「ねぇ陽希。このシーンってどういう表現をしたら良いと思う?」
「あー……そのシーンかぁ。ここはね…………」
ある日のこと、僕、冬野陽希と横にいる彼女、夏宮陽光は、いつものように河川敷で台本を読んでた。
「で、こうすれば視聴者に伝わるんじゃないかな。上手く教えられた気はしないけど……どう? 分かった?」
「流石は陽希! 分っかりやすぃ!」
僕の不安とは裏腹に、陽光はにひひと笑う。
しばらく笑顔を浮かべていた彼女だが、ふと真剣な表情へと変わる。
「ねぇ、陽希」
「ん?」
「私たちが初めて会った時のこと覚えてる?」
「勿論覚えてるよ」
「あの時は急に声かけられてびっくりしたよ〜。しかも男の子だったしさ」
「我ながら僕も大胆なことをしたなって思うよ」
「出会って一番最初の言葉が『世界で一番有名な俳優になりたいんだ。だから、僕の練習相手になってくれ!』だよ? しかも、私は高校生になったばかり、陽希なんてまだ中学生だったし。普通の人なら速攻で逃げるよね」
「その話だと陽光は普通じゃないってことになるな」
「確かに」
当時のことを思い出しながら、二人で微笑み合う。
すると、ふと陽光が僕の方を見つめながらポツリと言葉を溢す。
「貴方との思い出は、何があっても私の心に残し続けるから。出会った時のことも、今日みたいな何気ない日のことも。そして、貴方のことも」
陽光が、いつからか口癖のように言い始めた言葉だ。
最初は、何故"記憶"じゃないんだろうと思った。
それに、まるで僕か陽光のどちらかに"何かが起こる"と予言しているかのようにも感じる。
いつだったか、その言葉の真意を聞こうとした。だがその時、陽光はこう言った。
「言ってあげたいけど…………ごめんなさい。言えないの…………」
今は知らなくてもいずれ分かる時がくるだろう、当時の僕はそう思っていた。でも、その考えがよくなかった。
その言葉の意味を知る前に、僕は
──────最愛の彼女を失った。
彼女は、僕を守って儚い命の灯火を消した。
更に最悪なことに僕の記憶には、"陽光に守ってもらった"ということ以外、何も残っていなかった。
自分の愚かさを呪った。自分の弱さを憎んだ。
そして、日が経つ毎に連れ、闇に呑まれるかの如くどんどんと消えていく幸せな記憶。
僕の心を蝕むかのように広がっていく喪失感。
まるで、○○の存在が最初からなかったかのように。
(あれ…………? 僕の前から消えてしまった大切なものは何だっけ…………)
僕はこの夏、何かを失った──────
*
それから二年の時が流れ、僕は高校二年生になった。
僕は何か大切だったものを失ったあの日から、毎日腑抜けの殻となっていた。
それでも、演技磨きを辞めたことは一度もなかった。
毎日気が狂ったように、まるで同じことを繰り返す機械のようにたくさん練習をして、たくさんオーディションを受け、たくさんの経験を積んだ。
そのおかげもあってか、今の僕は世界一までとはいかなくとも、日本である程度名の知れた若手俳優くらいにはなることが出来た。
何が僕をここまでさせたのかは分からない。
だが、人間の本能なのだろうか。目的を終えると、自然に家へと脚が向かう。
大事なことを忘れているのにも関わらず生きている、そんな自分が嫌になる。
でも、心のどこかで誰かが叫んでいる。
"陽希くんは私の分まで生きて"と。
ボーッとしていたら、ある河川敷の前を歩いていたことに気づく。
何故だろうか、とても懐かしい気持ちになる。
太陽の光が反射して輝いている水辺を眺めていたら、白いシャツに黄色のショートパンツの人が僕の視界に映った。
その刹那、あの時の記憶がフラッシュバックする──────
