「佐々木くん、一緒に美術室行こうよ?」
「あ、うん。すぐに用意するからちょっと待ってね」 
「はーい」

 西沢さんに誘われた僕は、急いでカバンから美術の教材を取り出した。

 次の時間は芸術の選択科目で、美術を取っている僕と西沢さんは隣の校舎にある美術室まで教室移動をしないといけないのだ。

「ごめん、お待たせ」
「ううん全然だし。じゃあ行こっか」

 僕と西沢さんは連れ立って美術室へ向かいながら、とりとめもない話をしていく。

「ねえねえ、美術選択ってことは佐々木くんは絵を描くの好きなの?」

「んー、どっちかって言うと嫌いかな。絵を描くのは苦手だから」

「そうなの? なのに選択科目で美術を取ったの? ってことは絵を描くのが上手くなりたいって思ってるとか?」

「そういうんでもなくて、他の人が音楽を取って枠がいっぱいになったから、じゃあ僕は美術でもいいやって思っただけ。別に音楽が得意ってわけでもないからさ」

 とは言うものの、本当は音楽の方が楽だって聞いてたから、選択科目は音楽を選択したかった。
 だけど上位カーストの人たちがこぞって音楽を選択して枠がいっぱいになってしまったのだ。

 音楽と美術はクラスから半々で出さないといけないから、そこからは話し合いで決めるんだけど。
 こういう時は僕みたいな下層カースト男子はそっと身を引くのが、悪目立ちしてハブられたり、イジリと称してイジメの標的にされないために必要な行動なのだった。

「やっぱり佐々木くんって優しいよね」

「多分西沢さんが思ってるようなことじゃないんだけどね」

 どこまでも心がピュアな西沢さんに僕はつい自虐気味に苦笑する。
 優しいんじゃなくて、美術を選んだのは自己保身というどうしようもなく後ろ向きな理由だ。

「そんなことないもん。佐々木くんのそういう優しいところはもっと誇っていいと思うなぁ」

「ありがとう西沢さん。西沢さんにそう思ってもらえたら、僕としてはそれだけで充分だから」

「うんうん。少なくともわたしは、佐々木くんの優しいところが大好きだからねー」

「えっと、うん……う、嬉しいよ」

「あ、照れてるし」

「そりゃ照れるでしょ? いきなり大好きとか言われたら。しかもここ学校だからね?」

「ぜんぜん大丈夫だもーん、周りに人はいないもーん」

「もう西沢さんってば……」

 お茶目に言いながら西沢さんが肩をくっ付けてくる。

 誰かに見られたらとも思ったけれど。
 西沢さんの言うとおり周囲には誰もいなかった。

 だから少しだけそのまま肩や腕をくっつけ合いながら歩いていく。

(でも後ろ向きな理由だったけど、結果的に美術を選んで良かったよね)

 理由はもちろん西沢さんが美術を選択していたからだ。

 今までは選択科目が同じでラッキーくらいにしか思っていなかったけど、今は僕と西沢さんは彼氏彼女の関係だ。

 美術室で行われる美術の授業は席が自由だから、僕は彼女である西沢さんと隣り合わせで美術の授業を受けられるんだから。