「とにかく可愛い西沢さん!」 勇気を出してお婆さんを助けたら、学園のアイドルが陰キャなボクの彼女になりました。 ~ドラマみたいなカッコいい恋じゃない。だけど僕は目の前の君に必死に手を伸ばす~

 なんとか階段を上り切り、ためらいの末に屋上へと続く扉を開けると――そこにはなぜか西沢さんの姿があった。

「え、あれ……? 西沢さん?」

 苗字が同じだけの別人ではなく、同じクラスで学園のアイドルと呼ばれて人気の西沢彩菜さんだ。

 春の終わりに吹く、5月を先取りしたかのような爽やかな風に揺れる髪をそっと左手で抑える姿は、まるで人気アイドルが主演を務める学園ものドラマの1シーンのようだった。

 割とどこにでもあるような没個性な高校指定のブレザー制服までもが、まるで特別に仕立てられた女優の衣装のようにすら思えてしまう――。

 いやいや。
 今は西沢さんがいかに美少女なのかという脳内説明会をやってる場合じゃなくて。

(うわっ、まさか西沢さんも告白タイムだったり!?)

 僕と西沢さんの告白が運悪く被っちゃったの!?

 学園一の美少女と名高い西沢さんは同級生から先輩まで、果ては他校の生徒からもそれはもうよく告白されているという話だ(そしてそれを全部お断りしているらしい)。

 人がほとんど来ない屋上は告白にはうってつけのスポットだろうし、西沢さんの告白タイムとかち合っても全然不思議じゃないんだよね。

「うん、僕はいったん撤退しよう」

 さっきまでの重い足取りが嘘のように、僕は速やかに回れ右をしようとして――。
 しかし運が悪いことに、扉が開く音に反応した西沢さんとバッチリ目が合ってしまったのだった。

「ぁ――」

 僕の顔を見て西沢さんが驚いたように目を見開く。
 そして僕も蛇に睨まれたカエルのごとく、完全に固まってしまっていた。

(うわっ、これ最悪じゃない?)

 まさか僕がラブレターを貰ってここに来たなんて西沢さんは思ってもみないだろうし、西沢さんの後をつけてのぞき見してたって思われたかも。
 下手したらストーカーと思われてるんじゃないかな?

(だとしたら終わった、僕の高校生活……)

 全然接点は無くても毎日同じクラスで西沢さんの顔を見られるだけで幸せだったっていうのに、変態覗き魔ストーカーと思われて嫌われてしまったら僕もうやっていけないよ……。

 それに西沢さんがもし誰かに喋ったら速攻でクラス中に話が広がるだろう。
 そうしたら僕は文句なしのぶっちぎりのカースト最下位に転落してしまう。

 学園のアイドル西沢彩菜をストーカーした底辺男子なんて悪評が広まったら、誰も僕に関わろうとはしなくなる。

 ガチぼっち佐々木直人の高校生活がスタートする瞬間だ。
 入学からまだ1カ月も経ってないのに。

 僕は迫りくる悪夢の高校生活に震えおののきながら、とりあえずこのまま固まってるのは本気でマズいと思って屋上から逃げ去ろうとしたんだけど、

「佐々木くん、手紙を読んでくれたんだね、来てくれてありがとう」

 西沢さんの口からは、そんな信じられない言葉が告げられたんだ――!

 すぐに僕は周りをキョロキョロと見回した。

 なんのためかって?
 もちろん「西沢さんから手紙を渡されたササキクン」なる幸運の女神に投げキッスされたラッキー男子がいないかどうかを確認するためだ。

 だけどいくら探しても屋上には僕と西沢さんの他には誰もいなかった。

 念のためにボクの後ろ、階段側も確認してみたけれど、そっちも無人でただ校内へと続く階段があるだけだ。

 はてさて、これは一体どういうことなのだろうか?

 「西沢さんから手紙を渡されたササキクン」とはもしかして僕、佐々木直人を指していたりするのだろうか?

 ははっ、まさかね。
 ないない。
 天地が翻ってもそれだけはない。

 だって僕だもん。
 しかも相手はあの学園のアイドル西沢さんなんだよ?

 映画の「美女と野獣」じゃないんだからさ。

 世の中には「分不相応」という言葉がある。
 学園のアイドルと陰キャ男子がその「分不相応」であることを、僕は正しく理解していた。
「えっと、佐々木直人くんだよね?」

 そんな風に僕が黙ったままきょろきょろと挙動不審な行為をとっていたからか。
 西沢さんがちょっと困ったように僕に声をかけてきた。

 ちょっとだけ上目づかいなのが小猫が甘えて見上げてくるって感じで、うっ、すごく可愛い……。

 ヤバイ、さすが学園のアイドルだ。

 この特別な表情が見れただけで、ストーカーって思われて高校生活を棒に振ってもいいかも。
 ……いや、さすがによくはないね。

「あの、佐々木くん?」

「あ、はい、僕が佐々木です」

 西沢さんから三度尋ねられて、このまま黙って無視してはいけないと思い、僕は返事をしたんだけれど――。
 どう考えても間抜けすぎる返事で、なんかもうダサすぎて泣きそうだった。