あれは中学三年生のオーディション帰り。僕は、自分の無力さに打ちひしがれていた。
何も考えたくなくてボーッと河川敷を歩いていたとき、ふと小さな声が僕の鼓膜を揺らした。
『あぁ、なんて私は無力なの……私は……私は……私の一番大切なものすら守れないの?』
それは、僕の落ちたであろうオーディションのヒロイン役の台詞だった。
その声がする方へ視線をやると、白いシャツに黄色のショートパンツの女性が河川敷で一人、涙を流しながら演技の練習をしていた。
────ドクン。
僕の心臓が跳ねる。
気がついた時には、僕は彼女の元へ走り出していた。
『あの…………』
『はい? 何ですか?』
『僕、冬野陽希って言います。その……突然なんですけど貴女の演技に一目惚れしました! 僕、世界で一番有名な俳優になりたいんです。だから、僕の練習相手になってくれませんか? そ、それか……まずは友達からでいいので連絡先を交換してくれませんか?』
『…………ごめんなさい。って普通なら言うんでしょうけど…………何でだろう。貴方となら良いかもって思っちゃったなぁ。これって運命って言うんですかね?』
『僕も今まででこんなことしたのは初めてで…………でも貴方を見た瞬間、身体が勝手に動いたんです。まるでこれが……運命だと言われてるみたいでした』
『私たち、お互い何を言っているんでしょうね』
『ですね』
『『あははは』』
『じゃあ、これからよろしくお願いしますね!』
風に靡く美しい黒髪、パッチリとした目元にぷっくりとした唇。
そう、彼女の名前は──────
あの時の記憶が洪水のように頭の中を流れる。
そうだ、僕は昔、ある女性にこの河川敷で声をかけたんだ。
ゆっくりと女性に近づくと、間違いなくそこに居たのは
──────亡くなったはずの夏宮陽光だった。
なぜこんなに大事な人のことを今まで忘れていたのだろう。
あぁ、会いたかった。
あぁ、謝りたかった。
あぁ、守りたかった。
様々な気持ちが、僕の心の中で暴れている。だか、何よりも感じることがあった。
"どうして彼女がいるのだろうか?"
「あの!」
気がつくと僕はあの時みたいに彼女に声をかけていた。
彼女が振り返ると、とても懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。
「はい? どうかしましたか?」
「夏宮陽光さん…………ですよね?」
「そうですけど…………どうして、私の名前を知っているのですか?」
僕は言葉を失った。
これは夢か? 人違いか? いや、話し方も雰囲気も全部、陽光そのままだ。
じゃあ何故、僕のことを覚えてないんだ……?
「答えられないなら質問を変えますね。貴方のお名前を聞いてもいいですか?」
「僕は…………冬野陽希です」
僕の名前を聞いた途端、彼女の目が見開かれる。
「貴方が…………冬野陽希くん……?」
「そうだよ陽光! 僕のこと覚えてる?」
「ごめんなさい……私は君のことを知らない。だって私は…………夏宮陽光であって、夏宮陽光じゃないから」
陽光であって、陽光じゃない? どういうことだ……?
「ごめん。それだけじゃ分からないよね────」
そう言って彼女は僕の方に向き直った。
「─────私、アンドロイドなんだ」
驚きで言葉が出ない僕に、彼女の口から更にある事が明かされる。
「そして驚かないで欲しいんだけど────君もアンドロイドなんだよ。冬野くん」
彼女から伝えられた衝撃の事実に、鼓動が速まり、足が震える。だが、そんな僕のことを気にすることもなく、彼女は続ける。
「唐突で申し訳ないけど、時間がないから簡潔に説明するね。まず私は…………君との記憶はない、チップを入れ替えられた夏宮陽光よ」
チップ……? 何のことだ……?
