「えっと、佐々木直人くんだよね?」

 そんな風に僕が黙ったままきょろきょろと挙動不審な行為をとっていたからか。
 西沢さんがちょっと困ったように僕に声をかけてきた。

 ちょっとだけ上目づかいなのが小猫が甘えて見上げてくるって感じで、うっ、すごく可愛い……。

 ヤバイ、さすが学園のアイドルだ。

 この特別な表情が見れただけで、ストーカーって思われて高校生活を棒に振ってもいいかも。
 ……いや、さすがによくはないね。

「あの、佐々木くん?」

「あ、はい、僕が佐々木です」

 西沢さんから三度尋ねられて、このまま黙って無視してはいけないと思い、僕は返事をしたんだけれど――。
 どう考えても間抜けすぎる返事で、なんかもうダサすぎて泣きそうだった。

 なにが「あ、はい、僕が佐々木です」だ。
 初対面の相手に自己紹介をしてるんじゃないんだぞ。

「もうびっくりさせないでよぉ。声をかけても黙ってるから『あれ? 実は双子のお兄さん?』とか思っちゃったじゃない」

「ごめん、屋上に来たら西沢さんがいたからビックリしちゃって」

「ええっと? 佐々木くんは手紙を読んだから来てくれたんだよね?」

「読んだんだけど、差出人の名前がなかったから誰からもらったかはわからなくて。それで屋上に来たら西沢さんがいたからビックリしたんだよ」

「え、うそっ、わたし名前書いてなかったの!?」
 右手を口に当てて隠しながら、西沢さんが盛大に驚いた。

「うん。放課後、屋上に来てくださいとだけしか書いてなかったかな」
 どこかに名前が書いてないかと隅から隅まで、それこそ封筒の内側までチェックしたからそれは間違いない。

「ごめんなさい。てっきりわたしからの手紙だとわかって来てくれたんだとばかり……ううっ、わたしって昔から結構ドジなんだよね……中学の時にテストの答えが途中から1個ズレてたこともあってね……」

 西沢さんが焦ったように早口で謝ってくる。
 顔だけでなく耳まで真っ赤になっていた。

(ああもう、申し訳なさそうな顔の西沢さんもすごく可愛いなぁ)

「別にそれは全然いいんだ。でもテストはちゃんと確認しなきゃだね。入試の時にやっちゃったら大変だし」

「おばあちゃんにも同じこと言われちゃったから、それ以来テストの時は解答欄に気を付けるようにしてるの」

 おばあちゃん?
 お父さんかお母さんじゃなくて?

 おっとこれは西沢さんのマル秘情報をゲットしちゃったかな?
 どうも西沢さんはおばあちゃんっ子らしかった。

「えーと、それで話っていうのは? わざわざ呼び出すってことは大事な話なんだよね?」

 パーフェクト美少女だと思っていた西沢さんの意外なドジっ子属性を知ったことで、僕は急に親近感みたいなものを感じてしまう。

 おかげで緊張が少しだけほぐれた僕は、学園のアイドルの西沢さんと話しているっていうのに割と自然な感じで言葉が出るようになっていた。

 クラスの女子と事務的なやりとりをする時すら緊張しちゃう僕だっていうのに、人間の心ってほんと不思議だよね。

「えっと……」
 けれど西沢さんはそこで急に黙り込んでしまったのだ。

 しかも顔はさっきよりもさらに真っ赤になっていて、もう首や耳まで真っ赤っ赤だ。
 でも一体どうしたっていうんだろう?
 そんなに言いにくい話なのかな?

 今まで移動教室の時にちょっと話したことがあるくらいで、僕と西沢さんはろくに話したことがない。
 そんな僕を相手に、西沢さんはいったいどんな大事な話があるって言うんだろうか?

 そもそも僕にどうにかできる話なのかな?

「えっと、西沢さんは僕に話があったんだよね?」

「うん……あのね……だからその……」

 西沢さんが制服の袖をギュッと握った右手を胸に当てて、まっ赤な顔で上目づかいで僕を見つめてくる。
 その姿はまるで今から告白でもしようとするかのようだった。

「うん」

 だから僕も、西沢さんの大事な話とやらを一言たりとも聞き洩らさないようにと、腹筋と背筋に力を入れてピンと背筋を伸ばす。

 そしてそのままお互い真剣な雰囲気でしばらく無言で見つめ合ってから、西沢さんは言ったんだ、

「佐々木くんのことが好きです! 付き合ってください!」

 ――って!

 普段のおしとやかな姿からは想像できないくらいに大きな声でエイやと言った西沢さんは、勢いそのままガバッと大きく身体を曲げるとお願いするように頭を下げた。