 なにが「あ、はい、僕が佐々木です」だ。
 初対面の相手に自己紹介をしてるんじゃないんだぞ。

「もうびっくりさせないでよぉ。声をかけても黙ってるから『あれ? 実は双子のお兄さん?』とか思っちゃったじゃない」

「ごめん、屋上に来たら西沢さんがいたからビックリしちゃって」

「ええっと? 佐々木くんは手紙を読んだから来てくれたんだよね?」

「読んだんだけど、差出人の名前がなかったから誰からもらったかはわからなくて。それで屋上に来たら西沢さんがいたからビックリしたんだよ」

「え、うそっ、わたし名前書いてなかったの!?」
 右手を口に当てて隠しながら、西沢さんが盛大に驚いた。

「うん。放課後、屋上に来てくださいとだけしか書いてなかったかな」
 どこかに名前が書いてないかと隅から隅まで、それこそ封筒の内側までチェックしたからそれは間違いない。

「ごめんなさい。てっきりわたしからの手紙だとわかって来てくれたんだとばかり……ううっ、わたしって昔から結構ドジなんだよね……中学の時にテストの答えが途中から1個ズレてたこともあってね……」

 西沢さんが焦ったように早口で謝ってくる。
 顔だけでなく耳まで真っ赤になっていた。

(ああもう、申し訳なさそうな顔の西沢さんもすごく可愛いなぁ)

「別にそれは全然いいんだ。でもテストはちゃんと確認しなきゃだね。入試の時にやっちゃったら大変だし」

「おばあちゃんにも同じこと言われちゃったから、それ以来テストの時は解答欄に気を付けるようにしてるの」

 おばあちゃん?
 お父さんかお母さんじゃなくて?

 おっとこれは西沢さんのマル秘情報をゲットしちゃったかな?
 どうも西沢さんはおばあちゃんっ子らしかった。

「えーと、それで話っていうのは? わざわざ呼び出すってことは大事な話なんだよね?」

 パーフェクト美少女だと思っていた西沢さんの意外なドジっ子属性を知ったことで、僕は急に親近感みたいなものを感じてしまう。

 おかげで緊張が少しだけほぐれた僕は、学園のアイドルの西沢さんと話しているっていうのに割と自然な感じで言葉が出るようになっていた。

 クラスの女子と事務的なやりとりをする時すら緊張しちゃう僕だっていうのに、人間の心ってほんと不思議だよね。

「えっと……」
 けれど西沢さんはそこで急に黙り込んでしまったのだ。

 しかも顔はさっきよりもさらに真っ赤になっていて、もう首や耳まで真っ赤っ赤だ。
 でも一体どうしたっていうんだろう?
 そんなに言いにくい話なのかな?

 今まで移動教室の時にちょっと話したことがあるくらいで、僕と西沢さんはろくに話したことがない。
 そんな僕を相手に、西沢さんはいったいどんな大事な話があるって言うんだろうか?

 そもそも僕にどうにかできる話なのかな?

「えっと、西沢さんは僕に話があったんだよね?」

「うん……あのね……だからその……」

 西沢さんが制服の袖をギュッと握った右手を胸に当てて、まっ赤な顔で上目づかいで僕を見つめてくる。
 その姿はまるで今から告白でもしようとするかのようだった。

「うん」

 だから僕も、西沢さんの大事な話とやらを一言たりとも聞き洩らさないようにと、腹筋と背筋に力を入れてピンと背筋を伸ばす。

 そしてそのままお互い真剣な雰囲気でしばらく無言で見つめ合ってから、西沢さんは言ったんだ、

「佐々木くんのことが好きです! 付き合ってください!」

 ――って!

 普段のおしとやかな姿からは想像できないくらいに大きな声でエイやと言った西沢さんは、勢いそのままガバッと大きく身体を曲げるとお願いするように頭を下げた。

 そして僕はこの瞬間に確信をした。

(ああこれはドッキリだな)

 いくら学校カーストの底辺をうろつく僕とはいえ、まさか西沢さんが本当に僕のことを好きだとか、そんなありえない妄想をするほど馬鹿ではないのだ。

 でも西沢さんがこんな茶番を率先して企画するわけがないから、強引に告白役をやらされちゃったに違いない。
 人のいい西沢さんのことだ、きっと断り切れなかったんだろう。

