僕はその後も、西沢さんがいかに素晴らしい女の子であり学園のアイドルとして人気があって好かれているかということを力説した。

 同時に、僕という存在がいかにちっぽけで平凡で底辺な、魅力ゼロの陰キャのモブ男子かってことも説明した。

(ああ……勝手にドッキリだと思い込んで、西沢さんにあんな悲しい顔をさせてしまったさっきの自分を殴ってやりたい)

 でもそんなことをしても時間が巻き戻ったりはしない。
 だから僕は自分を殴る代わりに、これでもかと西沢さんを褒め称え続けた。

「……えっとあの、佐々木くん? 面と向かってそこまで情熱的に褒められちゃうと、さすがに恥ずかしいかなって思ったり、思わなかったり?」

 その言葉で僕はハッと我に返った。
 目の前にある西沢さんの顔は、りんごのように真っ赤になっていた。

「ご、ごめん、つい! でも僕はただ西沢さんに悲しい顔をさせたくなくて、それで――」

「ふふっ、ちゃんとわかってますから。やっぱり佐々木くんは優しい人だよね。それに物静かで大人っぽいし、クラスでも優しそうな顔でいつもニコニコしてるでしょ? 佐々木くんのそう言うところ、いいと思うな」

「えっと、それは下手に目をつけられたりしないようにしてるだけであって、別に優しいとか大人っぽいわけじゃあないんだよ」

 悪目立ちして1軍メンバーに嫌われでもしたら最悪だから、僕は学校では騒ぐこともなくいつも静かにニコニコしている。
 ただそれだけのことだ。
 別に僕が取り立てて優しいからでも大人っぽいからでもなんでもない。

 さっき西沢さんの信頼を裏切りかけた罪滅ぼしに、僕は正直に自分の行動原理を告白した。
 ただただ誠実であることが、一生懸命の告白を嘘だと思って西沢さんを傷つけてしまった僕がなすべきことだと思ったから。

「そんなことないと思うけどなぁ」
「そんなことあるんだよね」

(それにしても、意外と見られてるもんなんだね。西沢さんが僕のことをこんなに知ってるなんて思ってもみなかった)

 わりと席が近いってこともあるんだろうけど正直意外だ。

 あ、そうか。
 もしかしてここ最近よく目が合った気がしてたのって、告白しようと思った西沢さんが意識的に僕を見ていたから?
 うわっ、僕なにか変なことしてなかったかな?

「それにほら、この前も助けてくれたでしょ? 佐々木くんを意識するようになった一番のきっかけはあの一件なの。わたしは誰かのために行動できる優しい人が好きだから」

 西沢さんはさらっとそんなことを言ったんだけど――、

「えーと、ちょっと待って? 僕が西沢さんを助けたって何の話? あの一件ってどの一件? 僕にはそんな記憶はどこにもないんだけど……」

 イチイチ思い返すまでもない。
 僕と西沢さんは移動教室の時にプリントを運ぶお手伝いをして、その時ちょろっと話したことがあるだけのペラ紙1枚程度の薄すぎる関係性だ。

「佐々木くんが助けてくれたのは、わたしじゃなくてわたしのおばあちゃんだよ」

「おばあちゃん? 西沢さんの?」

「買い物帰りに転倒したおばあちゃんを助けて、家までスイカを運んでくれたって、おばあちゃん嬉しそうに言ってたよ? 最近の若者は偉いのぅって」

「え!? あのおばあちゃんって西沢さんのおばあちゃんだったの!?」

 突然明かされたとんでもない事実に僕はビックリ仰天した。

「えへへ、実はそうなのでした。あの日、佐々木くんとすれ違ったよね? ちょうどおばあちゃんちに行くところだったんだ」

「そうだったんだね! じゃあおばあちゃんが言ってたお孫さんって西沢さんのことだったんだ! うわっ、すごい偶然! でもあれ? たしか表札には『佐藤』って書いてあった気がするけど」

「佐藤はわたしのお母さんの旧姓。お父さんの家が西沢なの」

「あ、そういうことね。納得」

 僕にもおばあちゃんが2人いるけど、片方は佐々木という名字ではない。
 いわゆる母方の祖母ってやつだね。

「おばあちゃんが言ってたんだ、好きになるならこういう人のために頑張れる人にしなさいって。わたしも同じ意見」

 でも西沢さんのその言葉を聞いて、僕は舞い上がっていた気持ちが完全にフラットになったのを感じていた。

「ごめん、それはきっと勘違いだから」

 西沢さんにとても嬉しそうに言われて。
 汚れない無垢な瞳で見つめられて。

 僕はその視線にとても耐えられなくなって、あの時の僕の気持ちを正直に伝えることにしたんだ。