既に大量の勇気を消費して疲労していた僕の弱い心に、鋭い言葉のナイフが何本も遠慮なく突き立てられた。

「――――っ」
 笑いものにされて心がズタズタに引き裂かれ、思わず教室から逃げ出してしまいたくなる。
 もし西沢さんが居なければきっと逃げ出していたはずだ。

 同時に、すごく酷いことを言われたのに言い返すこともできない、そんな自分が辛かった。
 西沢さんの前なのに、唇をかみしめて下を向いてしまう自分が情けなかった。

 たとえ言葉にできなくともバカにするなと睨みつける――そんなことすらできない気弱な自分が悔しかった。

 だけど、

「むっ!」

 西沢さんが怒った顔で振り向くと、彼らはすぐに視線を逸らして静かになった。

 クラスの中心にいて発言力も高いカースト1軍メンバーたちであっても、2年や3年の先輩からも美少女と認知されている別格の存在である西沢さんには勝てないのだろう。

「あんなの気にしないでね。みんな佐々木くんのことを知らないだけだから」

 そして再び僕を見ると、西沢さんはとびっきりの笑顔でにっこりと笑ってくれたのだ。

「ごめん……ありがとう」

 僕は西沢さんが僕のために怒ってくれたことに、言いようもない嬉しさと安堵の気持ちを覚えていた。

 だけどそれと同時にほんの少しだけ。

 きつい言葉を平気で投げかけられて笑われる底辺男子の僕と。

 誰もが意見を尊重する学園のアイドル西沢さんとの間に存在する断崖絶壁のような大きすぎる差を、これでもかと見せられてしまって。

 僕はほんの少しだけ惨めな気持ちになってしまったのだった。

 もちろんこれは全くの見当違いの感情だ。
 西沢さんは何も言えずに黙るしかできなかった僕の代わりに怒ってくれたのだから。

 なのにそんな心優しい西沢さんにまで愚かにも劣等感を抱いてしまったことに、僕はまた内心落ち込んでしまうのだった。

(僕が西沢さんに相応しい男子になれる日はまだまだ遠そうだな……)


 ちなみになんだけど。
 僕の唯一の友人たる柴田くんは僕の味方をするしない以前に、話しかけるなオーラ全開で猛烈な勢いでスマホにガリガリと文章を打ち込んでいた。

 朝からの僕と西沢さん、さらにはクラスメイトたちとのやりとりを見て小説のインスピレーションが降りてきたんだろうね。
 執筆に集中している時の柴田くんはいつもこんな感じで鬼気迫る様子で、一人の世界に入り込んでしまうのだ。

 でも1つだけアドバイスさせてもらうと、主人公だけは僕とは全然違う人間にした方がいいと思うんだ。
 そこは間違いなく「ウケない」から。

 そしてもう1人。
 カースト1軍メンバーにしてクラス女子のリーダー的存在の東浜(ひがしはま)奈緒さん。

 西沢さんに怒りの表情を向けられて視線を逸らしたカースト1軍たちの中で唯一、東浜さんだけは僕たちのことを鋭い視線でじっと見つめ続けていた。

(なんか東浜さん、まだじっとこっちを見てるんだけど……)

 まぁ東浜さんが興味があるのは、僕じゃなくて西沢さんの方なんだろうけどさ。

 多分だけど、カースト1軍の自分たちが声をかけてものってこなかった西沢さんが、よりにもよって冴えない陰キャ男子と2人で楽しくおしゃべりしてるっていうのが、気になって気になってしょうがないんじゃないかな?

(まぁこうなったら誰かの視線とか気にしてもしょうがないよね。とりあえずは気付いていない振りをしておこう。せっかく西沢さんとおしゃべりするためにいつもより早く学校に来たのに、視線を気にして上の空じゃ意味がないから)

 その後、朝の予鈴が鳴るまで僕は西沢さんとお話をした。

 さっきのアレを吹き飛ばすみたいに、昨日よりももっと明るい笑顔で話しかけてくれる西沢さん。
 おかげで僕の心はすぐに元通りの状態を取り戻すことができた。

 一人で過ごす朝のぼっちタイムが嫌で、いつも学校が始まるギリギリに登校していたのが嘘みたいに、今日の始業までの時間はとても楽しく、そして瞬く間に過ぎていった。