 となれば西沢さんの名誉のためにも、ここはちゃんと告白にOKして勘違い系男子くんになるところまで、僕は僕に科せられたロールプレイを全うするべきだろう。

 それと正直なところ、嘘でもいいから西沢さんに告白されたことに、すごく舞い上がっちゃってる自分がいた。

 嘘だとわかっていても胸はドキドキと高鳴っちゃってるし。
 自分の顔が嬉しさのあまりにやけてしまっているのもわかっている。

 だってアイドルみたいに可愛い女の子から告白されて、舞い上がらない底辺男子高校生なんていないでしょ?
 西沢さんってばほんとに可愛いんだもの。

 それに、だ。
 少なくとも今回の件で、僕は西沢さんに僕って人間を知ってもらえたのだ。

 これからは西沢さんと時々話したりしちゃうかもだし、みんなで遊びに行ったりする時についでで僕も誘ってもらえるようになるかもしれない。

 友達がたった1人しかいない現状の高校生活と比べたら、それはとても魅力的なことのように僕には思えた。

 だから僕は答えた、

「いいよ、僕みたいなのでよかったら喜んで付き合うよ」

 ――と。

「ほんと? よかったぁ……」

 僕の返事を聞いてほっと安心したように頭をあげた西沢さんの目には、うっすらと涙が溜まっていた。

 感極まったって感じのその表情に、ううっ、本格的にドキドキしてきた……思わず本気の告白だと勘違いしそうになっちゃうよ。

 こんなに可愛くて優しくておしとやかで男女問わず好かれてる西沢さんと、こうやって話すことができたのだ。

 引力1/6で高く跳ねる月のウサギごとく、心がぴょんぴょんしてきたなぁ……。

「…………」

 そんなことを考えながら僕は待っていた、物陰からクラスメイト達が出てくるのを。
 おそらく1軍メンバーあたりが「ウェーイ!」とはやし立てるように出てくるに違いない。

 そこで僕は、ドッキリも見抜けずに分不相応にも西沢さんから本気で告白されたと勘ちがいした情けないピエロとして振る舞うことで、彼らからピエロ佐々木として認知してもらうのだ。

 さぁ早く来い。
 心の準備は――うんまぁなんとかできてると思う。

 帰ったら多分泣くけど、それでも心構えができてる分だけ明日はちゃんと学校にこれる程度だと思うから。

 それに照れる西沢さんやドジっ子な西沢さんを見ることができたし、それだけでも下層カースト男子には大きすぎるご褒美じゃないだろうか。
 というか2人っきりで西沢さんと告白ごっこをしちゃったってすごくない?

 そういうわけだったので、もはや僕に思い残すことはなかった。

 だからさぁ早くネタばらしカモン!
 最後に大げさに驚いて笑われるところまでが僕の役目だ!

 だって言うのに。

「…………」

 あれ?
 ウェーイ!が来ないね?
 ドッキリのタイミングが遅いんだけど、なにしてるのかな?

「…………」

 ううっ、まだ?
 西沢さんが僕をうるんだ瞳で見つめているんだけど?

「…………」

 ねぇまだ? まだ出てこないの?
 さすがにちょっと遅くない?
 段取り悪いよ?
 この状況でどうしたらいいかなんて僕まったくわからないから早くしてよね?

 僕はドッキリのネタばらしを待って、なにをするでもなくその場にたたずんでいた。

「じゃあ佐々木くん、今日は一緒に帰ろうね。佐々木くんとお話しして佐々木くんのこともっと知りたいの」

「えっ!?」

 だからボクは西沢さんにそう言われて、ひどく驚いてしまったのだ。

「えっ、って何か変だったかな? せっかくカップルになれたんだから、一緒に帰ろうって思ったんだけど。あ、もしかして佐々木くんは一緒に帰ったりとか学校でべたべたするのは、あまり好きじゃなかったりする?」

「特にそういうわけじゃないけど」

「良かったぁ。えっと、この前ネットで見たんだけどね。男の人って他の人に見られる場所でべたべたするのを嫌がる人もいるから要注意ってあったの」

「えーと、僕はそこまでは気にしないかな? 行き過ぎると恥ずかしいかもだけど。そもそも僕なんかを好きになってくれるんだったら、なるべく僕の方から相手の女の子にやり方に合わせようかなってって思うだろうし」

 ぶっちゃけ冴えない底辺男子に、偉そうに女の子の行動を縛る権利などありはしない。
 選ばれないには選ばれない理由があるわけで。

 だからもしそんな僕を好きだと言ってくれる女の子がいるのなら。
 自分を曲げて相手の好みに合わせることに何のためらいもありはしなかった。

 むしろ率先して自分を変えて、相手の女の子の好きなタイプになろうと頑張ろうとか思うはずだ。

「えへへ、佐々木くんってやっぱり優しい人なんだね」

 僕の答えを聞いた西沢さんが柔らかくはにかむ。
 その表情は僕の貧相なボキャブラリーでは表現しきれないほどに、それはもう可愛くて可愛くてしょうがなかったんだけれど。

