろから貫かれて汚い声で絶頂を叫んでいる。

「えっろ。見ろ乳首、マジでびんびんじゃん」
「あー……俺こう言う汚ェ声のがクるわ」

的確な視覚刺激と大き目の喘ぎ声に、若い性欲は簡単に燻り出した。……なんつーか、普通に勃ってる。



「「…………」」



また、沈黙。
鈴木や佐々木、田中とかなら絶対に! 何を、どう足掻いても検討する余地も無くナシなので一ミリも迷わないが……『コイツ』なら、イケるかもしれない。

同時に頷いてまたも同じ言葉が出た。



――抜きっこ、やってみねえ?



時刻は十五時。
外は相変わらず嫌になる程明るいけれど、時間はまだ十分にある。同時に頷いて、二人揃って部屋着にしている中学時代の体育で履いていたハーフパンツを少しずらした。




***


「ちょ、待てマジ俺を早漏にすんな」
「なんだよ? 別にそんなん良いだろ」

部屋の温度がこの行為によって少し上昇したのかただの偶然か、自動運転にしているエアコンが風力を上げて健気に頑張っている。
自分一人でのオナニーしか知らない二人には、今現在体験している感覚はとても強い。
視覚も、嗅覚も、聴覚も、触覚も……何もかもが、とにかく強い。

最初自分で自分を扱く時より気持ち控えめに触れたら、なんだかとてもくすぐったくて同時に笑った。
俺はいつもこれくらいで握る。ああ、俺もそうだわ。――そんな間抜けな会話をして抜きっこは始まった。

「コレ、……やばいな」
「おう……すげぇ、やべえ」

ただでさえ豊富とは言えない語彙力が大幅に減る。
でもそんなことが全く気にならない位に、物凄く気持ちいい。

夢中になって手を動かすと、ぐちぐちと二人分の粘度の高い音が部屋に響く。
おかず代わりに見ていた動画はどちらもとっくに終わっていて十五秒見ればスキップできる間抜けな広告が延々流れているがそんなことはどうでも良かった。

「ッ――いつもよりめっちゃ先走り出てる」
「俺もッ……ぁー、普段足りねえ時は唾落とす時もあるから今日はすげぇ」

流石同じ男同士。
弱いところも、絶妙な刺激の強さも当然のように把握済みだ。ただ自分以外の性器を扱くのが初めてで少し手探りな部分があるだけでそれ以外はなんの問題も無い。
二本並んだ性器を見て、馬鹿になりだした頭で会話が続く。

「お前……太いな」
「お前こそ、長いじゃねえか」

自分たちの性器の成長がいつまで続くのかは分からないが、今現在は体積の総量で言うと同じくらいだと思う。

お前の方が太い。
うるせえ、お前の方が長ぇだろ。
お前の方がカリがでけぇ。
うるせえ、お前の方がクソ反ってんだろ。

ぐちゅぐちゅと少しだけ慣れてスムーズになった扱き合いが続く。これは気持ちが良い。癖になりそうだ。
若さゆえ硬さはどちらも申し分ない。

はぁ、と熱い息を吐き出してずっと性器ばかり見ていた視線を上げたのは二人とも同時だった。

「顔見んな、恥ぃ」
「お前だって見てんだろ。俺だって恥ぃわ」

言いながらも段々双方余裕が無くなって来る。

「……ッハァ俺、いつもイく時はこんな感じだけどお前ッどうしてる?」
「ッ、ぐ……待て。俺はこうしてる」

ぐちゅぐちゅ。
後はもうお互い言葉を交わす余裕が無くなって、無心に手を動かした。

「やべ、出る」
「俺もっ」

射精の瞬間、無意識に双方空いていた手を相手の性器に持って行って噴き出た自分でも「今日多いな」と言う量の白濁を各々が掌で受け止める。危なかった。コレ、フォローが遅かったら絶対ぶっかけていた。

初めての感覚で迎えた射精の余韻に浸りつつはあはあと荒い息を繰り返し、取り敢えず傍にあったティッシュをそれぞれ引き抜いて手を乱雑に拭う。

「「…………」」

自分以外の精子の温度を知ったのは、初めてだ。部屋にこもる独特の淫臭も一人で処理していた時とは全然違う。
いつもの賢者タイムが来た。
射精とコレはセットなので、さあ強制的に冷静になった頭でこの状況をどうしよう……普通ならそう思った筈なのに、違った。


「「…………」」


また、沈黙。
だが自然と双方の視線がなんだか言葉にし難い気持ちを抱いて無意味に握っては開くと言う動作を繰り返していた手から顔に移った。
視線が合う。
ずっと、子供の時からずーっと。なんなら双方の親よりもお互いの事を知り尽くしていると断言出来る位いつも傍にいたお互いに見慣れた顔だ。

――二人にとって『愛』は見当もつかないほど壮大で、でもとても朧げなものだ。
現時点ではさっぱり分からない。
『恋』も、これが恋なのか? と言う程度に淡いものが一、二回あった程度で正直これもまだ良く分かっていない。





――なあ、キスとか……してみねぇ?



どちらか片方が言ったのかそれとも二人同時に言ったのか……それもまた、さっぱりと分からなかった。