「とにかく可愛い西沢さん!」 勇気を出してお婆さんを助けたら、学園のアイドルが陰キャなボクの彼女になりました。 ~ドラマみたいなカッコいい恋じゃない。だけど僕は目の前の君に必死に手を伸ばす~

「勘違いって? なにが?」

 僕の言ってることがよくわからないって感じで、西沢さんがキョトンとした顔を見せた。
 そんな西沢さんに僕は自分がどんな人間なのかを説明をする。

「僕は誰かのために頑張れるような聖人君子じゃないんだよ。あの時だって正義感から助けたわけじゃなくて」

「そう……なの?」

「僕はあの時、放っておくと寝覚めが悪そうだったからっていうものすごく後ろ向きな理由で、西沢さんのおばあちゃんを助けたんだ。ただただ自分が嫌な気持ちにならないために」

「うん……」

「だからあの時もし周りに誰か人がいたら、僕はきっと恥ずかしくてあんなことはできなかったと思う。だって僕にとって恥ずかしいのは、寝覚めが悪いことよりも嫌だから。僕は所詮そういう人間なんだ。だから西沢さんもおばあちゃんも、僕のことを勘違いしていると思う」

 あの時の僕の行動理念を、僕はこれ以上なく正直に西沢さんへと伝えた。

 間違いなく西沢さんに幻滅されちゃったと思う。

 でも真剣に想いを告白してくれた女の子に対する、それが僕が絶対に通さないといけない筋だと思ったんだ。
 西沢さんの勘違いを利用して騙して付き合うなんてことは、絶対にしちゃいけないって思ったから。

 だっていうのに――、

「佐々木くんって、さ」
「な、なに?」

「優しいだけじゃなくてすごく正直なんだね」

 そう言った西沢さんは、今日一番ってくらいにとびっきりの笑顔を見せてくれたんだ!

 一旦フラットになったはずの僕の心が再び大きく跳ね上がる。

「正直っていうか、嘘をついて好きになってもらうのはちょっと違うかなって思ったんだ。それに嘘で着飾ったって、どうせすぐに本性はバレちゃうだろうから」

 僕がそんなすごい人間じゃないなんてことは、付き合えばすぐに露呈してしまう。
 そんなもの隠し通せるわけがない。

 となると結局その先に待っているのは、西沢さんの失望からくる破局でしかないわけで。
 その時僕はきっと、ものすごく悲しい思いをするだろう。
 だったら西沢さんとお付き合いするなんて大それた夢なんて見ずに、最初から付き合わないでいる方がマシだ。

 でも西沢さんは少し考えるようなそぶりを見せてから、言った。

「わたし思うんだけどね?」
「なに?」

「少なくともその時近くにいた人は誰もおばあちゃんを助けてくれなかったのに、佐々木くんは助けてくれたわけでしょ? それってやっぱりすごいことだと思うの」

「そう……なのかな? ごめん、よくわかんない」

「そうだよ。佐々木くんはすごいよ。すごすご男子だよ」

「すごすご男子って……」

「あ、『すご力』が足りなかった? じゃあすごすごすごすご男子で」

「あはは、なにそれ『すご力』って」
 僕はその表現のなんともいえない可愛らしさについ笑ってしまった。

 すごいって言ってくれてるはずなのに、『すご力』なる物を重ねれば重ねるほど、逆にイマイチすごくない感じが増していくのは僕の気のせいじゃないよね?

「ちょ、ちょっと佐々木くん、なんでここで笑うかなぁ? わたし一生懸命気持ちを伝えてるのに」

「ごめん、ちょっとツボに入っちゃったみたいで」

「もう、酷いんだからぁ」
 ほっぺを膨らませてわざとらしく怒った振りをする西沢さん。

 そんな芝居がかった姿もすごく可愛いのはさすが学園のアイドルだ。

「でもさ。仮にそうだったとしても、やっぱり僕なんかじゃ西沢さんには釣り合わないって思うし、僕なんかに西沢さんはもったいないって思うから。だから――」

 付き合うのはやっぱりやめよう――そう言いかけた僕の言葉尻に被せるようにして西沢さんは言ったんだ、

「ねぇねぇ、なんかは禁止にしちゃわない?」

 って。
「え?」
 西沢さんが何を言っているのか、最初僕はよくわからなかった。

「『僕なんか』って言い方は禁止にしない?」

 西沢さんもこれだけだとちょっと言葉足らずだと思ったのか、言葉を補足して改めて言い直してくれる。

「あ、そういうことか。でも、えっと……」

「だってそうでしょ? 佐々木くんはこんなに素敵な人で、わたしはそんな佐々木くんのことが大好きなのに。なのに『僕なんか』なんて卑下して言われたら、わたし悲しいもん」

「あ……その、ごめん。西沢さんの気持ちを貶すつもりは全然なくて。これは僕の口癖みたいなもので、ほんと他意はなくて……」

 意図せず西沢さんを傷つけてしまったことを、僕は慌てて謝罪した。

「あ、えっと、わたしの方こそ今のはちょっと言い方きつかったかもです。わたしも責めるつもりは全然なくて。ごめんね佐々木くん、偉そうなこと言っちゃっいました。反省しています」

