僕は西沢さんと抱き合ったままで。
 その温もりに包まれたまま、ただただ心臓の鼓動をドキドキと高鳴らせていた。

 その音が自分でもわかるくらいにあまりに大きく激しかったので、もしかしたら西沢さんに聞こえちゃってるかも――。

 でもそれはきっと僕だけじゃなくて、西沢さんも同じだったと思う。

 だって西沢さんも僕と同じように無言のままでいて。
 しかも僕の顔のすぐ横にあるその顔は、耳までまっ赤っ赤に染まっていたんだから。

 お互い正面から顔を見れない状況だったのは、恥ずかしさがほんの少しだけ軽減されてある意味良かったのかもしれなかった。

「佐々木くんが来てくれてすごく嬉しかったの。だから茶化してなんかちっともないの。助けに来てくれた佐々木くんが、わたしには白馬の王子様に見えたんだから」

 僕の耳元で西沢さんがしっとりとした声でささやく。
 吐息のようなその声が僕の耳やうなじにかかって、僕はゾクゾクと背筋を震わせた。

「そう言われると、僕も頑張ったってよかったなって思うな」

 この状況にものすごく緊張してテンパりながらも、僕はなんとか会話を続ける。

「ねぇ佐々木くん。わたしは佐々木くんが好き。困ったときに助けてくれる勇気がある佐々木くんが好き。普段は優しくて控えめで、隣にいると安心できる佐々木くんが好き。佐々木くんは、わたしのこと……好き?」

「もちろん僕も西沢さんが……す、好きだよ。可愛くて優しくて、みんなの人気者で。そんな西沢さんが僕を好きになってくれたことが奇跡に思えるくらいに、僕も西沢さんのことが好きだよ」

 人とのコミュニケーションがあまり得意じゃない僕は、西沢さんみたいな可愛い女の子に好きだって言うことに、恥ずかしさで顔から火が出そうになったんだけど。

 それでも僕はちゃんと最後まで言い切った。
 途中ちょっと詰まっちゃったけど、言葉にしてちゃんと西沢さんに自分の想いを伝える。

 だってせめてそれくらいはできないと、平凡以下の僕じゃ学園のアイドル西沢さんには絶対に見合わないから。
 僕は今の自分にできる唯一のことを――気持ちをちゃんと伝えることを必死に頑張るんだ。

「佐々木くんがそう言ってくれるとわたしも嬉しいな。ねぇ、もう一回好きって言ってよ? ね? お願い?」

「う……す、好きだよ」

「もう一回♪」

「に、西沢さんのことが……大好きだよ」

「もう一回♪」

「ええっ、まだ!?」

「もう1回だけお願い、これで最後にするから、ね? ね?」

「じゃあうん……僕は西沢さんが好きだ、とても好き、大好きだよ」

「えへへ、ありがとう佐々木くん。わたし今、とても幸せだから――」

 そのまま無言になった西沢さんとしばらく抱き合ったままでいてから――。
 僕たちはどちらからともなく身体を離した。

 そこで改めて正面から見た西沢さんの顔は、やっぱり真っ赤っ赤に染まっていたのだった。


 こうして。
 西沢さんとの生まれて初めての突発デートは、途中で色んなトラブルがありながらも無事に幕を閉じたのだった。

 ちなみにその日の夜は抱き合った時の柔らかい感触を思いだしてしまって、勉強は手につかないし、ベッドに入っても明け方近くまで眠ることができないしで、なんかもうどうしようもないほどにハイテンションになってしまった僕だった。