「君はどこから来たの? 僕は常連だけど、君は今日が初めてだよね。だってこんなに可愛い猫ちゃんがいたら、絶対に忘れないと思うから」
にゃっ(可愛い)⁈」

 そんな言葉、今まで一度だって言われたことはないが、自分の姿が猫であると思えば、それも納得が出来た。

「あはは。本当に可愛いね。連れて帰りたいくらいだけど、母親が動物アレルギーなんだ。"猫田(ねこた)"っていう名字なのに笑っちゃうよね。でも家がすぐそこだからさ、君がここに来てくれればいつでも会えるね」

 そう言った彼の顔は、家族のことを話しているにしてはどこか寂しそうに見えた。ふと後ろを振り返ると、白い外壁の家が建っており、きっとここが彼の家に違いないと思った。

 うちは女ばかりの家系だからうるさくて仕方ないけど、同じくらい楽しいこともたくさんあった。彼の家族はそうではないのだろうか。

「あっ、そろそろバイトの時間だ」

 そう言って彼はコンクリートに置いてあったペンケースに鉛筆をしまった。ふと絵の具くんの膝の上に置いていたスケッチブックが真依の目に入り、そこにこの川からの風景が細かく鉛筆で細かく描かれているのが見えた。

 そうか。彼は風景の絵を描くんだーー絵の具くんは荷物をまとめると、真依の頭から背中にかけて優しく撫でてにっこりと微笑んだ。

「じゃあまた会えたらいいね、猫ちゃん」

 また会えたらーー決して嫌な言葉ではないのに、何故か心に突き刺さった。"また"があるのだろうか。もし自分がすでに死んでいるのだとしたら、もう二度会うことはないはずだ。

 でも逆に生きていたらーーここよりも、いつものカフェで会いたい。君が……猫田くんが何も言わなくても、きちんとLサイズのカフェラテを用意するから。

 手を振りながら自転車で颯爽に走り去っていく背中を見送ると、突然眠気に襲われ、徐々に意識を失っていくのを感じた。