「そして私達は…………国の極秘機関、"ジーン"が作った半アンドロイドなんだ。アンドロイドって言っても…………身体はほとんど人間そのものなんだけどね」
「………………」
「それでね、私達の脳の中にはチップが埋め込まれているの。そのチップには、私達の考えてる事とか感じている事、全ての情報が記録されていて、私達の意志と関係なく、動かす事ができたり、記憶を改竄することもできる」
どんどん明らかになっていく衝撃の事実。
「その事を知った昔の私は、私と君のチップを取り除こうと動き出したみたいなの。私達の自由を取り戻すために。でもその途中、ある事が分かったの────」
僕は緊張で乾いた喉を鳴らす。
「─────彼らは君の記憶を消そうとしてたんだよ」
夏の生暖かい風が頬を撫でる。
「何で消そうとしたかまでは分からないままなんだけどね……」
彼女がそう言うのと同時に、当時の記憶が少しずつ戻ってくる。
「そうだ…………! 僕が黒ずくめの人達に追われてたら、いきなり背中に衝撃がきて……後ろを見たら陽光が倒れていて…………」
『私のことは大丈夫…………絶対……陽希に会いに行く…………だから……今はとにかく逃げて!』
「そういうことだったのか…………」
「その時のことを今の私は覚えていないけど、普通なら彼らに居場所は分かるはずなんだよね…………多分、昔の私が冬野くんを押して倒れた時の衝撃かなんかで正常に機能しなくなったのかな。でも、そのおかげで君にまた会えた」
彼女が少しばかり微笑んだような気がした。
「まぁそれは置いておいて。ここからが重要なんだけど…………私も結構派手な動きをしたせいで、彼らに見つかったら多分、今度は完全に存在を消される。君は記憶を消される。そして、彼らはもうすぐ君や私の居場所を突き止めるはず。だから私は、その前に君を見つけようと思って昔の私との思い出があるここにずっといたの」
そのためにここで何日も…………
「今すぐにチップを取り除きに行きましょう。心配はいらないわ、私のチップも取り替えてくれた信頼出来る人がいるから」
「分かった。じゃあ、よろしく頼む」
二人で笑い合って、立ち上がる。
それとほぼ同時に、後ろで"ザッ"っと足音がした。
「やっと見つけたぞ。二人とも」
振り返ると、後ろにいたのはあの時の黒ずくめの男二人だった。
一気にその場に緊張感が走る。
「なんで……!? まだバレないと思っていたのに!?」
「甘いな。さぁ、大人しくこっちに来い」
「嫌だ! 記憶は改竄されても…………私達の創り上げた心までは改竄させない!!!」
陽光が叫ぶ。
「では、力づくで連れて行くしかないな」
黒ずくめの男二人が構える。
陽光の肩がビクリと跳ねる。
「逃げて」
陽光が小さな声で呟く。
「いや、僕は逃げない」
「なんで…………」
別に、僕のことを守る必要はなかった。
自分のことだけ考えていればよかった。
なのに陽光は、自分だけでなく、僕の未来も変えようとしてくれた。
だから…………
「今度は僕が君を守る番だ」
「で、でも……」
「守らせてくれ」
僕は微笑みを浮かべる。
「君はいつも言ってただろ? 何があっても、心に残すって。大丈夫、心のどこかに君を残す…………」
強がりかもしれない。
もう思い出せないかもしれない。
「…………絶対に思い出すよ。君のこと。だから────」
だけど僕は精一杯の笑顔を浮かべて伝える。
「────その時まで、待っててくれないか?」
そう言って俺は、男二人へと駆け出す。
「陽希!!」
今の陽光が唐突に僕の名前を叫ぶ。
この叫びは、心のどこかにいる昔の陽光なのかもしれない。
「絶対、また会うぞ!」
「うん、約束!」
陽光は美しい顔に涙を浮かべ、地を蹴る。
「逃すか!」
黒ずくめの男の一人が陽光を追おうとするが…………
「行かせないぜ!」