 でも僕にはいい加減、聞かなければならないことがあったのだ。

「あの、西沢さん。さっきカップルって言ったけど、えっと、これってドッキリじゃなかったの?」

 僕はイマイチ頭の中が整理できないままで、ややしどろもどろになりながら西沢さんに問いかけた。

「ドッキリ? ってなんの話? テレビのバラエティ番組? わたしあんまりバラエティって見ないんだよね。あ、よかったら佐々木くんがどんなテレビを好きなのか教えてくれないかな? わたしも見てみるから」

「ええっと、テレビの話じゃなくて」

「じゃあなんの話なの?」

「だからえっと、西沢さんが僕に告白したことがドッキリだったんじゃないのかな、ってことなんだけど……」

「? なんで? 違うよ?」
 西沢さんが不思議そうな顔で、こてんと可愛らしく小首を傾げた。

「……えええっ!? だって西沢さんが僕なんかに告白するなんてありえないでしょ!? だからもうこれはドッキリだなって思ってたんだけど」

(ドッキリじゃない!? じゃ、じゃあ一体どういうことなの!?)

 僕の頭は激しく混乱していた。

(だって、だって……えええええええええええっっっっっくぁwせdrftgyふじこlp!!!!????)

「ふえっ、もしかして佐々木くんは嘘の告白だと思ってたの? じゃあOKしてくれたのも嘘ってこと? 酷いよ佐々木くん、わたし一生懸命告白したのに……」

 西沢さんが笑顔から一転、泣きそうな顔に早変わりした。
 目元にうっすらと光るものが見える。
 西沢さんの涙だ。

「ち、違うんだ西沢さん! いや違わないんだけど、西沢さんに告白されてOKした気持ちは本気だったから! すごく嬉しかったし、ぶっちゃけ舞い上がっちゃってたから!」

「じゃあなんでドッキリだなんて思ったりしたの……?」

「それは、だから……だって理由がわからなかったから」
「理由って?」

「美人でおしとやかではにかむように笑う笑顔が本当に素敵で、学園のアイドルって言われて人気のある西沢さんが、僕みたいな何の変哲もない冴えない男子に告白する理由が思いつかなかったから。だからドッキリだと思ったんだ」

 僕は超早口でまくし立てるように、なぜそう思ったのかを西沢さんに説明した。

 必死だった。人生で一番必死だった。
 合格がやや微妙なラインだった高校受験直前でも、こんなに必死だったことはなかったと思う。

 それもこれも全ては、ただただ西沢さんをこれ以上悲しませたくなかったからだ。
 僕はその後も、西沢さんがいかに素晴らしい女の子であり学園のアイドルとして人気があって好かれているかということを力説した。

 同時に、僕という存在がいかにちっぽけで平凡で底辺な、魅力ゼロの陰キャのモブ男子かってことも説明した。

(ああ……勝手にドッキリだと思い込んで、西沢さんにあんな悲しい顔をさせてしまったさっきの自分を殴ってやりたい)

 でもそんなことをしても時間が巻き戻ったりはしない。
 だから僕は自分を殴る代わりに、これでもかと西沢さんを褒め称え続けた。

「……えっとあの、佐々木くん? 面と向かってそこまで情熱的に褒められちゃうと、さすがに恥ずかしいかなって思ったり、思わなかったり?」

 その言葉で僕はハッと我に返った。
 目の前にある西沢さんの顔は、りんごのように真っ赤になっていた。

「ご、ごめん、つい! でも僕はただ西沢さんに悲しい顔をさせたくなくて、それで――」

「ふふっ、ちゃんとわかってますから。やっぱり佐々木くんは優しい人だよね。それに物静かで大人っぽいし、クラスでも優しそうな顔でいつもニコニコしてるでしょ? 佐々木くんのそう言うところ、いいと思うな」

「えっと、それは下手に目をつけられたりしないようにしてるだけであって、別に優しいとか大人っぽいわけじゃあないんだよ」

 悪目立ちして1軍メンバーに嫌われでもしたら最悪だから、僕は学校では騒ぐこともなくいつも静かにニコニコしている。
 ただそれだけのことだ。
 別に僕が取り立てて優しいからでも大人っぽいからでもなんでもない。

 さっき西沢さんの信頼を裏切りかけた罪滅ぼしに、僕は正直に自分の行動原理を告白した。
 ただただ誠実であることが、一生懸命の告白を嘘だと思って西沢さんを傷つけてしまった僕がなすべきことだと思ったから。

「そんなことないと思うけどなぁ」
「そんなことあるんだよね」

(それにしても、意外と見られてるもんなんだね。西沢さんが僕のことをこんなに知ってるなんて思ってもみなかった)

 わりと席が近いってこともあるんだろうけど正直意外だ。

 あ、そうか。
 もしかしてここ最近よく目が合った気がしてたのって、告白しようと思った西沢さんが意識的に僕を見ていたから?
 うわっ、僕なにか変なことしてなかったかな?