 そんな僕に負けず劣らず慌てた様子で、ぺこりと頭を下げる西沢さん。

「ううん、僕のほうこそ全然気にしてないから」

 僕の言葉にホッとしたように顔を上げた西沢さんと目と目が合って――、

「ぷっ……」
「ふふっ」

 僕と西沢さんはどちらからともなく小さく笑い出してしまった。

「なんだかさっきから僕たち謝ってばっかりだよね?」
「だよね? 告白してオッケーもらったはずなのに、わたしたちなんか変だよね」

 西沢さんの名前書き忘れから始まって、僕のドッキリ勘違いを経て。
 ここに至るまでお互いに謝ってばかりのこんなにもヘンテコな告白イベントは、そうそうお目にかかれないだろう。

「そうだよね。僕、告白にオッケーしたんだよね……」

「もしかしてそれも無かったことに?」
 西沢さんが不安そうに尋ねてくる。

 事ここに至って、ついに僕は心を決めた。

「ううん、僕も西沢さんと付き合いたい。だから――だから僕はもう『なんか』って言うのはやめることにする」

 この時僕は思ったんだ。

 皆に人気の西沢さんに僕が相応しくなるのは、現実的には厳しいかもしれない。
 だけどそんな西沢さんと付き合おうというのなら、僕は西沢さんに相応しくなるための努力をするべきだって。

 そのための最初の一歩として。
 まずは「僕なんか」って言って自分を卑下するのはやめようと、僕はこの時そう強く思ったんだ。

「ほんと!? 絶対その方がいいよ、佐々木くんは誰も助けられなかったおばあちゃんを助けてくれたすごすごすごすご男子なんだから」

「あんまり何度も言われると、ちょっと恥ずかしくなってきちゃうんだけど……」

「ええっ、すっごく素敵なエピソードだと思うのになぁ。スピーチにも使えそうじゃない? 結婚式とか」

「えっと、僕たちまだ高校生だから結婚とかはまだ早いかなって……」

「ふえっ!? ええっと!? あの、わ、わたしもそう言う意味で言ったわけじゃなくて……あの、その……」

 顔を真っ赤にしてしどろもどろになってしまう西沢さん。
 う、すごく可愛い……。

「だよね、深い意味はないよね」

「そ、そうだよ! もう、変なこと言わないでよね。け、結婚とか……結婚……佐々木くんと結婚って……こ、この話は終了にします!」

 まるで自分に言い聞かせるみたいに強い口調で言うと、西沢さんは僕に向かって右手を差し出してきた。

「…………」

 僕はそれを黙って見つめる。
 女の子らしい柔らかそうな手だった。
 手相でも見て欲しいのかな?
 相性占いとか?

「な、なんで手を握ってくれないの……?」
 そんな僕の態度を見て不安そうな顔を見せる西沢さん。

「あ、そういう意味だったんだね。意図がよくわからなくて、どう反応したものかとちょっと困っちゃってたんだ」

 さすがは恋愛スキル皆無のモブ陰キャこと佐々木直人である。
 恥ずかしいことに、女の子と手を繋ぐなどという難度の高い思考を僕はまったく持ち合わせてはいなかった。

 何が手相を見て相性占いだ。

 差し出されたその手を、僕はおそるおそる取ってみる。
 そのまま西沢さんの手を軽く握ると、西沢さんもそっと優しく握り返してきて──。

(うわっ!?)

 女の子と手を繋ぐなんて幼稚園のお遊戯会で輪になって踊った時以来で、だから僕は尋常じゃなく緊張してしまっていた。

 でも緊張と同時に、触れあったところから柔らかい感触と優しい温もりが伝わってきて――。
 僕は西沢さんと手を繋いでいるという事実を、これでもかと実感していたのだった。

 僕なんか――ううん、もうこの言葉は使わないと約束したんだ。

 僕が西沢さんと手を繋いでるだなんて、ほんの10分前までは想像もしていなかったっていうのに。

 だけど僕は今こうやって西沢さんと手を繋いでいる。
 手と手を触れ合わせている。
 その信じられない幸運を僕は心の中で何度も何度も噛みしめていた。

 そして。

 釣り合うのはどうやったって無理かもだけど。
 それでも少しでも西沢さんに相応しい男子になるんだと――何ができるのかは皆目見当がつかないけれど――僕はもう一度、強く心に誓ったのだった。
「ねぇ佐々木くん、少しだけここで話していかない? ほらせっかく誰もいないからゆっくり話せそうだし。このまま帰っちゃうのって、なんだかもったいなくない?」

 手を繋ぎながら西沢さんがふと思いついたように言った。

「そうだね、だ、誰もいないもんね」

「あ、今えっちなこと考えたでしょ」
「か、考えてないからね!?」

「ええっ、ほんとかなぁ?」
「ほんとだってば、いきなりそんな失礼なこと思わないから」

 こう言っちゃなんだけど、告白された直後にいきなりえっちなことを考えるほど、僕はウェーイなタイプでは決してない。

 というか現状では普通に話すことすらさっぱり自信がないっていうのに、えっちとか絶対無理だから。
 いざ本番で立たなかったらどうしようとか思っちゃうし、そういうのはもっと自分に自信を持てるようになってからにしたい。

