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 酔いが身体中にまわり、川沿いの道を覚束ない足取りで歩いていると、史絵が心配そうに真依の腕を組むように掴んだ。

「ライムサワー二杯でこんなんじゃ、男と飲みに行くのは絶対にやめた方がいいよ」

 しかし史絵の言葉は全く真依には届いていないようで、空を仰ぐと突然大声で泣き始めた。

 バイト先のカフェは多くの店が軒を連ねる場所にあったが、少し離れたこの場所は住宅街に面しているため、辺りは静けさに包まれていた。

 こんなに静かなんだもん。きっと誰も聞いていないーーそう思った途端、涙がポロポロとこぼれ落ちた。

「うわーん! 水木さん、彼女いないって言ってたのにー!」
「またその話? こんな場所で叫んだら、ご近所さんに丸聞こえだよ」
「ここは私のご近所じゃないから、聞かれたって屁でもないもん! それに気が済むまで聞いてくれるって言ったじゃなーい」
「はいはい、聞きますよ。きっと詮索されたくなかったんじゃない?」
「それに『今は仕事が大事だから』って言ってたのにー!」
「遠回しに"恋愛に興味はない"アピールをして、水木さん目当ての女子を遠ざけてたんだろうね」
「ぐすっ……水木さん、年上が好きって言ってたんだよ。相手はやっぱり年上なのかな……」
「さぁねぇ。そうかもしれないし、年下が近寄らないように線を引いていたのかも。あの職場、ほぼ水木さんより年下だからさ」

 真依は涙をグッと堪えるように唇を噛むと、史絵の手を振り払って川の(へり)ギリギリに立つ。

「ちょっ……真依! そっちは危ないから!」

 史絵の声が全く耳に入っていないのか、大きく息を吸い込んで、
「乙女の純情を振り回してー! ふざけんなー!」
と川に向かって叫んだ。

「仕事が大事って言うから、私だって仕事頑張ったんだー! いつかちゃんと告白するつもりだったのに……なのに勝手に結婚しちゃうとかズルすぎるよー! うわーん!」

 都会の夜空は星なんてほとんど見えないのに、涙越しに見た空は眩いくらいにキラキラと輝いていた。

 その時だった。急に頭がふらつき、それとともに身体のバランスが崩れる。

「真依!」

 史絵の声が聞こえた時にはもう遅かった。真依の体は宙を舞い、自分ではどうすることも出来ないまま川面へと叩き付けられる。

 必死に抵抗しようとするが、川の水を飲んでしまい、呼吸がままならなくなった。徐々に体の力が抜けていき、意識も朦朧としていく。

 私、このまま死んじゃうのかなーー。好きな人に『好き』って言えずに失恋して、恋愛だって一度も経験しないまま……恋愛経験もないまま死ぬなんてーーそんなの耐えられない! 神様は私の人生に厳し過ぎじゃない⁈

 好きな人はそれなりにいたけど、そうじゃなくて、誰かに好きになってもらいたかったーー完全に意識を失った真依の涙が川の水になって流れていった。