「それにほら、この前も助けてくれたでしょ? 佐々木くんを意識するようになった一番のきっかけはあの一件なの。わたしは誰かのために行動できる優しい人が好きだから」

 西沢さんはさらっとそんなことを言ったんだけど――、

「えーと、ちょっと待って? 僕が西沢さんを助けたって何の話? あの一件ってどの一件? 僕にはそんな記憶はどこにもないんだけど……」

 イチイチ思い返すまでもない。
 僕と西沢さんは移動教室の時にプリントを運ぶお手伝いをして、その時ちょろっと話したことがあるだけのペラ紙1枚程度の薄すぎる関係性だ。

「佐々木くんが助けてくれたのは、わたしじゃなくてわたしのおばあちゃんだよ」

「おばあちゃん? 西沢さんの?」

「買い物帰りに転倒したおばあちゃんを助けて、家までスイカを運んでくれたって、おばあちゃん嬉しそうに言ってたよ? 最近の若者は偉いのぅって」

「え!? あのおばあちゃんって西沢さんのおばあちゃんだったの!?」

 突然明かされたとんでもない事実に僕はビックリ仰天した。

「えへへ、実はそうなのでした。あの日、佐々木くんとすれ違ったよね? ちょうどおばあちゃんちに行くところだったんだ」

「そうだったんだね! じゃあおばあちゃんが言ってたお孫さんって西沢さんのことだったんだ! うわっ、すごい偶然! でもあれ? たしか表札には『佐藤』って書いてあった気がするけど」

「佐藤はわたしのお母さんの旧姓。お父さんの家が西沢なの」

「あ、そういうことね。納得」

 僕にもおばあちゃんが2人いるけど、片方は佐々木という名字ではない。
 いわゆる母方の祖母ってやつだね。

「おばあちゃんが言ってたんだ、好きになるならこういう人のために頑張れる人にしなさいって。わたしも同じ意見」

 でも西沢さんのその言葉を聞いて、僕は舞い上がっていた気持ちが完全にフラットになったのを感じていた。

「ごめん、それはきっと勘違いだから」

 西沢さんにとても嬉しそうに言われて。
 汚れない無垢な瞳で見つめられて。

 僕はその視線にとても耐えられなくなって、あの時の僕の気持ちを正直に伝えることにしたんだ。
「勘違いって? なにが?」

 僕の言ってることがよくわからないって感じで、西沢さんがキョトンとした顔を見せた。
 そんな西沢さんに僕は自分がどんな人間なのかを説明をする。

「僕は誰かのために頑張れるような聖人君子じゃないんだよ。あの時だって正義感から助けたわけじゃなくて」

「そう……なの?」

「僕はあの時、放っておくと寝覚めが悪そうだったからっていうものすごく後ろ向きな理由で、西沢さんのおばあちゃんを助けたんだ。ただただ自分が嫌な気持ちにならないために」

「うん……」

「だからあの時もし周りに誰か人がいたら、僕はきっと恥ずかしくてあんなことはできなかったと思う。だって僕にとって恥ずかしいのは、寝覚めが悪いことよりも嫌だから。僕は所詮そういう人間なんだ。だから西沢さんもおばあちゃんも、僕のことを勘違いしていると思う」

 あの時の僕の行動理念を、僕はこれ以上なく正直に西沢さんへと伝えた。

 間違いなく西沢さんに幻滅されちゃったと思う。

 でも真剣に想いを告白してくれた女の子に対する、それが僕が絶対に通さないといけない筋だと思ったんだ。
 西沢さんの勘違いを利用して騙して付き合うなんてことは、絶対にしちゃいけないって思ったから。

 だっていうのに――、

「佐々木くんって、さ」
「な、なに?」

「優しいだけじゃなくてすごく正直なんだね」

 そう言った西沢さんは、今日一番ってくらいにとびっきりの笑顔を見せてくれたんだ!

 一旦フラットになったはずの僕の心が再び大きく跳ね上がる。

「正直っていうか、嘘をついて好きになってもらうのはちょっと違うかなって思ったんだ。それに嘘で着飾ったって、どうせすぐに本性はバレちゃうだろうから」

 僕がそんなすごい人間じゃないなんてことは、付き合えばすぐに露呈してしまう。
 そんなもの隠し通せるわけがない。

 となると結局その先に待っているのは、西沢さんの失望からくる破局でしかないわけで。
 その時僕はきっと、ものすごく悲しい思いをするだろう。
 だったら西沢さんとお付き合いするなんて大それた夢なんて見ずに、最初から付き合わないでいる方がマシだ。

 でも西沢さんは少し考えるようなそぶりを見せてから、言った。

「わたし思うんだけどね?」
「なに?」

「少なくともその時近くにいた人は誰もおばあちゃんを助けてくれなかったのに、佐々木くんは助けてくれたわけでしょ? それってやっぱりすごいことだと思うの」

「そう……なのかな? ごめん、よくわかんない」

「そうだよ。佐々木くんはすごいよ。すごすご男子だよ」

「すごすご男子って……」

「あ、『すご力』が足りなかった? じゃあすごすごすごすご男子で」

「あはは、なにそれ『すご力』って」
 僕はその表現のなんともいえない可愛らしさについ笑ってしまった。

 すごいって言ってくれてるはずなのに、『すご力』なる物を重ねれば重ねるほど、逆にイマイチすごくない感じが増していくのは僕の気のせいじゃないよね?