 なによりちゃんと交際を深めてから、お互いの気持ちをしっかりと確かめあった上でじゃないと、そういうのはダメだと思うんだ。

「えへへ、ちょっとした冗談ですので」

「も、もう……西沢さんって結構お茶目なんだね。もっとおしとやかな感じに見えたからちょっと意外だったかも」

「もしかして、幻滅しちゃった?」
 西沢さんが不安そうな硬い表情で聞いてくる。

「それこそまさかだよ。西沢さんにこんな一面があるんだなって知れて、ちょっと嬉しかったくらいだし」

「ほんと? 気使ってたりしない?」
「ほんとだってば」

「はぁ、ならよかったぁ」
 ホッとしたように表情を崩し、肩の力を抜いて脱力したように言った西沢さん。

 でも僕が西沢さんへの劣等感から付き合うことに様々な不安を覚えることはあっても、西沢さんが僕に不安を感じる要素なんてこれっぽっちもないと思うんだけどなぁ。

 そうでなくてもふんわり優しい笑顔が魅力の西沢さんは、男女問わず誰からも好かれる人気者で憧れの的だっていうのにさ。

(意外と心配性なのかな? もしくは一点の曇りも許さない完璧主義とか?)

 あ、心配と言えば――、

「ねぇねぇ西沢さん、おばあちゃんはその後大丈夫だったの? 腰を打ってたみたいだったけど」

「うん、全然元気みたいだよ。昨日も電話で痛いところとかないって聞いてみたんだけど、もうすごく元気でぴんぴんしてたもん。今日も老人会の昼カラオケに行って軍艦マーチを歌うんだって張り切ってたから」

「あはは、それは良かったね」

 腰って漢字は「月(にくづき=身体)の要」と書く大事な部分だ。
 おばあちゃんだと年齢的にも怪我をして寝たきりになる可能性もあるし、だから大丈夫って話を聞けて僕は胸をなでおろしたのだった。

「ついでに助けてくれたのが同じクラスの男子だって言ったら、おばあちゃんすごくびっくりしてたの。これは運命かもしれんの、って言ってたよ」

「確かにものすごい偶然だよね。偶然助けたおばあちゃんのお孫さんがクラスメイトの西沢さんだったなんて」

「それに後押しもされちゃったし」

「後押し? ってなんの?」
 突然出てきた単語の意味するところがわからなくて、僕はおうむ返しに聞き返す。

「えっと、だから……えっと、つまり、告白の、後押し……されたの」
「えっ!? おばあちゃんは西沢さんが僕に告白するって知ってるの!?」

「う、うん。なんていうか話の流れで、てへへ」

「それはちょっと――どころかめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?」
「えっとね、わたしは言うつもりはなかったんだよ? でも話の流れでそういう感じになっちゃって。おばあちゃんってばすごく話し上手で、つい佐々木くんのこと好きかもって言ったら、あれよあれよという間にお節介を焼かれちゃった的な……」

「あー、うん。確かに西沢さんのおばあちゃんってすごく話し上手だったよね。僕も初対面だったのにすごく会話が弾んだ記憶があるよ」

 僕は誰が見ても分かるレベルで、初対面の相手と話すのが苦手だ。
 緊張してもごもごと小さな声になっちゃうし、目を合わせるのも怖くてつい視線をそらしてしまう。

 そんな僕ですら割と普通に話せてしまえるくらいに、西沢さんのおばあちゃんは親しみやすい雰囲気を持っていたのだ。

「それでその、ね? わたし的には実は告白までするのはちょっと勇気がなかったんだけど。もっとゆっくり、お友達から始めたかったんだけど」

「おばちゃんに後押しされちゃった、と」

「誰かのために行動できる男の子はなかなかいないから、早めに捕まえておきなさいって言われちゃったの。逃がした魚はいつも大きい、後から悔いるから後悔って言うんだよって。それで今日勇気を出してえいや!って告白してみたの」

「そうだったんだね。なら僕としては西沢さんの背中を押してくれたおばあちゃんには、感謝しかないなぁ」

 つまりあの時たまたま西沢さんのおばあちゃんを助けたことが、巡り巡って僕に返ってきて西沢さんと付き合うことになったというわけだ。

 情けは人の為ならず(つまり自分の為になる)ってことわざは本当のようだった。

(人生って何が起こるかわからないなぁ)
 僕はしみじみと思った。

「でもほんと、おばあちゃんの言うとおり勇気を出してみてよかったかな。おかげでこうやって佐々木くんとカップルになれたんだから」

「僕もあの時勇気を出しておばあちゃんを助けてよかったよ。西沢さんみたいな素敵な女の子が彼女になってくれたんだから」

「おばあちゃんは恋のキューピットだね」
「それは間違いないよね」

「でも――」
「え?」

 そこで西沢さんは言葉を切ると、わざとらしく口をとがらせながら言った。

「でもせっかくカップルになって2人きりで話をしてるっていうのに、わたしのことじゃなくていきなりおばあちゃんの話をするのは、ちょっとどうかなって思うな」

「うぐっ……そうだよね、ごめん。こけた時におばあちゃんが結構痛そうにしてたから、つい気になっちゃって」

 せっかく告白してもらって西沢さんとカップルになったっていうのに、その初めての会話でいきなり他人の話を始めるとか、さすが僕だ。
 女心がわかってないにもほどがある。