僕は全身全霊で二人の動きを止める。
「小癪な!」
二人は諦めたのか、彼女を追う事はなく僕を取り押さえてきた。
僕は今から向かう。
昔の彼女の元へ。そして、新たな未来へ向かって──────
─────それから、再び私がある男の人に河川敷で声をかけらたのは、数年後の話。
「あー……そのシーンかぁ。ここはね…………」
ある日のこと、僕、冬野陽希と横にいる彼女、夏宮陽光は、いつものように河川敷で台本を読んでた。
「で、こうすれば視聴者に伝わるんじゃないかな。上手く教えられた気はしないけど……どう? 分かった?」
「流石は陽希! 分っかりやすぃ!」
僕の不安とは裏腹に、陽光はにひひと笑う。
しばらく笑顔を浮かべていた彼女だが、ふと真剣な表情へと変わる。
「ねぇ、陽希」
「ん?」
「私たちが初めて会った時のこと覚えてる?」
「勿論覚えてるよ」
「あの時は急に声かけられてびっくりしたよ〜。しかも男の子だったしさ」
「我ながら僕も大胆なことをしたなって思うよ」
「出会って一番最初の言葉が『世界で一番有名な俳優になりたいんだ。だから、僕の練習相手になってくれ!』だよ? しかも、私は高校生になったばかり、陽希なんてまだ中学生だったし。普通の人なら速攻で逃げるよね」
「その話だと陽光は普通じゃないってことになるな」
「確かに」
当時のことを思い出しながら、二人で微笑み合う。
すると、ふと陽光が僕の方を見つめながらポツリと言葉を溢す。
「貴方との思い出は、何があっても私の心に残し続けるから。出会った時のことも、今日みたいな何気ない日のことも。そして、貴方のことも」
陽光が、いつからか口癖のように言い始めた言葉だ。
最初は、何故"記憶"じゃないんだろうと思った。
それに、まるで僕か陽光のどちらかに"何かが起こる"と予言しているかのようにも感じる。
いつだったか、その言葉の真意を聞こうとした。だがその時、陽光はこう言った。
「言ってあげたいけど…………ごめんなさい。言えないの…………」
今は知らなくてもいずれ分かる時がくるだろう、当時の僕はそう思っていた。でも、その考えがよくなかった。
その言葉の意味を知る前に、僕は
──────最愛の彼女を失った。
彼女は、僕を守って儚い命の灯火を消した。
更に最悪なことに僕の記憶には、"陽光に守ってもらった"ということ以外、何も残っていなかった。
自分の愚かさを呪った。自分の弱さを憎んだ。
そして、日が経つ毎に連れ、闇に呑まれるかの如くどんどんと消えていく幸せな記憶。
僕の心を蝕むかのように広がっていく喪失感。
まるで、○○の存在が最初からなかったかのように。
(あれ…………? 僕の前から消えてしまった大切なものは何だっけ…………)
僕はこの夏、何かを失った──────
*
それから二年の時が流れ、僕は高校二年生になった。
僕は何か大切だったものを失ったあの日から、毎日腑抜けの殻となっていた。
それでも、演技磨きを辞めたことは一度もなかった。
毎日気が狂ったように、まるで同じことを繰り返す機械のようにたくさん練習をして、たくさんオーディションを受け、たくさんの経験を積んだ。
そのおかげもあってか、今の僕は世界一までとはいかなくとも、日本である程度名の知れた若手俳優くらいにはなることが出来た。
何が僕をここまでさせたのかは分からない。
だが、人間の本能なのだろうか。目的を終えると、自然に家へと脚が向かう。
大事なことを忘れているのにも関わらず生きている、そんな自分が嫌になる。
でも、心のどこかで誰かが叫んでいる。
"陽希くんは私の分まで生きて"と。
ボーッとしていたら、ある河川敷の前を歩いていたことに気づく。
何故だろうか、とても懐かしい気持ちになる。
太陽の光が反射して輝いている水辺を眺めていたら、白いシャツに黄色のショートパンツの人が僕の視界に映った。
