「あー、やっぱりそうなんだ」

 隣で冷静に状況を受け入れている史絵の肩を掴み、動揺を隠しきれずに彼女の肩を勢いよく揺らす。

「ど、どういうこと⁈ なんでそんなに冷静なの⁈ やっぱりって何⁈」
「ちょっと痛いんだけど。私だって確信があったわけじゃないけど、あの優しさはやっぱり彼女がいないと出せないんじゃないかなって思ってただけ」
「な、何よそれ……。じゃあ私が『水木さん、カッコいい!』『彼女になりたい!』って言っていた時、どうして何も言ってくれなかったの⁈ そうしたら、少しは覚悟できたのにー!」
「私だって確信があったわけじゃないから。だから彼女がいなくて、真依の気持ちが伝わればいいなって思ってたよ」
「……でも彼女いたし」
「ねっ。しかも結婚しちゃったし」
「オーマイガー……」

 気持ちを伝える前に失恋してしまった真依の気持ちをよそに、水木のまわりには従業員たちが集まって、楽しそうに質問攻めにしている。

 オープニングスタッフとしてこの店に入って以来、ずっと水木さんだけを見て、恋心は日に日に膨らむばかりだった。今はただのアルバイトだけど、いつかわたしのことを彼女にしてくれる日を夢見てきたのにーー真依は大きく肩を落とした。

「どうする? 水木さんにお祝いの言葉を伝えておく?」
「えっ! やだよ……そんなの絶対に言えっこないもん……今日はこのまま帰る」

 まるで拗ねた少女のように口を尖らせた真依を見て、史絵は苦笑しながら息を吐いた。

「気持ちはわからないでもないよ。仕方ないから私もお供しよう」
「それならヤケ酒するから付き合って」
「……真依ってすぐ酔うからなぁ。飲み過ぎないって約束してよ」
「もちろん! あーあ、今日までの私の気持ちはなんだったのよー!」
「はいはい、そういう話もちゃんと聞くからさ」
「ありがとう、史絵ー! 持つべきものは友達だよねー」

 真依は史絵の手を取って、ロッカールームに向かって歩き始めた。その途中、ちらっと水木を見たが、彼は真依の様子に気付くことなく話し続けている。

 いつもなら『こっちを見て!』と祈っていたけど、今日は『私に気付かないで』と心の底から思った。

 好きだった人が、知らない誰かの夫になってしまったーーこんな理不尽なことってある? 行き場をなくした恋心が、胸の中で"現実"という名の壁に押しつぶされる。

 苦しい、悲しい、辛いーー今は涙を堪えるだけで精一杯だった。