「あの子はあんたが異性として魅力的だからじゃなくて、そのまったく逆で取り立てて何の魅力もない男だから付き合ってるのよ。だってあんたとなら付き合っても、誰かに疎まれてハブられたりイジめられることは絶対ないもんね」

 東浜さんの放つ真実という名の言葉のナイフが、僕の心を何度もえぐりとっていく。

「で、でも、西沢さんとはちゃんと付き合うようになったきっかけがあったんだ」

(そうだ、西沢さんのおばあちゃんを助けたことがきっかけで、それが縁で西沢さんが僕を知ってくれて好きになってくれたんだ――!)

「そりゃきっかけくらいはあったんでしょうよ? でもね、その後に付き合う判断に至ったのは、あんたが誰にも誇れるところがないカースト下位の冴えない男だったからよ」

「そんなこと……だって西沢さんはそんなことは一言も――」

「そりゃ言うわけないでしょ? あなたとなら仲良くしても誰にもイジメられないから付き合って下さい――なんて、そんなこと誰が好き好んで言うわけ?」

「それは……そうかもだけど!」

 東浜さんの言葉が僕の心を何度も何度もえぐっていく。

 そしてそんな風に感じるということはつまり。
 僕自身がその言葉に正当性があると感じてしまっているからに他ならなかった。

「で、ここまでを踏まえた上で聞くけど。そんな風に選ばれてあんた本当に嬉しいの?」

「僕は……」

 僕の頭の中で東浜さんの言った言葉が何度もリフレインしていた。

 僕の中にずっとあった小さな不安が――学園のアイドルなんて呼ばれる西沢さんが冴えない僕なんかを選んだことへの不安だ――いつの間にか僕の中で大きく膨れ上がっていることに、僕は気が付いてしまっていた。

 そして一度大きくなったその不安は、ずっと見ないようにしてきた『カースト格差』という名の猛獣となって、牙をむき出しにして僕の心を食い破ろうとしてくるのだ。

 東浜さんは、言葉に詰まった僕の制服の胸元を掴むと強引に自分の方へと引き寄せる。

 目と鼻の先、鼻と鼻が触れあうような超至近距離に、鋭い目をした東浜さんの顔があった。

「核心を突かれたからって言い返しもしないのね。いつもヘラヘラしてるし、ほんとダメな奴よね、あんた」

 僕をにらんだまま吐き捨てるように言う東浜さん。
 だけど僕は黙ってその視線を受け止めるしかできないでいた。

 わかってる。
 そんなの僕が誰より一番わかってるんだ。

 自分が冴えないダメ男子なのは僕が一番わかってる。
 西沢さんに釣り合ってないってことも、僕が一番わかってる。

 他人の顔色を窺ってヘラヘラしてばかりの、誰も気にも留めない平凡な陰キャ男子と。
 心からの笑みを浮かべて誰もが憧れる学園のアイドル。

 わかっていて見ないようにしていたのに。
 必死に頑張って背伸びをして、どうしようもないその差を埋めようと足掻いていたのに。

 でもこうやってズバリ指摘されてしまったら。
 いくら背伸びしたって無駄だってことを突きつけられてしまったら。

 なにより僕みたいなダメ男子を選んだ理由がこれ以上なくわかってしまう、西沢さんの辛い過去を聞かされてしまったら――。

 そんなの言い返せるわけがないじゃないか。

(ああ、そうか。僕は今、心底納得してしまったんだ。自分が西沢さんに釣り合わない男だって心の底から納得してしまったんだ──)

 僕は肩の荷がふっと下りたような気がしていた。

 西沢さんがどうして僕を好きなのかずっとわからないでいた。
 誰かを助けられる優しい人だからって言われても、どこか信じられない自分がいた。

 いつか西沢さんのきまぐれが終わったら破局するって恐怖が、心のどこかにあったんだ。

 でも今やっとわかった。
 東浜さんに教えてもらってやっと理解できた。

 なぜ付き合う相手なら誰でも選べるはずの西沢さんが僕を――カースト底辺男子の僕を選んでくれたのかってことを、僕は心底理解できてしまったんだ。

 東浜さんは僕と付き合っても誰にも文句を言われないからって言ってたけど、多分それは100点の回答じゃない。

 それもあるんだろうけど、でもそれだけじゃなくて。
 西沢さんはきっと、過去にいじめられた時に誰も助けてくれなかったことがまだ、心の傷として残っているんだ。

 だから見ず知らずのおばあちゃんを助けた僕を、当時の自分の状況に無意識に重ね合わせてしまって、必要以上にすごい男子だと思ってしまったんだ。

(これがきっと、西沢さんが僕を好きになった理由だ)

 純粋な好意というよりもむしろ、過去の心の傷を癒してくれる相手だったから。

『佐々木くんは優しいよね』
『わたしは優しい佐々木くんが好き』

 優しさとはつまり、そういうことだったのだ。

 そしてそれを理解したことで、僕はずっと抱えていた不安から解放されたと。
 そんな風に感じてしまったんだ――