「遅いな西沢さん……」

 西沢さんと別れてエスカレーター前のミニ広場にやってきてから、もう15分が過ぎていた。

 男子と違って女の子はいろいろとあって、それに女子トイレは数が少なくて混むから時間がかかるらしいけど。
 それにしても遅い気がするような。

「ちょっと見に行ってみようかな? でも『待っててって言ったよね?』とか言われたらマズイもんなぁ。今日はいつにも増して失敗続きだし、また失敗したら今度こそ西沢さんに愛想をつかされるかもしれないし……」

 僕は西沢さんを待ちながら、ミニ広場のベンチに腰かけたままうだうだとそんなことを考え続ていた。

 誰もが憧れる学園のアイドル西沢さんと、カースト下位の十把一絡げのモブ男子。
 絶対上位者になぜか気まぐれで選ばれた幸運な下層民。

 きっと周りのみんながみんなそんな風に思っている――ううん、他でもない僕が一番そうだって理解している。

 西沢さんとのあまりにアンバランスなステータス差を、僕はどうしても意識せざるを得なかった。
 西沢さんの心変わり一つで簡単に終わってしまう、砂上の楼閣にようなもろい関係だ。

 そのとてつもない恐怖心は、西沢さんの隣にいられるという幸福感とともに、僕の心に鋭い楔のように深く深く打ち込まれていたのだった。

「でももしも西沢さんがトラブルに巻き込まれていたとしたら、なのにここでボケっと座って何もしないでいたとしたら、絶対に後悔するよね」

 そうだ。
 待たなかったことを西沢さんから咎められることよりも、西沢さんに何かあったほうがよっぽど大変だ。

 そう考えた僕はすぐに行動することにした。

 だってそうでしょ?
 それが原因で僕が西沢さんに振られても、西沢さんに何もなければそれで全然いいじゃないか。

 西沢さんに見合うような男になりたいって、僕が本気でそう思っているのなら。

 同じ後悔をするにしても、やるべきだと思ったことをしなくて後悔するのだけは、絶対にしちゃいけないと思うから――!

 なによりもし早とちりで失敗に終わったとしても。
 今までの失敗と違って西沢さんのためを思って行動した上での失敗なんだから、どんな結果が待っていても僕は納得できると思ったのだ。

 そりゃその、それが原因で振られてしまったら、僕は涙が枯れるまで泣き尽くしちゃうとは思うんだけどさ。
 それはまた別の話だから。

「よし!」

 僕はすぐに立ち上がると、西沢さんと別れた女子トイレへと向かった。

 こういう施設の常として、少し奥まったところにある女子トイレの近くまで戻ってくると──、

「ちょっと、手を離してください! わたしはあなたたちに用はありませんから!」

 今まで一度も聞いたことがない、西沢さんの険のある大きな声が聞こえてきたんだ――!

「西沢さん!? 今行くから!」

 それを聞いた僕は弾かれたように女子トイレに向かって走り出した。

 すると、

「おい聞いたか? 話してくださいだってよぉ」
「ういっす、聞いたっすよアニキ」
「じゃあ頼まれた通りに一緒にお話してあげないとだめだよなぁ」
「っすよね」

「そういう意味じゃありません! ほんとに手を離してください、人が待ってるんです」

「だから話してやるって。おい、カラオケの予約とれよ」
「了解っすアニキ」

 そこには背の高いガラの悪そうな金髪チャラ男と、背の低い子分みたいな茶髪の二人組に絡まれている西沢さんがいたんだ!

(西沢さんが戻ってくるのが遅かったのは、こいつらに絡まれていたからだ――!)