「じゃあ僕は帰りますんで」

「まぁそう言わんとスイカ喰ってけ。今日は暑かったじゃろ。熱中症になったら大変じゃからの」

「えっと、その、お気持ちだけで十分です。もうだいぶいい時間ですし」

 僕は、西沢さんとのことを聞かれないうちに帰ろうとしたんだけど。

「いいから喰ってけ、スイカ喰うくらいすぐじゃすぐ」
「えっと……」

「食うか食うまいか迷ったら食え、と昔から言うじゃろうて?」
「すみません、そんなの初めて聞きました」

「戦後すぐは言っておったんじゃよ。なにせ食べ物がなかったからの。食べれる時に食べんといかんかったんじや」

「それはその……大変な時代だったんですね」

 第二次世界大戦で敗戦した後の日本がとても貧しくて大変だったことは、歴史の授業でも習ったので知っている。

 でも実際に当時を知る人に言われると、なんとも重みが違っていた。
 そのせいでかなり断りづらい。

「そういうことじゃから、切ってくるでの。入ってすぐ左が居間じゃから、ちと待っててくれの」

「ま、まぁ……そこまで言うならお言葉に甘えます……」

 やや強引に既成事実化されてしまった僕は、ちょっと気持ちが弱っていたこともあって言われるがままに居間へと上がった。

 すぐにおばあちゃんが切ったスイカを持ってやってくる。

「ほれ、食べなされ。熊本のスイカじゃ、美味しいぞ?」
「いただきます……あ、すごくジューシーで甘いです」

 水分たっぷりの強い甘味が、僕の弱った心に染み込んでくる。

「一番大きくて一番甘いのを買ってきたからの。最近は糖度表示が正確じゃから、昔みたいに目利きせんでもよくなって便利になったわい」

「あ、それ前にテレビで見たんですけど、今は機械で測ってるんですよね。非破壊タイプのができて便利になったって言ってました」

「ほんと便利な世の中になったのぅ。なにせ個人が電話を持ち歩く時代じゃからの。まさか外でいつでも電話をかけられる時代が来るなんぞ、若いころには考えられんかったからのぅ」

「あはは……僕らはスマホがが当たり前の時代に生まれたんで、ついこの前までそんな時代だったって言われる方が、逆に不思議な感じがするんですけどね」

 そんな話をしている内に、すぐに僕は出されたスイカを食べ終えた。
 そしてそれを見計らったようにおばあちゃんが言った。

「彩菜を振ったんじゃっての」
「……耳が早いんですね」

「今は誰でも外で電話ができる時代になったからのぅ」
「……ですね」

 西沢さんがあの後、電話をしたってことなんだろう。

「まったくそんな顔をするでない。別に責めとるわけじゃないんじゃ。時代が移り変わるように、人の気持ちも移り行くもんじゃからの。特に若い時はそうじゃ。佐々木くんは他に好きな女の子でもできたのかい?」

 どこか西沢さんをほうふつとさせる優しい声と表情で言われた僕は――否応なく西沢さんの笑顔を思い出してしまって――ついつられるように正直に答えてしまう。

「……違います」

「じゃああの子に飽きたのかい?」
「そんなことあるわけありません」

「なら理由はなんなのじゃ?」
「だって……だって僕は西沢さんに不釣り合いだから」

「不釣り合い、とはなんじゃ?」

「僕は何の取り柄もないんです。学校でもその他大勢の1人で、運動はできないし背も低いし。一緒にテスト勉強をしたのに西沢さんより全然点数が取れないし」

「だからなんだと言うんじゃ?」

「そんな冴えない僕とですよ? 学校で一番って言われるくらい人気者の西沢さんが付き合っちゃ、不釣り合いじゃないですか……」

「それが理由なのかえ?」
「……まぁ、そうですね」

「まったく、情けないのぅ」

「はい、まったくです……僕はどうしようもなく情けないんです……」

 おばあちゃんの言葉を、僕は蚊の鳴くような小さな声で肯定した。