その刹那、あの時の記憶がフラッシュバックする──────
あれは中学三年生のオーディション帰り。僕は、自分の無力さに打ちひしがれていた。
何も考えたくなくてボーッと河川敷を歩いていたとき、ふと小さな声が僕の鼓膜を揺らした。
『あぁ、なんて私は無力なの……私は……私は……私の一番大切なものすら守れないの?』
それは、僕の落ちたであろうオーディションのヒロイン役の台詞だった。
その声がする方へ視線をやると、白いシャツに黄色のショートパンツの女性が河川敷で一人、涙を流しながら演技の練習をしていた。
────ドクン。
僕の心臓が跳ねる。
気がついた時には、僕は彼女の元へ走り出していた。
『あの…………』
『はい? 何ですか?』
『僕、冬野陽希って言います。その……突然なんですけど貴女の演技に一目惚れしました! 僕、世界で一番有名な俳優になりたいんです。だから、僕の練習相手になってくれませんか? そ、それか……まずは友達からでいいので連絡先を交換してくれませんか?』
『…………ごめんなさい。って普通なら言うんでしょうけど…………何でだろう。貴方となら良いかもって思っちゃったなぁ。これって運命って言うんですかね?』
『僕も今まででこんなことしたのは初めてで…………でも貴方を見た瞬間、身体が勝手に動いたんです。まるでこれが……運命だと言われてるみたいでした』
『私たち、お互い何を言っているんでしょうね』
『ですね』
『『あははは』』
『じゃあ、これからよろしくお願いしますね!』
風に靡く美しい黒髪、パッチリとした目元にぷっくりとした唇。
そう、彼女の名前は──────
あの時の記憶が洪水のように頭の中を流れる。
そうだ、僕は昔、ある女性にこの河川敷で声をかけたんだ。
ゆっくりと女性に近づくと、間違いなくそこに居たのは
──────亡くなったはずの夏宮陽光だった。
なぜこんなに大事な人のことを今まで忘れていたのだろう。
あぁ、会いたかった。
あぁ、謝りたかった。
あぁ、守りたかった。
様々な気持ちが、僕の心の中で暴れている。だか、何よりも感じることがあった。
"どうして彼女がいるのだろうか?"
「あの!」
気がつくと僕はあの時みたいに彼女に声をかけていた。
彼女が振り返ると、とても懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。
「はい? どうかしましたか?」
「夏宮陽光さん…………ですよね?」
「そうですけど…………どうして、私の名前を知っているのですか?」
僕は言葉を失った。
これは夢か? 人違いか? いや、話し方も雰囲気も全部、陽光そのままだ。
じゃあ何故、僕のことを覚えてないんだ……?
「答えられないなら質問を変えますね。貴方のお名前を聞いてもいいですか?」
「僕は…………冬野陽希です」
僕の名前を聞いた途端、彼女の目が見開かれる。
「貴方が…………冬野陽希くん……?」
「そうだよ陽光! 僕のこと覚えてる?」
「ごめんなさい……私は君のことを知らない。だって私は…………夏宮陽光であって、夏宮陽光じゃないから」
陽光であって、陽光じゃない? どういうことだ……?
「ごめん。それだけじゃ分からないよね────」
そう言って彼女は僕の方に向き直った。
「─────私、アンドロイドなんだ」
驚きで言葉が出ない僕に、彼女の口から更にある事が明かされる。
「そして驚かないで欲しいんだけど────君もアンドロイドなんだよ。冬野くん」
彼女から伝えられた衝撃の事実に、鼓動が速まり、足が震える。だが、そんな僕のことを気にすることもなく、彼女は続ける。
「唐突で申し訳ないけど、時間がないから簡潔に説明するね。まず私は…………君との記憶はない、チップを入れ替えられた夏宮陽光よ」
チップ……? 何のことだ……?