「ちょ、ちょっと佐々木くん、なんでここで笑うかなぁ? わたし一生懸命気持ちを伝えてるのに」

「ごめん、ちょっとツボに入っちゃったみたいで」

「もう、酷いんだからぁ」
 ほっぺを膨らませてわざとらしく怒った振りをする西沢さん。

 そんな芝居がかった姿もすごく可愛いのはさすが学園のアイドルだ。

「でもさ。仮にそうだったとしても、やっぱり僕なんかじゃ西沢さんには釣り合わないって思うし、僕なんかに西沢さんはもったいないって思うから。だから――」

 付き合うのはやっぱりやめよう――そう言いかけた僕の言葉尻に被せるようにして西沢さんは言ったんだ、

「ねぇねぇ、なんかは禁止にしちゃわない?」

 って。
「え?」
 西沢さんが何を言っているのか、最初僕はよくわからなかった。

「『僕なんか』って言い方は禁止にしない?」

 西沢さんもこれだけだとちょっと言葉足らずだと思ったのか、言葉を補足して改めて言い直してくれる。

「あ、そういうことか。でも、えっと……」

「だってそうでしょ? 佐々木くんはこんなに素敵な人で、わたしはそんな佐々木くんのことが大好きなのに。なのに『僕なんか』なんて卑下して言われたら、わたし悲しいもん」

「あ……その、ごめん。西沢さんの気持ちを貶すつもりは全然なくて。これは僕の口癖みたいなもので、ほんと他意はなくて……」

 意図せず西沢さんを傷つけてしまったことを、僕は慌てて謝罪した。

「あ、えっと、わたしの方こそ今のはちょっと言い方きつかったかもです。わたしも責めるつもりは全然なくて。ごめんね佐々木くん、偉そうなこと言っちゃっいました。反省しています」

 そんな僕に負けず劣らず慌てた様子で、ぺこりと頭を下げる西沢さん。

「ううん、僕のほうこそ全然気にしてないから」

 僕の言葉にホッとしたように顔を上げた西沢さんと目と目が合って――、

「ぷっ……」
「ふふっ」

 僕と西沢さんはどちらからともなく小さく笑い出してしまった。

「なんだかさっきから僕たち謝ってばっかりだよね?」
「だよね? 告白してオッケーもらったはずなのに、わたしたちなんか変だよね」

 西沢さんの名前書き忘れから始まって、僕のドッキリ勘違いを経て。
 ここに至るまでお互いに謝ってばかりのこんなにもヘンテコな告白イベントは、そうそうお目にかかれないだろう。

「そうだよね。僕、告白にオッケーしたんだよね……」

「もしかしてそれも無かったことに?」
 西沢さんが不安そうに尋ねてくる。

 事ここに至って、ついに僕は心を決めた。

「ううん、僕も西沢さんと付き合いたい。だから――だから僕はもう『なんか』って言うのはやめることにする」

 この時僕は思ったんだ。

 皆に人気の西沢さんに僕が相応しくなるのは、現実的には厳しいかもしれない。
 だけどそんな西沢さんと付き合おうというのなら、僕は西沢さんに相応しくなるための努力をするべきだって。

 そのための最初の一歩として。
 まずは「僕なんか」って言って自分を卑下するのはやめようと、僕はこの時そう強く思ったんだ。

「ほんと!? 絶対その方がいいよ、佐々木くんは誰も助けられなかったおばあちゃんを助けてくれたすごすごすごすご男子なんだから」

「あんまり何度も言われると、ちょっと恥ずかしくなってきちゃうんだけど……」

「ええっ、すっごく素敵なエピソードだと思うのになぁ。スピーチにも使えそうじゃない? 結婚式とか」

「えっと、僕たちまだ高校生だから結婚とかはまだ早いかなって……」

「ふえっ!? ええっと!? あの、わ、わたしもそう言う意味で言ったわけじゃなくて……あの、その……」

 顔を真っ赤にしてしどろもどろになってしまう西沢さん。
 う、すごく可愛い……。

「だよね、深い意味はないよね」

「そ、そうだよ! もう、変なこと言わないでよね。け、結婚とか……結婚……佐々木くんと結婚って……こ、この話は終了にします!」

 まるで自分に言い聞かせるみたいに強い口調で言うと、西沢さんは僕に向かって右手を差し出してきた。

「…………」

 僕はそれを黙って見つめる。
 女の子らしい柔らかそうな手だった。
 手相でも見て欲しいのかな?
 相性占いとか?

