「ここにはもういじめっ子はいないわ。仮にいても、少なくとも今の私はあの子をイジメるような奴を許さない。私はもう他人の顔色をうかがうだけの昔の私じゃないから。見て見ぬふりなんて絶対にしない。だからあの子も、あんたなんかで妥協しないで好きなだけいい男と付き合えばいいのよ」
東浜さんからはカースト1軍の圧倒的な自負のようなものが感じられた。
教室でニコニコしながら周りの顔色をうかがってばかりだった僕とは違う、それは強者の意思と言葉だった。
「僕は……」
そして色んなことをわからされてしまった僕は、もう完全にそれに飲みこまれてしまっていた。
「ねえ佐々木、あの子にはもっと相応しい相手がいると思わない? あの子のためを本当に思うのなら、あの子のことが本当に好きなら、ここで身を引くのが真実の愛ってやつじゃないかしら?」
さっきまでの鋭く非難する声から一転、東浜さんが慈愛の女神のような優しい声で囁いてくる。
でもその眼光は鋭いままで、目も顔もまったく笑ってはいなかった。
(きっと東浜さんは過去の自分を恥じているんだ。そして今の西沢さんを心の底から心配している。その気持ちがこれでもかと伝わってくる……)
「…………」
ついに僕は視線を逸らしてしまった。
東浜さんの放つ視線の圧力に耐えきれなくなったから。
西沢さんの彼氏なら。
西沢さんを好きだというのなら。
たとえ何をどう理解したとしても、絶対に逸らしちゃいけなかったのに。
西沢さんには不釣り合いな冴えない男子だって現実にも、付き合うことになった理由にも。
そのどちらにも完全に納得してしまった僕は、つい目を逸らしてしまったのだ。
そして目を逸らした先には――なぜか西沢さんがいた。
屋上の入り口のドアを半分開けて、目を大きく見開いて驚いた顔で僕たちを見ている。
「今、キス……してたの?」
その呟くような西沢さんの小声は、だけど屋上を吹き抜けていく初夏のやや強い風に乗って、僕の耳にしっかりと届けられた。
「えっと、ちが――」
違うって言おうとしたのに、さっきの東浜さんの言葉が僕の心と身体を雁字搦めにしていまい――僕の口は上手く言葉を紡ぐことができないでいた。
「そ、そっか、2人ってそういう関係だったんだね……わ、わたし全然気づいてなくて……」
「……」
「ごめんね、わたし迷惑だったよね……2人が好き合ってたのに、佐々木くんを無理にわたしにつき合わせちゃってごめんなさい!」
違うんだ──最後まで僕はそう言うことができなかった。
さっき目を逸らしてしまった僕に。
西沢さんの辛い過去を知ってしまった僕に。
それで納得してしまって東浜さんに何も言い返せなかった僕に――。
そんな都合のいいことを言う資格があるのかって思いが、僕の口を貝のように閉じたままにさせて言葉を紡ぐことを許さなかったのだ。
何も言わないでいる僕を見て、西沢さんの頬を一筋の涙が流れ落ちた。
そして西沢さんはそのまま身を翻すと、逃げるように屋上から走り去っていった。
普段の西沢さんとは似ても似つかない、バタバタと荒っぽく階段を駆け下りる大きな音が聞こえてきて──。
泣きながら去っていく西沢さんを、僕は最後まで止めることができなかった。
「ま、ちょうど良かったじゃないの? これで後腐れなく関係解消でしょ? あの子のことを思うのならこれで良かったのよ。少なくともこれであの子はまた男子と仲良くなることができる。あんたはあの子を過去の呪縛から解き放ってあげたのよ」
「そう……なのかもね」
これで僕と西沢さんはなし崩し的に自然消滅するんだろう。
今回のことで西沢さんは一時的には悲しむかもしれないけど、すぐに僕よりもいい人が見つかってもっと幸せな人生を歩むはずだ。
それは西沢さんにとってとてもいいことなのだから。
過去の呪縛から解き放たれた西沢さんには、もっと相応しい相手が見つかるはずだから。
(だから追いかけちゃいけないんだ……僕みたいなカースト底辺男子が西沢さんの輝かしい人生の足を引っ張っちゃいけないんだ……)
だからこれでいいんだ。
これで……いいんだ……。
いつの間にか屋上から東浜さんが去り一人になった初夏の夕空の下で。
僕は暮れなずむ空を見上げた。
涙がこぼれないようにじっと空を見続ける。
だけどそうしていても涙はどうしようもなく溢れてきて、僕の頬を伝い落ちていった。
夕焼け直前の、雲が紫色のグラデーションに彩られはじめた初夏の空は、とてもとても綺麗で。