 しかも西沢さんに言われるまでそれに気づかないときた。
 彼氏力がどこまでも低すぎて、本気で泣きたい僕だった。

 僕は優先順位や女の子の気持ちをちっとも考えなかった大失態を、大いに反省したんだけど――、

「だけど佐々木くんのそういう優しいところを、わたしはすごく好きなんだ」

 西沢さんはそんな僕にふんわり柔らかく微笑んでくれたのだった。

「ぶ――っ、げほっ、ごほっ!」

 そして優しい笑顔とともに真正面からこれ以上なく好きと言われてしまった僕は、緊張が限界に達して思わず咳き込んでしまう。

「だ、大丈夫!? っていうか顔真っ赤だし、あとちょっと鼻血が出てるよ?」

「ごめん、西沢さんに面と向かって好きって言われたら感情が爆発しちゃって、顔がかぁって熱くなって……」

「上向いてくれる? はい、ちょっと息苦しいかもだけど我慢してね」

 ポケットからティッシュを取り出した西沢さんが丸めて鼻に詰めてくれる。

 カップルになって最初に彼女にしてもらったことが、鼻にティッシュを詰めてもらうことだった僕。
 どうして僕はこう、やることなすことダサダサなんだろう?

 西沢さんの隣に立つのにふさわしい男になるんだって心に決めたものの。
 今の立ち位置があまりにマイナスすぎて、まずは平均を目指すのが先だと速攻で目標を下方修正するしかない僕の前途は、どうしようもなく多難のようだった。
 そういうわけで。
 学園のアイドル西沢さんにティッシュを鼻に詰めてもらった冴えない僕は、その冴えない姿のままで2人でお話することにした。

 もうこの時点で間違いなく悲しい絵面になっているんだけど、鼻血ってしまったことはいまさら取り返しがつかないので諦めるしかなかった。

 幸いなことに、ここには僕と西沢さんの2人だけしかしないから他人の視線を気にする必要はないしね、うん……。
 
 気を取り直して2人で手を繋いだまま、屋上の給水タンクの下にある段差に腰かけたんだけど――、

「……」
「……」 

 いざ女の子と会話をしろと言われてすぐに会話ができるなら、僕は陰キャなんぞしていないわけで。

 初対面の相手とカラオケに行くことすら尻込みしてしまう僕にとって、このシチュエーションは難易度が高すぎるなんてものじゃなかった。

 ガチ弾幕ゲーでお馴染み東方シリーズを全て難易度ルナティックで攻略でしろって言われる方がまだましだ。

「……」
「……」 

 女の子に告白されたあとって、何を話せばいいのかな?
 誰か教えて(泣)

 まずなにより楽しい話じゃないとだめだよね。
 それはわかるんだよ?
 でも女の子が楽しく感じる話題って何なのって話なわけでね?

 だめだ、話題か出てこなくて焦ってたら手がじんわり汗ばんできた。
 ううっ、西沢さんに手汗が気持ち悪い汗かきの汁男とか思われたらどうしよう?

 そうこうしている間にも沈黙はどんどんと長くなっていく。
 何でもいいから、せめてなにか言葉を発しないと──、

「きょ、今日はいい天気だね」

 手汗をかきながら黙ったままでいるわけには絶対にいかなかった僕は、完全にせっぱつまってしまっていて。
 だから誰でも使える最終手段、天気の話をしたのだった。

「暖かくて風もあって気持いいよね。春は好きなんだ」

 だけど西沢さんはそんなダメダメな僕に優しく言葉を返してくれる。

「あ、うん。過ごしやすいから僕も春が好きかな」

「それにいろんな花が咲くしね、歩いていても色とりどりだから見ているだけで楽しくなっちゃうもん」

「あ、わかる。桜とか綺麗だからついつい見上げちゃうよね」

「わたしも桜は好きだよ。桜が満開になるだけで日本に生まれて良かったって思えちゃうよね」

「それもわかる気がするなぁ」

「それに夏は暑くて汗かいちゃうし。冬は寒いし、秋はちょっと物悲しい感じで切なくなるし。その点春は未来に向かってる感じがして、毎日元気が出てくるっていうか」

「ちょっと意外かも、西沢さんも夏は汗をかいたり暑かったりするんだね」

「そりゃあそうですよ? 夏は暑くて蒸し蒸しして大変だもん。日焼けはするし汗もかいちゃうし。っていうか佐々木くんはわたしのことをなんだと思ってたの?」

「えっと、西沢さんは僕らと違って夏でもふんわり優しい笑顔でクリアしちゃうんだろうなって、なんとなく思ってた」

「ふふっ、じゃあ残念でした。わたしも暑い時はへばっちゃうし、スカートをパタパタしちゃうし、髪を短くしようかなとか思っちゃうんです。冬の朝にはあったかいベッドから抜け出すのが辛いし、二度寝の誘惑と毎日戦ってるんですから」

「全部僕の勝手な思い込みだったってことかぁ」

 実のところ僕は、西沢さんやカースト1軍のメンバーたちはなんでもさらっとクリアしていく完璧人間、ってイメージを勝手に持ってしまっていた。

 でもそうだよね、西沢さんだって僕と同じ人間なんだもん。
 暑い時は暑くてへばっちゃうし、汗だってかくし。
 冬の朝はベッドからなかなか出られなかったりするよね。

 つまり僕が勝手にそういうイメージをもって壁を作っていただけなんだ。
 ちゃんと同じ人間なんだ。

 だったら僕だって、今の自分を変えていけるはず――!