「そして私達は…………国の極秘機関、"ジーン"が作った半アンドロイドなんだ。アンドロイドって言っても…………身体はほとんど人間そのものなんだけどね」
「………………」
「それでね、私達の脳の中にはチップが埋め込まれているの。そのチップには、私達の考えてる事とか感じている事、全ての情報が記録されていて、私達の意志と関係なく、動かす事ができたり、記憶を改竄することもできる」
どんどん明らかになっていく衝撃の事実。
「その事を知った昔の私は、私と君のチップを取り除こうと動き出したみたいなの。私達の自由を取り戻すために。でもその途中、ある事が分かったの────」
僕は緊張で乾いた喉を鳴らす。
「─────彼らは君の記憶を消そうとしてたんだよ」
夏の生暖かい風が頬を撫でる。
「何で消そうとしたかまでは分からないままなんだけどね……」
彼女がそう言うのと同時に、当時の記憶が少しずつ戻ってくる。
「そうだ…………! 僕が黒ずくめの人達に追われてたら、いきなり背中に衝撃がきて……後ろを見たら陽光が倒れていて…………」
『私のことは大丈夫…………絶対……陽希に会いに行く…………だから……今はとにかく逃げて!』
「そういうことだったのか…………」
「その時のことを今の私は覚えていないけど、普通なら彼らに居場所は分かるはずなんだよね…………多分、昔の私が冬野くんを押して倒れた時の衝撃かなんかで正常に機能しなくなったのかな。でも、そのおかげで君にまた会えた」
彼女が少しばかり微笑んだような気がした。
「まぁそれは置いておいて。ここからが重要なんだけど…………私も結構派手な動きをしたせいで、彼らに見つかったら多分、今度は完全に存在を消される。君は記憶を消される。そして、彼らはもうすぐ君や私の居場所を突き止めるはず。だから私は、その前に君を見つけようと思って昔の私との思い出があるここにずっといたの」
そのためにここで何日も…………
「今すぐにチップを取り除きに行きましょう。心配はいらないわ、私のチップも取り替えてくれた信頼出来る人がいるから」
「分かった。じゃあ、よろしく頼む」
二人で笑い合って、立ち上がる。
それとほぼ同時に、後ろで"ザッ"っと足音がした。
「やっと見つけたぞ。二人とも」
振り返ると、後ろにいたのはあの時の黒ずくめの男二人だった。
一気にその場に緊張感が走る。
「なんで……!? まだバレないと思っていたのに!?」
「甘いな。さぁ、大人しくこっちに来い」
「嫌だ! 記憶は改竄されても…………私達の創り上げた心までは改竄させない!!!」
陽光が叫ぶ。
「では、力づくで連れて行くしかないな」
黒ずくめの男二人が構える。
陽光の肩がビクリと跳ねる。
「逃げて」
陽光が小さな声で呟く。
「いや、僕は逃げない」
「なんで…………」
別に、僕のことを守る必要はなかった。
自分のことだけ考えていればよかった。
なのに陽光は、自分だけでなく、僕の未来も変えようとしてくれた。
だから…………
「今度は僕が君を守る番だ」
「で、でも……」
「守らせてくれ」
僕は微笑みを浮かべる。
「君はいつも言ってただろ? 何があっても、心に残すって。大丈夫、心のどこかに君を残す…………」
強がりかもしれない。
もう思い出せないかもしれない。
「…………絶対に思い出すよ。君のこと。だから────」
だけど僕は精一杯の笑顔を浮かべて伝える。
「────その時まで、待っててくれないか?」
そう言って俺は、男二人へと駆け出す。
「陽希!!」
今の陽光が唐突に僕の名前を叫ぶ。
この叫びは、心のどこかにいる昔の陽光なのかもしれない。
「絶対、また会うぞ!」
「うん、約束!」
陽光は美しい顔に涙を浮かべ、地を蹴る。
「逃すか!」
黒ずくめの男の一人が陽光を追おうとするが…………
「行かせないぜ!」
僕は全身全霊で二人の動きを止める。
「小癪な!」
二人は諦めたのか、彼女を追う事はなく僕を取り押さえてきた。
僕は今から向かう。
昔の彼女の元へ。そして、新たな未来へ向かって──────
─────それから、再び私がある男の人に河川敷で声をかけらたのは、数年後の話。