「なんて言えばいいのかな……一言では言い表しにくいんだけど……」

「うんうん」

「素材の味をよく生かした、天然かつ素朴な味わいって言うのかな? 塩味が玉子の味をしっかり引き立ててくれてて、これはこれで悪くないと思うな~」

「? 甘すぎるのは苦手って言ってたから甘くし過ぎないようにしたんだけど、もっと甘い方が良かったかな?」

 僕の感想に西沢さんが首を傾げた。
 どうやら期待していた感想とは少々違うようだった。

「えっと、その、甘さについてなんだけどさ? えっとね? ちょっと基本的なことを聞きたいんだけど」

「なぁに? なんでも聞いて?」

「ほんと確認だから、気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど……この玉子焼きってさ? 砂糖って入ってる?」

「え、お砂糖? もちろん入ってるよ? 佐々木くんが甘い玉子焼きが好きだって言ってたから、普段より甘々にしましたから」

 僕の質問に西沢さんは上機嫌で答える。

「そうなんだ? でもうーん……実はその、まったく甘くないんだよね、全然、ちっとも、これっぽっちも」

「そんなまさかぁ。すごく気合入れて砂糖の量を調整したんだもん。わたしの分をまず先に作って味見して砂糖と塩の加減をチェックしてから、佐々木くんの分の玉子焼きを焼いたんだもん――あっ」

 そこで西沢さんが口を開けたままピシリと固まった。

 さっきまでの笑顔が一変、泣きそうな顔で酸欠気味の金魚みたいにパクパクさせはじめる。

「ええっと、もしかしてなにか思い当たることでもあったり……?」

 もう完全に涙目になってしまっている西沢さんをヘタに刺激しないように、僕は静かな声で優しく問いかけた。

「さ、佐々木くんの玉子を割った時にね? 黄身が2つある双子玉子だったの。わわっ、珍しいな。しかも佐々木くんにお弁当を作る時にだなんて、今日は良いことあるかもって思って喜んだんだけど……」

「へぇ、それは確かに珍しいよね。玉子焼きじゃなくて目玉焼きにしたくなるかも」

 そうしたら一つの玉子で2つの目玉焼きができてお得だもんね。

「そうなの、わたしはその時まさにそう思ったの。それでそのことに気を取られてて砂糖を入れなかった気がするような、しないような。するような、しないような……はい、入れ忘れました……砂糖を入れた記憶がないです……」

 西沢さんは蚊の鳴くような小さな声でそこまで言うと、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「あ、えっと……」

 僕もなんと声をかけたものかとかける言葉に困ってしまった。

 やらかした理由はなんとなくわかる。
 玉子焼きと違って目玉焼きを焼くときには砂糖も塩も入れないから、きっと目玉焼きって言葉に引っ張られちゃったんだろう。

「ううっ、わたしって昔からちょっと抜けてたところあって……特に大事な時に失敗するんだよね……」

「そう言えば昨日そんなことを言ってたよね。テストで解答欄がずれてたこともあったんだっけ」

 昨日の帰り道で西沢さんと話した会話を思い出す。

「うん……今日もよりにもよって、佐々木くんが楽しみにしてた玉子焼きに砂糖を入れ忘れるだなんて……ぐす……」

 西沢さんはよほどこの失態が辛かったのか、悲しみのあまり鼻をすすり始めてしまった。

 でもそっか。
 そういうことだったのか。

「西沢さんは大事な時に限って失敗するんでしょ? だったらよかったかな」

 だから僕はそう言ったんだ。