「……」
「……」

 とそう前向きに思ったのも束の間。
 そこでまた会話が途切れてしまいお互い無言になってしまった。

 何度も言うけど、そんな簡単に女の子と会話ができたら僕は陰キャにはなってないんだよ。
 だめだ、やっぱり僕の会話能力は低すぎる。

 さっきの会話でも西沢さんが話を膨らませようとしてくれてるのは伝わってくるのに、それに上手く乗っかれずに会話を終わらせてしまった自分に泣きそうだった。

 冬の朝に起きられない話や髪型の話題を振られたのだと理解したのは、ようやっと今になってからだし。

 肩の高さで揃えたふんわり内向きカールの今の髪型がすごく大人っぽくて似合ってるとか。
 でも違う髪型の西沢さんもそれはそれで見てみたいとか。
 昔はどんな髪形をしていたのかとか。

 ちょっと話慣れたイケてる男子だったら、あんな風に聞いてもらえたら何とでも話を弾ませることができたはずなのに。
 僕ときたら、話を膨らませる話題の種をまったく拾うことができなかったのだ。

 間違いなく西沢さんは話し下手な僕に気を使ってくれている。
 だから上手いこと僕が話題に乗っかりやすいようにと、いろいろ話題をちりばめてくれてるっていうのに……。

 そしてこうやって一度会話が途切れてしまうと、次の話題がさっぱり出てこなくなってしまう。

(ど、どうしよう……)

 天気の話はもうしちゃったし、唯一の共通話題である西沢さんのおばあちゃんの話は一番最初に使い切ってしまった。

 他に僕と西沢さんの共通の話題と言えば、やっぱり高校の話かな?
 でも僕の高校生活は授業以外にほとんどこれといって何もないから、そもそも話題がないんだよね。

 じゃあ勉強の話でもしようか?
 いやいやそれはないよ、うん。

 どうして付き合って早々勉強の話をしないといけないんだ。
 大学受験を控えた3年生じゃあるまいし。
 
 だったらと共通じゃない話題を振ろうとしても、はてさて女の子相手に一体なにを話せばいいのか僕には皆目見当がつかなかった。

 ありがちだけど趣味や特技の話?
 でも残念ながら僕にそんなものはないんだよね。

 しいて言うなら格闘ゲームが得意――ってことはむしろ黙っておいた方がいいはずだし。
 格ゲー好きとか、ただただ西沢さんに冴えない陰キャ男子であることをアピールしてしまうだけだ。

 ってことは無難にテレビやネット動画の話とか?
 うん、それはもっとだめなんだよね。

 僕は深夜アニメを録画視聴したりアニメ動画の配信を見ています、なんて口が裂けても言えるわけがない。

 冴えない男子が子犬を助けたことで美少女クラスメイトに好意を持たれる青春ラブコメとか。
 冴えない男子が召喚された異世界を救ってから日本に帰還し、高校生活で無双リスクールする話とか。

 そんな冴えない主人公が可愛い女の子に好かれる話が好きとか聞いたら、女の子はドン引きすること間違いなしだもの。
 この話が絶対厳禁だっていうのは、女心に疎い僕でもさすがにわかった。

(な、なにか話題を……なにか、なにか……)

 僕が話題を探せずに完全にテンパってしまっていると――そんな僕を気遣ったのだろう――西沢さんがまたしても助け舟を出してくれる。

「ねぇねえ、佐々木くんってどんな女の子がタイプなの? 教えて欲しいな」
「僕の好みのタイプ?」

「ほら、さっきわたしが佐々木くんのどういうところを好きかって伝えたでしょ? だから今度は佐々木くんの好みを聞きたいかなって思ったんだ」

「あ、えっと、うんと……そうだね。どんなって言われると困るんだけど……僕を好きになってくれる人かな?」

「ぶぅ、そんなの当たり前じゃん。そういうのじゃなくて、具体的にこういう人っいうのはないかな? わたしも直せるところは直したいし」

「西沢さんは理想の女の子だから直すところなんてないと思うけど」

「だからわたしだって普通の女の子なんだってば。付き合ってる男子の気持ちとか気になるし、どんな女の子が好きなのかなって聞いてみたくなるもん。だからどんなことでもいいから、佐々木くんがどういう女の子が好みなのか教えて欲しいな」