「な、なんで手を握ってくれないの……?」
 そんな僕の態度を見て不安そうな顔を見せる西沢さん。

「あ、そういう意味だったんだね。意図がよくわからなくて、どう反応したものかとちょっと困っちゃってたんだ」

 さすがは恋愛スキル皆無のモブ陰キャこと佐々木直人である。
 恥ずかしいことに、女の子と手を繋ぐなどという難度の高い思考を僕はまったく持ち合わせてはいなかった。

 何が手相を見て相性占いだ。

 差し出されたその手を、僕はおそるおそる取ってみる。
 そのまま西沢さんの手を軽く握ると、西沢さんもそっと優しく握り返してきて──。

(うわっ!?)

 女の子と手を繋ぐなんて幼稚園のお遊戯会で輪になって踊った時以来で、だから僕は尋常じゃなく緊張してしまっていた。

 でも緊張と同時に、触れあったところから柔らかい感触と優しい温もりが伝わってきて――。
 僕は西沢さんと手を繋いでいるという事実を、これでもかと実感していたのだった。

 僕なんか――ううん、もうこの言葉は使わないと約束したんだ。

 僕が西沢さんと手を繋いでるだなんて、ほんの10分前までは想像もしていなかったっていうのに。

 だけど僕は今こうやって西沢さんと手を繋いでいる。
 手と手を触れ合わせている。
 その信じられない幸運を僕は心の中で何度も何度も噛みしめていた。

 そして。

 釣り合うのはどうやったって無理かもだけど。
 それでも少しでも西沢さんに相応しい男子になるんだと――何ができるのかは皆目見当がつかないけれど――僕はもう一度、強く心に誓ったのだった。
「ねぇ佐々木くん、少しだけここで話していかない? ほらせっかく誰もいないからゆっくり話せそうだし。このまま帰っちゃうのって、なんだかもったいなくない?」

 手を繋ぎながら西沢さんがふと思いついたように言った。

「そうだね、だ、誰もいないもんね」

「あ、今えっちなこと考えたでしょ」
「か、考えてないからね!?」

「ええっ、ほんとかなぁ?」
「ほんとだってば、いきなりそんな失礼なこと思わないから」

 こう言っちゃなんだけど、告白された直後にいきなりえっちなことを考えるほど、僕はウェーイなタイプでは決してない。

 というか現状では普通に話すことすらさっぱり自信がないっていうのに、えっちとか絶対無理だから。
 いざ本番で立たなかったらどうしようとか思っちゃうし、そういうのはもっと自分に自信を持てるようになってからにしたい。

 なによりちゃんと交際を深めてから、お互いの気持ちをしっかりと確かめあった上でじゃないと、そういうのはダメだと思うんだ。

「えへへ、ちょっとした冗談ですので」

「も、もう……西沢さんって結構お茶目なんだね。もっとおしとやかな感じに見えたからちょっと意外だったかも」

「もしかして、幻滅しちゃった?」
 西沢さんが不安そうな硬い表情で聞いてくる。

「それこそまさかだよ。西沢さんにこんな一面があるんだなって知れて、ちょっと嬉しかったくらいだし」

「ほんと? 気使ってたりしない?」
「ほんとだってば」

「はぁ、ならよかったぁ」
 ホッとしたように表情を崩し、肩の力を抜いて脱力したように言った西沢さん。

 でも僕が西沢さんへの劣等感から付き合うことに様々な不安を覚えることはあっても、西沢さんが僕に不安を感じる要素なんてこれっぽっちもないと思うんだけどなぁ。

 そうでなくてもふんわり優しい笑顔が魅力の西沢さんは、男女問わず誰からも好かれる人気者で憧れの的だっていうのにさ。

(意外と心配性なのかな? もしくは一点の曇りも許さない完璧主義とか?)

 あ、心配と言えば――、

「ねぇねぇ西沢さん、おばあちゃんはその後大丈夫だったの? 腰を打ってたみたいだったけど」

「うん、全然元気みたいだよ。昨日も電話で痛いところとかないって聞いてみたんだけど、もうすごく元気でぴんぴんしてたもん。今日も老人会の昼カラオケに行って軍艦マーチを歌うんだって張り切ってたから」

「あはは、それは良かったね」

 腰って漢字は「月(にくづき=身体)の要」と書く大事な部分だ。
 おばあちゃんだと年齢的にも怪我をして寝たきりになる可能性もあるし、だから大丈夫って話を聞けて僕は胸をなでおろしたのだった。