涙の向こうに見えるそのどうしようもなく美しい空模様が、分不相応だった恋の終わりを告げているように僕には思えたのだった。
東浜さんからはカースト1軍の圧倒的な自負のようなものが感じられた。
教室でニコニコしながら周りの顔色をうかがってばかりだった僕とは違う、それは強者の意思と言葉だった。
「僕は……」
そして色んなことをわからされてしまった僕は、もう完全にそれに飲みこまれてしまっていた。
「ねえ佐々木、あの子にはもっと相応しい相手がいると思わない? あの子のためを本当に思うのなら、あの子のことが本当に好きなら、ここで身を引くのが真実の愛ってやつじゃないかしら?」
さっきまでの鋭く非難する声から一転、東浜さんが慈愛の女神のような優しい声で囁いてくる。
でもその眼光は鋭いままで、目も顔もまったく笑ってはいなかった。
(きっと東浜さんは過去の自分を恥じているんだ。そして今の西沢さんを心の底から心配している。その気持ちがこれでもかと伝わってくる……)
「…………」
ついに僕は視線を逸らしてしまった。
東浜さんの放つ視線の圧力に耐えきれなくなったから。
西沢さんの彼氏なら。
西沢さんを好きだというのなら。
たとえ何をどう理解したとしても、絶対に逸らしちゃいけなかったのに。
西沢さんには不釣り合いな冴えない男子だって現実にも、付き合うことになった理由にも。
そのどちらにも完全に納得してしまった僕は、つい目を逸らしてしまったのだ。
そして目を逸らした先には――なぜか西沢さんがいた。
屋上の入り口のドアを半分開けて、目を大きく見開いて驚いた顔で僕たちを見ている。
「今、キス……してたの?」
その呟くような西沢さんの小声は、だけど屋上を吹き抜けていく初夏のやや強い風に乗って、僕の耳にしっかりと届けられた。
「えっと、ちが――」
違うって言おうとしたのに、さっきの東浜さんの言葉が僕の心と身体を雁字搦めにしていまい――僕の口は上手く言葉を紡ぐことができないでいた。
「そ、そっか、2人ってそういう関係だったんだね……わ、わたし全然気づいてなくて……」
「……」
「ごめんね、わたし迷惑だったよね……2人が好き合ってたのに、佐々木くんを無理にわたしにつき合わせちゃってごめんなさい!」
違うんだ──最後まで僕はそう言うことができなかった。
さっき目を逸らしてしまった僕に。
西沢さんの辛い過去を知ってしまった僕に。
それで納得してしまって東浜さんに何も言い返せなかった僕に――。
そんな都合のいいことを言う資格があるのかって思いが、僕の口を貝のように閉じたままにさせて言葉を紡ぐことを許さなかったのだ。
何も言わないでいる僕を見て、西沢さんの頬を一筋の涙が流れ落ちた。
そして西沢さんはそのまま身を翻すと、逃げるように屋上から走り去っていった。
普段の西沢さんとは似ても似つかない、バタバタと荒っぽく階段を駆け下りる大きな音が聞こえてきて──。
泣きながら去っていく西沢さんを、僕は最後まで止めることができなかった。
「ま、ちょうど良かったじゃないの? これで後腐れなく関係解消でしょ? あの子のことを思うのならこれで良かったのよ。少なくともこれであの子はまた男子と仲良くなることができる。あんたはあの子を過去の呪縛から解き放ってあげたのよ」
「そう……なのかもね」
これで僕と西沢さんはなし崩し的に自然消滅するんだろう。
今回のことで西沢さんは一時的には悲しむかもしれないけど、すぐに僕よりもいい人が見つかってもっと幸せな人生を歩むはずだ。
それは西沢さんにとってとてもいいことなのだから。
過去の呪縛から解き放たれた西沢さんには、もっと相応しい相手が見つかるはずだから。
(だから追いかけちゃいけないんだ……僕みたいなカースト底辺男子が西沢さんの輝かしい人生の足を引っ張っちゃいけないんだ……)
だからこれでいいんだ。
これで……いいんだ……。
いつの間にか屋上から東浜さんが去り一人になった初夏の夕空の下で。
僕は暮れなずむ空を見上げた。
涙がこぼれないようにじっと空を見続ける。
だけどそうしていても涙はどうしようもなく溢れてきて、僕の頬を伝い落ちていった。
夕焼け直前の、雲が紫色のグラデーションに彩られはじめた初夏の空は、とてもとても綺麗で。
涙の向こうに見えるそのどうしようもなく美しい空模様が、分不相応だった恋の終わりを告げているように僕には思えたのだった。