 繋いでいた西沢さんの手にきゅっと力が入った。
 それだけ真剣にこの質問をしているんだってことがこれでもかと伝わってくる。

 だから僕は自分の中にある気持ちを素直に言葉にすることにした。

 こんな風にストレートに思いをぶつけられているのだ。
 だったら誤魔化したり気取ったり見栄を張ったりはしちゃいけないって思ったから。

「可愛い女の子が好き」

「もう、可愛かったら誰でもいいの?」
 ちょっとむくれたように言う西沢さん。

「あとは優しくて明るい女の子かな。一緒に居て楽しい人がいい。それと他人の陰口を言わない人とか? 愚痴ならいくらでも聞けるけど、悪口はあまり聞きたくないかなって思う」

 外見や容姿について一番最初に言ったのは、間違いなく好感度が下がる要因だろう。
 「可愛いから好き」なんてのは、女の子にとってみればあまり良くない評価なんだってことは、僕にだってわかる。
 内面を見ずに外見しか見てないってことだから。

 でも、それでも僕は。
 可愛いって言葉をあえて一番最初に持ってきたんだ。
「人を評価するときに外見で判断するのは良くない、内面を見るべきだってよく言われるけどさ」

「けど?」

「でも西沢さんが自分を普通の女の子だって言うように、僕だって普通の男子だから可愛い女の子が好きなんだ。西沢さんみたいな可愛い女子から好きですって告白されたら、嬉しくて舞い上がっちゃうんだ」

「も、もうそんな可愛い可愛いって言われたら照れちゃうし……」

「僕もその、面と向かって言うのはすごく恥ずかしいんだけど……でも西沢さんが真剣に質問してるんだって思ったから、だから僕も正直に答えようと思ったんだ」

 西沢さんの真摯な問いかけに誠実に答えるためにも。
 西沢さんという女の子に僕を知ってもらうためにも。

(僕は君の前で、見栄を張って自分の気持ちを偽りたくなかったんだ)

 だから僕は一番最初に「可愛い」という言葉をもってきた。

 呆れられてもいい、不満に思われてもいい。
 いやあの、できれば思われたくはないんだけど。

 それでも正直に気持ちを伝えることが、僕にできる最大の誠意だって思うから。
 「なんか」を封印して変わるための第一歩だって思うから。

「佐々木くんってさ……」

「う、うん」
 僕は西沢さんに落胆されるのを覚悟して息をのんだ。

 ため息をつかれちゃうかも。
 最悪、愛想をつかされて告白をなかったことにされるまであるかもしれない。

「佐々木くん、わざとそれやってない? 一生懸命な気持ちが伝わってきて、わたし胸がキュンってなっちゃったし……この天然女たらしめ。他の女の子にも言ってたら怒るんだからね?」

 だけど西沢さんはそう言うと、ほっぺを膨らませてわざとらしくむくれた顔をして見せたのだ。

「ええっ!? こんなこと間違っても他の女子には言わないから!」

「ほんとかなぁ」

「っていうかそもそも僕には女子の友達が1人もいないから。だから女たらしなんて言われる可能性は絶対にゼロなんだ。そこは安心してくれて大丈夫だよ」

(女たらしなんて、僕から一番遠い言葉なんだから)

「あ、さすがに今のは嘘でしょ? 1人くらいは女の子の友達がいるでしょ?」

「ううん、いないよ。女の子と話す機会すらなかったのが僕だったからね」
「えー、ほんとぉ?」

「誓ってほんとだよ。僕にとっては西沢さんが初めての彼女だし、これだけ女の子と話したのも西沢さんが初めてだったから」

 僕はしっかりと西沢さんの目を見て言った。
 これに関しては胸を張ってそうだと言える。

「うん、信じる。そう言えば、学校でも佐々木くんが女子と話してるの全然見たことなかったかもだし」
「でしょ! あ、えっと、威張って言うことでは全然ないんだけどさ……」

 むしろどう考えてもダサダサなことに思い至った僕は、恥ずかしさのあまり語尾がかすれるような小声になってしまう。

「もう、佐々木くんってば。おかげでますます佐々木くんのこと好きになっちゃったじゃん……ばか」

 だけど西沢さんは、顔を真っ赤にして上目づかいで照れたように言ってきて。
 そしてそんな西沢さんを、僕はどうしようもなく愛おしく感じてしまうのだ。

「あ、ありがとう」

 答えた僕もカアっと頬が熱くなっているのを感じていた。
 西沢さんに負けず劣らず真っ赤っ赤だったと思う。

「佐々木くんの顔、真っ赤だよ?」
「それを言うなら西沢さんだって真っ赤だからね?」

「えへへ、わたしたち一緒だね」
「だ、だね」

「佐々木くん……好き」
「ぅ――」

 かなりいい感じのムードになったところから、いきなり不意打ちで好きだと言われた僕は、思わず言葉を詰まらせる。

 西沢さんのまっすぐな視線が僕の目を捉えて離さない。
 鼻の奥にヌルッという感触があって、止まりかけていた鼻血が少しぶり返した気がした。

「佐々木くんは、どう?」
「もちろん僕も……好きだよ」

 今日話してみて本当に思った。

 学園のアイドルと呼ばれる外見的な可愛さだけじゃなく、明るくて優しい西沢さんは本当に素敵な女の子なんだって、改めて理解した。
 そしてこんな素敵な女の子に好きだと言ってもらえた僕は、本当に幸せ者なんだってことも。

