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 重い瞼をもちあげると、真っ白な天井が目に入った。
 さらりと流れてきた風の方へとゆっくり首を動かす。窓が開いている。清潔感のある薄い水色のカーテンが風に揺れている。

「よかった! 気がつきました?」

 反対側に頭を動かす。華やかな笑顔が向けられている。私に。……私に。

「……あれ……? 私……」

 掠れた声が出た。生きている。
 命の危険を感じたわけではないけど、それでも──

「……隆介は?」

 椅子をベッドのそばまで持ってきてきちんと座ったユキナに問いかけた。
 彼女は少し気まずそうに笑って、視線を落とす。

「仕事ですって」
「……そう」

 どうしてここにユキナが?
 一瞬過ぎった疑問を自分でかき消した。きっとあのまま通話中になっていたんだろう。
 どこまで聞こえていたかはわからないけど、何かが起きていることはわかったはずだ。

「前にちょっとだけ聞いたことあったの思い出したの。櫻木さんちの近く通った時に芳野さんが教えてくれたじゃない? いいマンションで羨ましいねみたいな話をしたの、覚えてます?」
「……ああ……そうでしたね」

 そうでしたよ、と強く頷いて、ユキナは私の手を握った。

「ブツブツ途切れたりして安定しなかったんだけどね、とりあえずあの人が芳野さんに落ち着けとか大丈夫かって言ってるのは聞こえたの。だから何かあったんだと思って、我慢できなくてタクシー飛ばしちゃって」
「……え?」

 ユキナは照れたように私から視線を逸らすと、少しふざけたように続ける。

「ちょうど芳野さんが運ばれてくところだったから、ついてきちゃった。だってびっくりするじゃん救急車とか」

 私が気に病まないように気を使ってくれてるんだろう。
 それにしても救急車が出動する騒ぎになっていたとは思わなかった。
 目覚めたとき隆介がそばにいてくれたらもっと嬉しかったのに。
 仕事というのはおそらく本当だろうけど、一緒に居辛いという本音が当然だろう。もうダメだろうな。わかっているけど、やっぱり辛い。みっともないくらい好きだった。今でもまだこんなに好きだ。どうしようもなく。
 ぬらりと背中を汗が伝った。
 あれは聞こえない。それでも部屋の隅に蠢く何かを感じる。
 逃げ切れたとは思えない。思わない。あれは確かに私を飲みこもうとしていた。しかも隆介には何の気配も感じてはいなかった。
 紗和には紗和にだけ、大翔には大翔にだけ。
 そして私には私にだけついてくるんだろう。
 客観的に語りながらも逃げ切れたとは思えない、どこか違和感を覚えたままの紗和の様子に妙な納得をした。
 大翔のスマートフォンにはきっとこれからも正体不明のブックマークは付き続ける。私にもきっと。

「二人に何があったかわかんないけどさ、あんま自分を責めないでよ」

 ユキナが顔を覗き込んできた。
 心から心配してくれているのが表情から伝わってきて、目に熱いものがあふれてくる。隆介を目の前にした時に出てきたものとは全然違う。

「約束だよ?」

 悪戯っぽくウインクをしたユキナは右手を差し出した。小指が立っている。指きりげんまん。知ってる。子どもみたいだ。
 指きりげんまん、ウソついたら針せんぼんのーます。
 綺麗なコーラルピンクに染められた長い爪が離れる。よしよし、と頭を撫でられた。あふれてきた熱いものがぽたぽたとベッドに吸い込まれていった。