あぁ、暑い……。暑くて仕方ない……というか、エアコンは? いつも寝る時はしっかりつけているのに、消えてるってことは、何か操作を間違えちゃったのかなーーじわじわと感じる暑さに耐えられなくなった真依は、叫び声を上げながら飛び起きた。

 しかしおかしなことに、何故か立ち上がることが出来ない。正確には四つん這いにはなれるけど、二本足で立つことが出来ないという状況。眉間に皺を寄せ、真依は頭を抱えた。

「あっ、やっと起きたんだね」

 突然男の声がして、真依は驚いたように飛び跳ねたが、その人物があの絵の具くんだったので、ホッと胸を撫で下ろした。

「ここは僕の定位置なのに、あまりにも気持ちよさそうに寝てるから起こせなかったんだよ」

 彼は真依が退いたことで生まれたスペースにちょこんと座ると、視線をスッと前方に移す。川の向こう側をじっと見つめるその横顔は、真依が知っている絵の具くんとは少し違って見えた。

 それにしても定位置ってどういうことだろうーーあたりを見回した真依は、ここが川辺の遊歩道であることに気付いた。しかもよく見ると頭上には橋がかかっていて、昨夜酔った真依が落ちた川縁だということがわかる。川面に映る夕焼けが眩しくて、思わず目を細めた。

 そしてようやく昨夜のことを思い出し、ハッとしたように目を見開いた。そうよ……ここから川に落ちたじゃない。でも落ちた後、私はどうなったの? ここにいるってことは、死んだわけじゃないのね?

 真依は状況を知ろうと、絵の具くんの腕を掴もうとしたが、何故かそれが出来ない。掴もうとしても滑ってしまうーーそして真依はある事実を知る。彼の腕を掴もうと伸ばした手は、明らかに人間のものではなかったのだ。

 鋭い爪、ぷにぷにとした肉球ーーどう見たってそれは猫の手だった。

にゃ、にゃーん(ど、どういうこと)……⁈ にゃんにゃにゃにゃにゃにゃ(なんで猫の手なの)⁈」

 真依は慌てて自分の口を押さえた。今のはどう聞いたって猫の鳴き声だった。

 すると絵の具くんは真依の顔を覗き込み、顎の下を指先で触ってきたものだから、思わず身体の力が抜けてしまう。

「どうしたの? あっ、もしかして僕が君の場所を取ったから怒ってる?」

 違うの! そうじゃなくて、私の体が猫になっちゃってるの! そう伝えたくても、猫の鳴き声しか口から発することが出来ない。

 もしかしてこれは夢なんじゃない? だってこんなことが現実に起こるはずがないもの。きっと川に落ちて、その衝撃でリアルな夢を見ているに違いない。だったらきっと目覚めれば元に戻るはず。