 だからこの「好き」は嘘偽りない心からの「好き」だった。

「『もちろん僕も』と『好き』の間に、なんか微妙な間があったんだけど……」

「それはその、ごめん……好きって言うのにすごく緊張して、言うのにものすごく
勇気がいって……」

「ふふっ、なんとなくわかってたけどね。佐々木くんのそういう奥手なところもわたし大好きだし」

 そう言うと西沢さんはそっと身体を寄せてきた。
 お互いの肩やひじが密着して、制服越しに西沢さんの温もりや柔らかさがじんわりと伝わってくる。

 さらに西沢さんは僕の肩に頭を預けると、飼い主を信頼しきった子猫のように目をつむった。

 長いまつげ、白くて綺麗なほっぺ、プルプルの唇。
 目をつむっていても変わらずふんわり可愛い西沢さんの顔を間近に見せられて、僕の心臓はドキドキと早鐘を打ちはじめる。

 初夏の柔らかい風に頬をくすぐられながら、僕たちはしばらくそのまま無言で肩を寄せ合っていた。

 それはさっき必死に話題を探して黙り込んでしまった時とは打って変わって。
 とても心地よい沈黙だと僕には感じられたのだった。
 2人きりの屋上にゆったりとした時間が流れていく。

「すぅ……すぅ……すぅ…………はわっ!? 佐々木くん……? ふぇっ!? もしかしてわたし寝ちゃってた!?」

「おはよう西沢さん」

「ご、ごめんなさい佐々木くん! 告白が終わってホッと安心したら寝ちゃったみたいで……」

 肩を寄せ合っているうちにすやすやと寝落ちしてしまった西沢さんが、起きた途端にやらかした!って感じで恥ずかしそうに肩をすぼませながら呟いた。

 ちょっと涙目になっているんだけど、それがまたすごく可愛くて困る。
 いや困らないんだけど困る。

「全然いいよ。それだけ僕に心を許してくれたってことでしょ? それに西沢さんの気持ちよさそうな寝顔も見れて、僕も役得だったしね」

「はぅ……変な寝言とか言ってなかった? もしかして、い、いびきとか……」

「まさか。すごく静かだったよ。すやすやって感じで気持ちよさそうに寝てて、見ているだけ僕も幸せな気分になれたから」

「もしかしてずっと見てたの……?」

「え? ああうん見てたけど? 幸せそうな寝顔だなって」
「うう、恥ずかしよぉ……」

 まっ赤な顔を両手で隠す西沢さん。

「ねぇ西沢さん、もしかしてなんだけど、最近あまり寝れてなかったりする?」
 そんな西沢さんが僕はちょっとだけ心配になって尋ねてみた。

 不眠症に年齢はあんまり関係ないって記事をこの前ネット広告で見かけたから。

「ううん、わたしは夜はぐっすり寝ちゃえるタイプだよ。でも昨日の夜は佐々木くんに告白するんだって思ってあれこれ考えてたら、緊張して朝方まで寝れなかったの」

「あ、そういうことね」

「ラブレターもね、何回も書き直したの。それで途中で便箋がなくなっちゃって、深夜に家を抜け出して近所のコンビニ買いに行ったりもしたし」

「その過程で差出人の名前がなくなっちゃったんだね」

「ううっ、はい……」

「あるよねそういうこと。あれこれ手直しする間にさ、どうしてだか一番大事な箇所に限ってするっと抜け落ちちゃうんだよね」

「ぶぅ、蒸し返さないでよね。いじわるなんだから佐々木くんは」
 と言いつつも、西沢さんにはちっとも怒った感じはない。

 むしろ恥ずかしがりながらも子猫がじゃれて甘えてくるような感じで、僕にもっと身体をくっつけようとぐいぐいとくっついてくる西沢さん。

(西沢さんの身体、柔らかいなぁ……おっと不埒なことは考えちゃダメだぞ佐々木直人)

「それでホッとしてつい寝ちゃったわけだね」

「佐々木くんとくっついてたら胸がぽかぽかしてきて、すごくリラックスできて。それであーこれはやばいなーって思った時には、もうほとんど意識がありませんでした」

「ちなみになんだけどまだ眠かったりする? もうちょっとくらいなら寝てても大丈夫だよ?」

「ありがとう佐々木くん。でももう大丈夫だから。仮眠してすっかり目は覚めましたのでそこはご安心を」

 そういうと西沢さんはうんしょと可愛らしく立ち上がった。
 つられて僕も立ち上がる。

 スカートを軽くはたいてほこりを取るなにげない姿も、西沢さんがするとすごく可愛かった。
 一挙手一投足がまるでドラマの中から抜け出したみたいな西沢さんに、僕はついつい見とれてしまう。