「ついでに助けてくれたのが同じクラスの男子だって言ったら、おばあちゃんすごくびっくりしてたの。これは運命かもしれんの、って言ってたよ」

「確かにものすごい偶然だよね。偶然助けたおばあちゃんのお孫さんがクラスメイトの西沢さんだったなんて」

「それに後押しもされちゃったし」

「後押し? ってなんの?」
 突然出てきた単語の意味するところがわからなくて、僕はおうむ返しに聞き返す。

「えっと、だから……えっと、つまり、告白の、後押し……されたの」
「えっ!? おばあちゃんは西沢さんが僕に告白するって知ってるの!?」

「う、うん。なんていうか話の流れで、てへへ」

「それはちょっと――どころかめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?」
「えっとね、わたしは言うつもりはなかったんだよ? でも話の流れでそういう感じになっちゃって。おばあちゃんってばすごく話し上手で、つい佐々木くんのこと好きかもって言ったら、あれよあれよという間にお節介を焼かれちゃった的な……」

「あー、うん。確かに西沢さんのおばあちゃんってすごく話し上手だったよね。僕も初対面だったのにすごく会話が弾んだ記憶があるよ」

 僕は誰が見ても分かるレベルで、初対面の相手と話すのが苦手だ。
 緊張してもごもごと小さな声になっちゃうし、目を合わせるのも怖くてつい視線をそらしてしまう。

 そんな僕ですら割と普通に話せてしまえるくらいに、西沢さんのおばあちゃんは親しみやすい雰囲気を持っていたのだ。

「それでその、ね? わたし的には実は告白までするのはちょっと勇気がなかったんだけど。もっとゆっくり、お友達から始めたかったんだけど」

「おばちゃんに後押しされちゃった、と」

「誰かのために行動できる男の子はなかなかいないから、早めに捕まえておきなさいって言われちゃったの。逃がした魚はいつも大きい、後から悔いるから後悔って言うんだよって。それで今日勇気を出してえいや!って告白してみたの」

「そうだったんだね。なら僕としては西沢さんの背中を押してくれたおばあちゃんには、感謝しかないなぁ」

 つまりあの時たまたま西沢さんのおばあちゃんを助けたことが、巡り巡って僕に返ってきて西沢さんと付き合うことになったというわけだ。

 情けは人の為ならず(つまり自分の為になる)ってことわざは本当のようだった。

(人生って何が起こるかわからないなぁ)
 僕はしみじみと思った。

「でもほんと、おばあちゃんの言うとおり勇気を出してみてよかったかな。おかげでこうやって佐々木くんとカップルになれたんだから」

「僕もあの時勇気を出しておばあちゃんを助けてよかったよ。西沢さんみたいな素敵な女の子が彼女になってくれたんだから」

「おばあちゃんは恋のキューピットだね」
「それは間違いないよね」

「でも――」
「え?」

 そこで西沢さんは言葉を切ると、わざとらしく口をとがらせながら言った。

「でもせっかくカップルになって2人きりで話をしてるっていうのに、わたしのことじゃなくていきなりおばあちゃんの話をするのは、ちょっとどうかなって思うな」

「うぐっ……そうだよね、ごめん。こけた時におばあちゃんが結構痛そうにしてたから、つい気になっちゃって」

 せっかく告白してもらって西沢さんとカップルになったっていうのに、その初めての会話でいきなり他人の話を始めるとか、さすが僕だ。
 女心がわかってないにもほどがある。

 しかも西沢さんに言われるまでそれに気づかないときた。
 彼氏力がどこまでも低すぎて、本気で泣きたい僕だった。

 僕は優先順位や女の子の気持ちをちっとも考えなかった大失態を、大いに反省したんだけど――、

「だけど佐々木くんのそういう優しいところを、わたしはすごく好きなんだ」

 西沢さんはそんな僕にふんわり柔らかく微笑んでくれたのだった。

「ぶ――っ、げほっ、ごほっ!」

 そして優しい笑顔とともに真正面からこれ以上なく好きと言われてしまった僕は、緊張が限界に達して思わず咳き込んでしまう。

「だ、大丈夫!? っていうか顔真っ赤だし、あとちょっと鼻血が出てるよ?」

「ごめん、西沢さんに面と向かって好きって言われたら感情が爆発しちゃって、顔がかぁって熱くなって……」

「上向いてくれる? はい、ちょっと息苦しいかもだけど我慢してね」

 ポケットからティッシュを取り出した西沢さんが丸めて鼻に詰めてくれる。

 カップルになって最初に彼女にしてもらったことが、鼻にティッシュを詰めてもらうことだった僕。
 どうして僕はこう、やることなすことダサダサなんだろう?

 西沢さんの隣に立つのにふさわしい男になるんだって心に決めたものの。
 今の立ち位置があまりにマイナスすぎて、まずは平均を目指すのが先だと速攻で目標を下方修正するしかない僕の前途は、どうしようもなく多難のようだった。