「なんでよ、全然よくないもん……わたしのバカ……バカバカ……」

「だってさ? この玉子焼きを作ることは、西沢さんにとってテストに負けないくらい大事なことだったってことでしょ?」

「あ……」

「西沢さんにそこまで大事に思ってもらえてるってわかって。だから僕は今すごく幸せなんだ。ありがとうね西沢さん。だからもう泣かないで」

「佐々木くん……今すっごくキザなこと言ってるよ?」
「うぐっ……わかってるよ、こんなセリフは僕に似合ってないことくらい」

 でも早起きしてお弁当を作ってくれた西沢さんをこれ以上は悲しませたくないって思ったら、自然と言葉が湧き上がってきたんだ。

「でもすごくカッコよかった。胸がドキドキしてキュンてきたもん。佐々木くんはやっぱり優しくて素敵な人だなって思った」

 そう言った西沢さんはまだ少し目が赤かったし、笑顔はぎこちなかったけど。
 それでも立ち直りつつあるのが見て取れた。

「じゃあ続きを食べさせて欲しいかな。昼休みもだいぶ過ぎちゃったし、あーん」

 僕が口を開けると、西沢さんが驚いたような顔をする。

「でも、お砂糖が入ってないし……あ、そうだ、わたしのと交換すればいいんだよね!」

 そう言って西沢さんは自分のお弁当箱に入っている玉子焼きを取ろうとする。
 だけど――。

「ううん、西沢さんが僕のために作ってくれたその玉子焼きを食べたいんだ」

「でもこっちはお砂糖を入れ忘れてるし……ほら、わたしのお弁当に入っている方はちゃんと甘くできてるから。そっちのほうが絶対美味しいもん」

「美味しいは美味しいかもだけど、それでも僕は西沢さんが一生懸命気持ちを込めて作ってくれた、そっちの甘くない玉子焼きの方を食べたいんだ」

「佐々木くん……」

「それにさ、そっちのほうが一生の思い出になりそうじゃない? 甘い玉子焼きはまた今度食べられるかもしれないけど。この甘くない玉子焼きは多分もう2度とお目にかかれないよね。だから僕はこっちの玉子焼きを食べたいな」

 女の子の手作り弁当を食べさせてもらって。
 さらにちょっとしたアクシデントまで起こるだなんて。
 昨日までの僕の平凡以下の人生じゃとても考えられなかったことだ。

 それもこれも全部、西沢さんが告白してくれたおかげで。
 そんな西沢さんの思いがいっぱいに詰まった玉子焼きを、僕は食べたかったのだ。

「じゃあ提案なんだけど、半分こしない? 美味しい玉子焼きも作れるんだってことはちゃんとわかってもらわないと、わたしだって納得いかないもん。だから半分こ、ね?」

「そうだね、うん。半分こしよっか」
「うん! それにそっちのほうがカップルっぽいもんね♪」
「えっと、あの……うん」

 とまぁこうして。
 僕と西沢さんは2つの玉子焼きをそれぞれ半分こして食べあった。

 甘い玉子焼きも甘くない玉子焼きも、もちろん他の料理もどれを食べてもとても美味しかった。

 トマトやレタスに彩られたポテトサラダも。
 目と口までついた可愛いタコさんウィンナーも。
 冷凍ものを解凍しただけだって申し訳なさそうに言っていた唐揚げも。
 そのどれもこれもがそれはもう本当に美味しかった。

 なによりすぐそばに西沢さんがいて、「あーん」して食べさせてくれるのだ。

「えへへ、いっぱい愛情を込めましたから……なんちゃって」

 西沢さんは冗談っぽく言ってくるけど、一人で食べる学食での食事と違って、触れあえる距離に西沢さんがいてとびっきりの笑顔を向けてくれることは、これ以上ない最高のスパイスだった。

 今まで1人で過ごすことが多かった学校のお昼休み。
 それがこんなに楽しいと思えたのは、掛け値なしに生まれて初めてのことだった。

「お弁当を作ってきてくれてありがとね、西沢さん」

 だから僕は、もう何度目かわからない感謝の言葉を伝えたのだった。