「な、なに?」
 思わず見とれてしまった僕の視線に気づいた西沢さんが、上目遣いで尋ねてくる。

「ううん、なんでもないから」

「でもじっと見てたよね?」
「えっと、それはその……つい西沢さんに見とれちゃって」

「もう、またそんなこと言って……スカートをはたいてただけだよ?」

「それがまたすごく絵になってたんだよ。ドラマの1シーンみたいでさ。それでつい、ね」

「……佐々木くんって奥手に見えてそういうことかなり素直に言ってくるよね」

「それはその、西沢さんに変な誤解をされたくなくて……」

「わたしは誤解なんてしないよ? 佐々木くんは優しくていい人で、誰かのために行動できちゃう素敵な人だって思っているから」

「西沢さんも結構はっきり言うよね? しかもちょっと荷が重い気がしなくもないというか……」

「だってほんとにそう思ってるんだもーん。そう思わせちゃう佐々木くんが悪いんだもーん」

 夕焼け色に染まった校舎の屋上で、西沢さんが子供っぽく言いながらにっこり頬む。

 そんな風に話しているうちに、いつの間にか西沢さんと自然に話せるようになっていることに僕は気が付いていた。

 緊張して名前を書き忘れたり、ホッとして寝落ちしちゃったりする西沢さんの意外な一面を見れたこと。
 それだけでなく、西沢さんがとても話しやすい空気を作ってくれるからだろう。

(こんなに自然に女の子と話せるなんて、自分で自分が信じられない)

 西沢さんの優しい気づかいに、僕は改めて心の中で大きく感謝をしたのだった。
「じゃあいい時間だし、そろそろ帰ろっか」
 僕がそう提案すると、

「屋上にいるとちょっと風が肌寒くなってきたもんね。でもその前に佐々木くんの連絡先を教えてくれないかな? ラインやってる?」

 西沢さんがスカートのポケットからスマホを取り出しながら聞いてくる。
 あまり派手派手デコっていない落ち着いたピンクのスマホケースが、すごく西沢さんらしい。

「一応やってるよ」
「一応? なに、一応って? ラインに一応とかってあるの?」

「一応はその、一応で……」

 西沢さんにとっては何気ないその質問に──だけどボクにとってはとても重い質問だ――ボクは思わず言葉を詰まらせてしまう。

 すると西沢さんはポンと手を叩いてから言った。

「あ、わかった! 有料スタンプは取らないとかそういう感じでしょ?」
「えっと、そういうんじゃなくて……」

「あれ、違った? うーん、じゃあなんだろ?」
 首をかしげる西沢さん。

「一応やってはいるけどほとんど使ってないんだ」

「ふむふむ、佐々木くんはラインしない派なんだね。ってことは、あんまり頻繁には連絡とかはしない方がよかったりする?」

「しない派っていうかその……」
 西沢さんの言葉に、僕はなんともあいまいに言葉を濁す。

「そういうわたしも言うほど頻繁じゃないんだけどね。ごはんの時は使うの禁止だし、成績が落ちたらスマホ取り上げって言われてるから、ちゃんと勉強はしないとだから」

「あ、その辺は僕も一緒かな。赤点をとったら次のテストまでスマホ禁止って言われてるんだ」
 学園のアイドルも陰キャ男子も、どこの家も子供のスマホ事情は似たり寄ったりみたいだね。

「でもでもやっぱり、連絡しすぎて佐々木くんにウザいって思われたくないから。できればあらかじめ佐々木くんのスタイルを聞いておきたいかなって思うんだけど」

 どうも西沢さんにとってこの件は、お付き合いする上でとても重要なことみたいだね。
 そもそもの大前提として、僕が西沢さんから連絡をもらってウザいと思うことは皆無だと思うんだけどなぁ。

 むしろ頻繁に連絡してもらえたら、それだけで好意を実感できて嬉しくなるはずだ。
 でも西沢さんにとってはとても大事なことみたいだし、仕方ない。ここは素直に白状しよう。

「連絡する相手がいないから、あまり使うことがなかったんだよ」
 僕はラインの「友だちリスト」を開くと、すっからかんのリストを西沢さんに見せてあげた。

「シバターってのは多分これは同じクラスの柴田君だよね? 教室でもよく2人で話してるもんね。それとこれはご両親? でも気のせいかな? これ3人しか連絡先なくない? クラスのライングループも入ってないみたいだけど」

 覗き込んだ西沢さんが確認するように僕を見た。
 まるで宇宙人でも見たかのような不思議そうな顔をしている。

「ライングループには入ってないんだ。こういうわけだから、ラインを使う機会はほとんどなかったんだ。『一応』って言ったのはそういうこと」

 毎朝予鈴ギリギリに登校し、放課後もすぐに学校を出てまっすぐ家に帰る僕に、家族から連絡があることはほぼほぼない。
 そして柴田君とは家に帰ってまで頻繁にやり取りするほどの大親友というわけでもない。

 ちなみに柴田君は休みの日とかはずっと家にこもってWeb小説の執筆をしているらしい。
 ガンガン書いて上手くなってプロの作家になるんだって堂々と言っている。

 同い年なのにもう将来の夢を持っていて、それに向かって努力しているのは本当に凄いと思う。

(学校カーストでは同じように友達がいない陰キャ扱いでも、柴田君の本質は決して陰キャじゃないんだよな)